サーフィンのまぼろし
ポピヨン村田
サーフィンが好きだったかもしれない
その時のトルイはとても寒かったが、みんなはとても暖かそうだった。
海面が太陽の光を受けてキラキラと光っている。狼が唸るような声と共に沖から波が押し寄せ、白い水の粒をまき散らして海岸へ近づきながら少しずつ姿を消していく。
海に慣れないトルイの身体はすっかり冷えきっていたが、トルイはその光景からいつまでも目が離せないでいた。
海の上を滑っていく人々は、海に負けないくらいに輝いた笑顔だったからだ。
誰もが色とりどりの板に乗って、海面を走る波と一緒に海を駆け抜ける。
惚れ惚れするくらい上手に乗りこなす人もいれば、無様に板から落っこちて頭から海に突っ込む人もいる。
けれど誰も彼もが、とても楽しそうに笑い合っていた。
トルイはそれを、ただ、眺めることしかできないでいた。
トルイの手は、真っ赤になっている。
指先の感覚がもうない。痛さを通り越して、今にも指が先っぽからちぎれそうだった。
すると、急にじんわりと暖かくなった。
驚いて顔を上げると、ひとりの少女がそこにいた。
少女はトルイのかじかんだ手を、自身の手で包んで温めてくれている。
全身を海水で濡らした少女は、トルイよりも少しばかり背が高かった。
側には海を走るための板が落ちている。
この見知らぬ少女は、波乗りをやめて、トルイの元まで来てくれたのだ。
トルイがひとりぼっちで、寒そうで、悲しそうな目で海を見ているから、わざわざ幸福な海の世界から陸までやってきてくれた。
少女がやわく微笑むと、トルイは胸の奥がきゅっと何かに掴まれた心地となった。
少女がどれだけの時間、トルイの手を温めていてくれかは、今のトルイはもう覚えていない。
ただ、生きていてほしいな、と心から願っていた。
トルイと少女が出会ったその翌日に、少女の愛した海がある国は、トルイの父に侵略されたのだった。
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