第32話 マラソン大会

 慈美子たちの学校はもうすぐマラソン大会だ。マラソン大会では全学生が校外を10kmほど走るのである。そんなマラソン大会に向け、体育の時間はグラウンドで、1500m走で学生たちの体力作りが行われていた。


「はぁ…はぁ…はぁ…」

「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…」


 喘ぎ声とともに周回遅れで最後尾を走っているのは城之内と慈美子である。2人とも足が遅いのだ。2人は女の子走りで必死に走っている。2人は足がとても遅く、走るのが苦手なのである。2人はいつも最下位を争っていた。


「はぁはぁはぁ…。やったわ~!今日は私の勝ち~!はぁはぁ…」


 今日は慈美子がブービーであった。2人の戦績は五分五分で今日で互いに10勝10敗であった。


「こら~!そんな順位で喜ぶんじゃない!」


 体育の先生に叱られる慈美子であった。程度の低い最下位争いである。

 今日が本番前最後の体育の日だ。いよいよ来週マラソン大会がやってくるのである。最後の日に勝利を治め、戦績を引き分けで終わらせて安堵していた慈美子の元に城之内がやってきた。


「ねえ、地味子さん」

「なぁに?」

「マラソン大会当日は一緒にゴールしません?」


 城之内からの意外な提案であった。どうせ、2人は全学年合わせてもドベかブービーだ。なら、一緒に走った方が良い。慈美子はそう思った。


「ええ!良いわよ!」


 慈美子は元々闘争心がある方ではない。どちらかと言えば勝つ事が好きと言うより負ける事が嫌いなのである。引き分けならば、負けではない。そう思うと慈美子は気が楽になった。



 そして、いよいよマラソン大会の当日である。

 スタートの合図のピストルが鳴り響き、全校学生が一斉にスタートした。


「ひぃひぃふー。ひぃひぃふー」


 お産のような呼吸法でトップを走るのは関都であった。関都はなんば走りでトップを独走した。関都は中距離走かの如くハイペースで走るが、10キロ程度ならこのペースを維持したまま走れるのが関都が大型ヤンキーと呼ばれる由縁の体力なのである。

 一方、最後尾では慈美子と城之内が女の子走りで並んで走っていた。約束通りである。


「はぁはぁはぁ…もう疲れてきたわね」

「ひぃひぃひぃ…珍しくあなたと意見が合いましたわ…」


 慈美子の言葉に城之内が深く賛同した。こんな事は滅多にない。今日の城之内は非情に素直である。2人はお互いにお互いを励まし合った。

 2人は手でも繋いでいるかの如く並んで走った。末尾3位の人との間はもはや見えないくらいに開いていた。前に誰も居なくなったことに城之内は少し不安を口にする。


「はぁはぁ…皆様お速いですわねえ…」

「気にしなくていいわ…。私達は私達のペースで走りましょう…ふぅふぅ…」


 2人は給水ポイントでは何杯も水をおかわりした。少しでも休みたいからである。そうこうしている内に、2人以外は全員ゴールしてしまった。1位はやはり関都であった。

残りは慈美子と城之内の2人だけである。2人は末尾3位の人がゴールしてから10分以上も遅れて校内のグラウンドに入った。あとはここを1周すればゴールである。


「ふぅふぅふぅ…」

「はぁはぁはぁ…あと一息よ…!頑張りましょう!」


 慈美子はラストスパートの励ましの言葉を掛けた。全校学生・教員がそんな2人に注目している。城之内は自慢の長い髪を自分たちを覆い隠す様に靡かせた。次の瞬間!


ドン!


なんと慈美子が派手に転んでしまったのである。城之内の足に躓いて。

明らかに故意であった。城之内がわざと慈美子に足を引っかけたのである。しかし、慈美子以外は誰もそれに気が付いていない。城之内が巧みに長い髪で見えないように隠したからである。

城之内は転んだ慈美子には目もくれず意気揚々と走って行った。


「お先に!ガイジンさん!」


 そう言うと城之内は残った力を振り絞りなんとかゴールした。城之内の作戦勝ちである。全ては慈美子を油断させ寝首を掻ききるような不意打ちを浴びせる作戦だったのだ。

 顔面を強打していた慈美子は顔が真っ赤で鼻血もでていた。さらに両足も擦りむいていた。


「慈美子~!!大丈夫か~」


 関都が大声を上げて慈美子の元に駆け寄った。慈美子を心配した三バカトリオも一緒である。

 慈美子は弱々しく立ち上がりながら、関都に語りかけた。


「大丈夫…。まだ走れるわ…」


 慈美子は鼻にティッシュを詰め、足に絆創膏を貼った。しかし、足からは血が漏れていた。三バカトリオたちは、慈美子に手を貸そうとする。

 そんな3人を関都は踏切のように静止した。


「慈美子には手を出すな!自分の力でゴールさせるんだ!」


 その言葉を聞き、3人は黙って頷いた。慈美子もその言葉を聞いて「ありがとう。関都くん」と笑顔で応える。

 慈美子はゆっくりと足を引きずりながらゴールに向かった。もはや歩くのと大差ないスピードである。しかし、慈美子は一生懸命走った。


「頑張って~!慈美子さ~ん!!」


 三バカトリオたちはゴールの前に行き、慈美子を応援していた。しかし、そこには関都の姿は無かった。それでも慈美子は一生懸命前に進んだ。

 が、足がほつれ再び転んでしまう。誰もがもう完走は無理かと諦めかけたその時。


「フレー!フレー!慈美子!フレーフレー!慈美子!」


 関都の声が聞こえた。なんと関都がチアマンの恰好になって慈美子を応援しているのだ。関都は慈美子を応援するために、体育館の倉庫からこっそりチアマンの衣装とボンボンを拝借したのだ。

 その姿を見た慈美子は、最後の力を振り絞り精一杯走った。関都のその姿を見た他の学生たちも慈美子を大声で応援し始めた。


「慈・美・子!慈・美・子!」


 グラウンドが慈美子コールで包まれた。まるで24時間テレビのラストのような空気である。慈美子含めた全員に「サライ」の空耳が聞こえた。


(いい~!なんですの!順位はわたくしの方が上ですのに!慈美子さんばっかりが注目されちゃうなんて!)


 耳が非常に良い城之内にだけは空耳は聞こえなかったようだ。

 城之内ただ1人を除いて、全校一丸となって慈美子を応援していた。そしてついに慈美子がゴールした。


「ゴール!ゴール!ゴーーーール!!!」


 関都がそう叫ぶと皆が慈美子を祝福した。慈美子はそのまま倒れ込んだ。関都はすぐに慈美子を背負い保健室に向かった。

 関都の背中で慈美子は呟いた。


「ありがとう…関都くん…」

「うん。先生には後で大目玉食らうだろうがな…」

「ごめんね…私も一緒に謝るわ…」

「気にするな。いつかの日のお返しだ」


 慈美子は関都に運ばれて手当を受けるのだった。

 そして、この日も慈美子は日課の日記に関都への想いを載せてしたためるのであった。


「関都くん。だ~いすき!」

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