第22話 コミケ

 慈美子は関都に呼ばれ関都の家にいた。しかし、そこには城之内と三バカトリオも招かれていた。慈美子にとっては招かねざる客である。

 城之内は慈美子に強い視線を送り、慈美子も城之内を強い視線で見つめていた。先に口を開いたのは慈美子である。


「あの日以来ね」

「ほほほ。あの日の借りはいつか返しますわ」


 城之内は高額な治療費を払い、PTSDのような症状を見事克服していた。しかし、まだ薬は服用中である。城之内は暗黒ヤミのゲームの事を逆恨みし、根に持っていた。

 しかし、関都の手前大人しく、すまし顔をしているのだった。

 そんな微妙な空気を全くもろともせず、関都が皆をリードするように宣誓した。


「ようこそ諸君!お前たちを呼んだのは他でもない!お前たちに最高に面白い漫画を見せたいと思ってな」

「わたくし漫画なんて読んだこともありませんわ」

「私も」


 慈美子も城之内も、漫画は一切読んだことが無いのだ。慈美子の両親も城之内の両親も漫画を教育に悪いものだと思っていたのだ。

 しかし、関都の申し出とあらば読まない訳には行かない。


「でも関都くんの為なら、私読むわ!」

「わたくしだって!」


 2人はハトのように胸を張って豪語した。それを聞いた関都は遊戯王の鬼柳京介の如く満足気である。


「それで、お前たちに読んで貰いたい本なんだが…。これだ!」


 関都は段ボールをぶちまけた。中からは薄っぺらい漫画本が何冊も出てきた。どれも綺麗な絵が表紙に描かれている。

 三バカトリオが散らばった漫画を手に取って、疑問の声を上げた。


「随分薄っぺらい漫画ね…」

「それになんだか作りも粗いわ」

「絵は綺麗だけれど…」


 しかし、城之内も慈美子も普通の漫画本を知らないので全く気にしていない。

 関都は、3人の不安を払しょくしようと、声高らかに宣言した。


「大丈夫!中身が面白いのは保障するよ!文句を言うのは中身をきちんと読んでからにしてくれ!」


 関都に言われた通り、5人は漫画を読み始めた。薄い漫画なのですぐに読み終え、かわるがわる、次々に本を回し読みした。

 そして、5人は一通り漫画を読み終えた。関都は催促するように感想を聞く。


「どうだった!?」

「どれも面白かったわ!本当!でもこんな漫画があったなんて知らなかったわ」

「短い話だったけど全部面白かったわ!けど、こんなタイトルは聞いた事がないわ」

「凄く面白かったわ!作者は全部同じだったけれど、こんな作者名聞いた事がないわ」


 漫画に精通している三バカトリオは、全く知らない漫画のタイトルと作者名に困惑していた。これだけ面白いのに、全く耳にした事もない名なのである。

 しかし、そうとも知らない城之内と慈美子は嬉しそうにはしゃいでいた。


「ほほほほほ!漫画ってこんな面白いものだったんですのね!」

「可笑しくってお腹痛いわぁ~!」


 その様子に大満足した関都は、三バカトリオの疑問に答える。まるで種明かしするマジシャンのような赴きである。


「実はそれ描いたのは僕なんだ。作者名の『夢野ゆめの過多鞠カタマリ』は僕のペンネームなんだ」


 それを聞いた5人は驚愕した。なんとこの面白い漫画は、全て関都が書いたものだというのだ。

関都は漫画を片付けながら口を開く。


「実はこれは僕が『コミケ』で出品したものなんだ!」

「その…?なんですの?」

「コミケってなぁに?」


 城之内と慈美子は何でも訊ねる子どものように素朴な疑問をぶつけた。関都は初歩的な質問にやれやれと思いながらも、親切に説明した。


「『コミケ』とは、『漫画コミック闇市場ブラックマーケット』の略だよ。『東京スモールサイト』で夏と冬に毎年2回行われる世界最大の同人即売会だよ!漫画だけじゃなく、音楽やゲームなども販売されているし、コスプレイベントもあるんだ!もちろんコスプレ衣装も販売されているぞ!漫画コミック闇市場ブラックマーケット準備会が主催しているんだ」


 城之内と慈美子は、漫画コミック闇市場ブラックマーケットに興味がそそられた。2人とも目をランランと輝かせている。

 それに気を良くした関都はさらに付け加える。


「コミケは、素人でも自分が書いた漫画を販売できるんだ。それで販売したのがさっき見せた漫画だよ。実はな。今年もコミケに出ようと思っていてな。これから書き始めようと思っていたんだ」

「話が読めましたわ!」


 城之内は密室殺人の謎が全て解けた名探偵のように声を上げた。城之内は推理ショーでも披露するように続ける。


「つまり、その同人誌を描くのを手伝ってほしいのですのね!要するにアシスタントって事ですわね!」

「面白―い!私も手伝うわ!私もコミケに参加して見たいわ!」

「わたくしもですわ!」


 城之内も慈美子もノリノリである。しかし、関都は渋い顔をした。まるで渋柿を丸ごと頬張ったような顔である。


「気持ちは嬉しいんだが、全部1人でやりたいんだ。背景からベタまで全部1人で仕上げたいんだ。それだけじゃなく、販売も全部1人でやりたい。せっかく買いに来てくれるお客様に僕が直接本を手渡したいんだ」


 そう言い張る関都に5人は感心した。まるで聖徳太子でも拝むかのような眼差しである。しかし、慈美子はちょっぴり残念そうであった。


「立派ですわ~」

「今日、お前たちを呼んだのは、自信作を見て貰って感想を貰い、自信を付けるためだ。自信を付けてこれから書き始める次の同人誌の励みにしようと思ってな。自信が付けばモチベーションが上がってますます傑作を作れる」

「でも残念だわ~私も参加して見たかったわ。コミケに」


 それを聞いた関都は顔色を変えた。関都は何かを取りに1階の居間から3階へ向かった。そして数分後関都は封筒を持ってきた。


「コミケに出店したいのなら、お前たちも応募して見ると良い。これが申込書だ」


 関都が持ってきたのはサークル参加申し込みセットであった。これには参加申込書の他にルールやマナーなどのマニュアルも付いているのだ。


「予備として買ったのや参加できなくなった友達から貰ったものが余っているからお前たちにもやるよ。先着2名様まで」

「私やるわ!」

「わたくしもやりますの!!!」


 名乗りを挙げたのはやはり城之内と慈美子の2人であった。2人は関都から申し込みセット受け取った。

 2人の参加を後押しするように、関都は2人を振起する。


「おちおちしていられないぞ!3人ともに、急いで描き始めようぜ!」

「ええ!こうしてはいられませんわ!」

「さっそく描き始めないと!道具も揃えなくちゃだわ!」


 こうして、城之内と慈美子は急いで帰宅し、漫画を描く道具を買い始めるのだった。



 そして、月日はあっという間に流れ、ついに、コミケ当日。城之内と慈美子は会場のその人の多さに圧倒されていた。


「ほほほほほ!すごい人です事!」

「ほぇー!なんて人混みなの!?」


 その混雑した光景はまさに芋を洗うようであった。関都と城之内と慈美子はさっそく会場の中に入り、自分のブースの場所に向かった。

 なんと、それぞれのブースは、城之内・関都・慈美子の順で隣同士で横並びであった。こんな偶然あるはずがない!

 そう。城之内は金に物を言わせて、関都の隣になる様にスペースを操作したのである。しかし、関都と慈美子が隣同士なのは全くの偶然である。これは運命なのだろうか。城之内にとっては大誤算であった。


(い~!わたくしは大金をかけて関都さんの隣をゲットしましたのに!なんの努力もせずにへろへろしてたあの女も関都さんの隣だなんて納得が行きませんわ!)


 城之内は誤審で負けたスポーツ選手のように悔しそうな顔をしながら、描いてきた本を並べた。同じくして、関都と慈美子も本を並べた。


「あらやだ!荷物がまだ全部届いてないわ!」


 慈美子にトラブルが起こっていた。それを聞いた城之内はいい気味だとほくそ笑んだ。まるで小悪魔である。


(ほほほ。ざまあ見なさい!タダで関都さんの隣のブースになんてなるから、きっとバチが当たったんですの!)


 こうしてトラブルに見舞われながらも、3人は準備を終えた。関都は2人の同人誌を見回す。

 関都は2人の同人誌を手に取り感心した様子だった。関都はページもめくり、パラパラと流し読みする。


「へえ!2人とも絵が上手じゃないか!見直したよ!」


 一方で城之内と慈美子も関都の同人誌を手に取って眺めた。関都の同人誌は、真っ赤なロングへアの美人ヒロインが真っ赤なビキニアーマーを着こなし、派手に表紙を飾っていた。

 2人は関都の漫画を見ながら謙遜した。


「ほほほほほ!関都さんには及びませんわ!」

「関都くんほどじゃないわ」


 城之内と慈美子の表紙の絵も関都に迫る程のクオリティだった。勿論、中身の絵も上手である。2人の絵の表紙も真っ赤なロングヘアの美女が主人公で表紙を綺麗に飾っていた。

 関都は2人の表紙を見比べながら納得した。


「やっぱり、メインヒロインは赤髪ロングへアに限るよなー。派手で真っ赤な髪なだけでも目立つのに、しかもロングへアだったら、尚更派手さが強調されて人目に付く!宣伝効果ばっちりだ!」

「ええ…そうですわね…」

「うん。そうね…」


 2人は単に自分を漫画の主人公のモデルにしただけであった。しかし、関都は全くそれに気が付いていなかった。

 しかし、関都は別の事に気が付く。


「ん?これ業者に発注して印刷・製本してもらったのか!?」


 関都が驚いて手に取っていたのは城之内の本であった。城之内は天狗のように鼻を高くして、自慢げに答えた。


「ほほほ!そうですわ!印刷業者に頼んで、製本してもらいましたの!」

「しかし、よく間に合ったな。業者に頼むと締め切りがあるだろ。自分で製本すればギリギリまで描けるが」

「ほほほほほ!その辺は上手にやりましたの!」


 金に糸目がない城之内は大金をはたいて印刷業者に発注したのだ。それだけではない。金に物を言わせ、無理言って1日で印刷と製本を完成させたのだ。

 関都はホチキスをぶら下げ、嘆くように言った。


「僕なんかは家庭用プリンターで印刷して、回転式ホチキスを使って製本しているんだ。印刷所に頼むほどお金に余裕がなくてな。それに、さっきも言ったように締め切りを気にせずギリギリまで描けるし」

「私も家庭用プリンターと回転式ホチキスを使って印刷・製本したわ。お金をかけて業者に発注しようかとも思ったんだけれど…。他にお金をかける用事があったから…」


 慈美子がそう言うと、城之内は勝ち誇ったような顔をした。城之内は自慢の長い赤髪をしなやかに掻き揚げた。


(ほほほ!ケチって自己印刷にするなんてみじめですわ!他の用事をキャンセルしてでも、コミケにお金をかけるべきでしたのに!この勝負、わたくしの勝ちですわ!)


 城之内は慈美子と売り上げを競う気がまんまんだ。しかし、慈美子はそんな事に全く気が付いていなかった。

 そうしている内に、ついにコミケが開場となった。一般参加者がぞろぞろと入ってくる。

 関都のブースはすぐに行列になった。夢野ゆめの過多鞠カタマリは、面白い同人作家として、コミケではかなり名が通っているのである。

 関都の隣の城之内と慈美子の周りにも人が集まってきた。お客たちは城之内の描いた綺麗な絵につられて、次々に城之内の描いた漫画を手に取った。しかし、数ページ読むと、投げ返す様に漫画を手放した。


「絵は綺麗だがコマ割りもストーリーもてんで駄目。絵がきれいなだけに勿体ない」

「絵とキャラデザだけは良いな。才能の無駄使いだ」


 最後まで読んでくれたお客さんもいたが、やはり反応は芳しくなかった。本を投げつけるように付き返した。


「山なし・ギャグ無し・オチ無し・意味なし。お話がない。漫画というものを勘違いしている」


 城之内は自信作だっただけに全く売れないのにたじろいだ。このままでは慈美子に負けてしまう。そう思い、慈美子の方に目をやった。


「あの娘、ミス織姫じゃないか?!」

「そうだ!あのプロのオペラ歌手ような歌声とあの綺麗な髪の毛は今でも忘れられない!」

「あの綺麗な歌声の娘だ!隣にはミスター彦星もいる!カップルでコミケに応募したのかな?」


 明らかに城之内のブースよりも人が集まっていた。城之内はその光景と会話に苛立ちを見せていた。自分より注目されているのは勿論、2人がカップルと勘違いされているのは、それ以上に許せなかった。城之内の嫉妬心は薔薇のように真っ赤に燃え上がっていた。

 しかし、慈美子のブースも次第に人が離れていった。


「絵は最高に綺麗だが、内容はゴミだな」

「絵は綺麗だがとにかく読みにくい。ストーリーもギャグも面白くない」

「歌声は素晴らしかったが、どうやら漫画家の才能は無かったようだ」

「ストーリーの質は彼氏とは雲泥の差だな」


 慈美子の本も全く売れなかった。開場から2時間経っても2人の本は一向に売れる気配を見せなかった。一方、関都はとっくに売り切り他のブースを回っていた。

 城之内は慈美子の本が売れないのを見て安心する反面、自信作が全く売れない事にショックを受けていた。


「何てことですの!これじゃあ完全に泥仕合ですわ!」

「値下げしようかしら…。これでも関都くんの漫画よりは安い値段だったのだけれど…」


 関都の同人誌は100ページ程で650円。慈美子の同人誌は25ページ程で400円。城之内の同人誌は、100ページ程で1000円だった。

 慈美子は城之内にもアドバイスをした。


「あなたの同人誌の値段、少し高すぎるんじゃない?値下げした方がいいじゃない?」

「大きなおせっかいですわ!わたくしは800円の水で文句を言うような年収の低い人は相手にしてませんの!セレブをターゲットにしたブランド漫画ですのよ!」


 城之内はどこぞのカリスマシェフのような事を言い、慈美子の忠告をただ黙殺するのみであった。慈美子は本を200円に値下げした。しかし、一向に売れる気配がない。

 慈美子はついに100円まで値下げしてしまう。しかし、待てど暮らせど1冊も売れない。一方、城之内も閑古鳥が鳴くのに根を上げ、値を下げた。関都と同じ650円に設定した。しかし、それでも全く売れる兆候もない。


(この勝負…引き分けですわね…)


 城之内が諦めかけたその時、慈美子に荷物が届いた。配送業者の手違いで、配達が遅れていたのである。配達のお姉さんは申し訳なさそうに荷物を手渡した。


「この度は配達が遅くなってしまい、誠に申し訳ありませんでした!」

「いいの!気にしないで!まだ間に合うわ!」


 慈美子は荷物を受け取り丁寧に開封した。それを横目でチラ見していた城之内は、荷物の中身に驚愕する。


(CD…ですって!?)


 そう。慈美子のもう1つの商品は自分の歌声を録音したCDだったのである。慈美子はCDの製造を業者に発注していたのだ。同人誌を印刷業者に発注するお金が無かったのは、これが原因である。CDを業者に依頼するのにお金を使い切ってしまい、同人誌の方は業者に発注するのを諦めたのだ。その分CDには全力投球し、高価なプレスCDで注文した。


「あのミス織姫、CDも売っていたのか!」

「ミス織姫の女神のような歌声がCDで聞けるのか!」


 CDが陳列されたのを見て、お客たちがまたぞろぞろと集まってきた。お客は試聴すると、有無を言わずにCDを購入していった。

 そのミス織姫のCDの評判は口コミで次々に広まっていき、慈美子のブースには大行列ができた。ほとんどのお客は視聴もせずに買って行った。


「お買い上げありがとうございます!」


(いいいー!!悔しいですわ!あの女の作品があんなに売れるなんて!これじゃあ、わたくしの完全敗北じゃありませんの!)


 その噂を聞きつけて、関都も慈美子のブースにやってきた。関都は試聴し、その品質の良さに驚いた。


「プレスか!?驚いたな。安いCD―Rじゃないなんて!」

「ええ、気合い入れたの!」

「買うよ!2000円だな?」

「いいえ、関都くんからお金は取れないわ!」

「そういう訳にも行かないだろう。いいから払わせてくれ」

「いいえ、結構よ」

「いいからいいから!」


 2人は譲り合ってどっちも全く折れる気配がない。そんな譲り合いの押し問答を暫く続けた。らちが明かないので慈美子が折衷案を出した。


「じゃあ、半額の1000円頂くってことで」

「じゃあ、1000円ってことで」


 その一部始終を眺めていた城之内は嫉妬に狂っていた。まるでストーカー殺人でも起こしそうなくらい殺気立っていた。


(なんなんですのよあの女!お金を遠慮する振りしていちゃいちゃしちゃって!)


 こうしてミス織姫のCDはあっという間に売り切れてしまった。城之内は敗北感に打ちひしがれていた。結局城之内の本は1冊も売れなかった。城之内の完敗である。

 3人はコミケ会場を後にした。慈美子は意気揚々と2人に語り掛ける。

 

「コミケ楽しかったわね!」

「ああ!」

「え、ええ…。そうですわね」


 城之内も慈美子も1冊も売れなかった漫画の大量な在庫を抱えていたが、2人の明暗は雲泥の差であった。慈美子は非情に嬉しそうな顔であったが、それに反比例し、城之内はどんよりした表情であった。

 CDという機転が2人の明暗を分けたのだ。


「はぁ、疲れましたわ…」

「ん~!来年はコスプレも楽しも~と!」

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