第15話 肝試し
学校の廊下で慈美子と関都が楽しく話をしている。2人は花火の話題で盛り上がった。
「やっぱり夏と言えば花火よね~。私、花火大会は毎年見てるわ」
「僕も花火大会は毎年見に行っている。やっぱり打ち上げ花火は良いよなぁ」
「花火大会は席を取って座ってじっくり見るのが好きだわ。歩きながら見ると落ち着いて見れないもの」
「同感だ。やっぱり花火大会は席を取って見るに限るよな。僕は寝っ転がりながら見るのが好きだ。首も疲れないし」
「花火大会も好きだけれど、家庭用のオモチャ花火も好きだわ」
「僕も僕も!打ち上げ花火も綺麗だが、手持ち花火も風流で味があるよな!」
「手持ち花火も噴き出し花火も風情があって大好き!」
2人とも花火が大好きでお互いに趣味が一致している。共通の趣味があると会話はより盛り上がるのだ。2人は花火の話に夢中になった。
「そうだ!この前、花火職人の知り合いのおじさんから6000円以上もする豪華な花火セットを貰ったんだ!今度一緒に、やらないか!?」
「え!良いの?嬉しい~!!」
慈美子は飛び上がる様に喜んだ。花火も好きだが、何より関都とできる事が嬉しくてしょうがないのだ。慈美子は天にも昇る気持ちだった。しかし、そこに邪魔が入る。三バカトリオが行列に横入りするように、話に割り込んできたのである。
「面白そうな話してるじゃない!」
「ねえ、私たちも仲間に入れてくんない?」
「勿論、城之内さんも入れて!」
三バカトリオは城之内の指示で2人の会話を監視していたのである。慈美子は内心凄く嫌であった。せっかくの2人っきりの花火を邪魔されたくない。
しかし、関都が慈美子より先に口を開いた。
「良いとも!花火は人が多ければ多いほど楽しい!なぁ慈美子」
「え?!…ええ…」
慈美子は乗り気ではなかったが、花火が大勢でやる方が楽しいという意見には一理あると思った。仕方がなく、城之内達も仲間に入れる事に賛同した。
「じゃあ、城之内さんも入れて詳しくは放課後に話しましょう!」
そう言うと三バカトリオは仕事をやり終えたと言わんばかりに去って行った。2人の仲を邪魔する任務を無事終えたのだ。
そして放課後、城之内も入れて皆で話をする事にした。教室の前で、言い出しっぺの関都が皆を取りまとめている。
「じゃあ、いつにしようか?」
「今夜にしましょう!善は急げですわ!」
「場所は何処にしようか」
城之内は徐に、自慢の長い後ろ髪を両手で掻き揚げた。そして、待っていましたと言わんばかりに、クイズ番組の回答者のように名乗りを挙げた。
「はいはいは~い!わたくしの別荘の近くでやりたいと思いますの!交通費はわたくしが負担致しますわ!」
あまりの威勢の良さに、全員圧倒されている。全員、異存はなかった。城之内はまるで、内閣を束ねる総理大臣のようであった。誰も異存がない事を察した関都は、率直に即答した。
「異議無し!」
「私も」
関都に付け加えるように、慈美子も賛同する。三バカトリオたちも無言で首を縦に振った。
こうして今夜、城之内の別荘に全員で集合する事になった。慈美子は城之内のテリトリーで花火をやる事になんだか胸騒ぎがした。実は、その胸騒ぎは的中しており、城之内はある企みを計画していた。
そして夜、全員、城之内の別荘の前に集まった。
「皆様よくぞお越しくださいました!こちらわたくしの別荘の競子ハウスですの!」
「やんや、やんや!」
「パフパフどんどん!」
パチパチパチ!!!
歓迎する城之内に、一同はスタンディングオベーションのように盛大な拍手を送った。城之内はアカデミー賞を受賞した女優のように決まり顔で拍手に応えた。
「じゃあ、早速花火やろうぜ!」
関都のその言葉を機に、一同は花火を始めた。一同は子どものように燥いでいる。城之内を除いて。城之内は済ました顔をして大人しく見ている。
そんな遠巻きに見ている城之内を気遣い、関都が声を掛けた。
「城之内!お前もやらないか?」
「わたくしは見てるだけで結構ですわ」
城之内は涼しい顔で皆が花火をしているのを静観していた。関都も慈美子も三バカトリオも存分に花火を堪能している。
そうして山のようにあった花火もついに無くなってしまった。関都は寂しげな声を発した。
「あっという間だったなぁ~」
「そうね!でも楽しかったわ!」
慈美子は物寂しそうな関都を励ます様にそう言った。しかし、慈美子も本心は名残惜しい。花火の終息を惜しむ一同だったが、城之内はこの時を待っていたと言わんばかりにみんなに前に躍り出た。
「まだですわ!本日の花火大会もいよいよ佳境を迎えました。それではクライマックスを飾るトリをご紹介いたしましょう!!!」
そう言うと、城之内はテーブルに被せていた布を下し、5本の打ち上げ花火を紹介した。どれも高価そうな花火ばかりである。花火オタクの関都は目を光らせて叫んだ。
「凄い!全部1本1万円以上もする花火じゃないか!」
「ほほほほほ!安物ですの!」
城之内が用意していた花火は、花火オタクの関都をも唸らせる高級品であった。慈美子は少し悔しかったが、花火好きなので素直に大喜びした。
「これを控えてたから、他の花火をやらなかったのね…でも本当に楽しみだわ!」
ピュー!
ドーン!!!
ドーン!!ドーン!!ドーン!
ドドドーン!!!!
「た~ま~や~!」
「か~ぎ~や~!」
一同は豪華花火の連続打ち上げに、まるでマントに猛突進する闘牛のように大興奮した!しかし、それでもなお城之内は涼しい顔をして澄ましていた。
関都は最高潮に感激し、その感動を力強く弁じた。
「いやあ!最高だったな!城之内も誘って正解だった!」
「…ふふっ!そうね!」
「じゃあそろそろお開きに…」
「ちょっとお待ち下さい!これから肝試し致しません?」
城之内の真の狙いはこれであった。城之内にとっては花火などはどうでも良かったのだ。そもそも城之内は花火などさほど興味が無かったのだ。花火大会など前座に過ぎず、城之内の真の目的は、この肝試し大会だったのだ。
怖がりの三バカトリオは内心嫌であったが、城之内の提案には逆らえない。
「え…ええ…。いいわね!」
「そ…そうね…!皆でやりましょう!」
「た…たのしみだわ…肝試し…」
3人とも棒読みである。3人とも心にもない事を言って城之内に媚を売っているのである。城之内にもそれは伝わってきていたが、それでもお構いなしである!
「ほほほ!では皆さん賛成という事でよろしくって?」
「私は肝試し怖いのだけれど…」
慈美子は全く乗り気でない。しかし、関都は授業参観で張り切る児童のようにやる気満々である。
「僕はいいぞ。肝試し。僕もお化けは怖いが、肝試しくらいへっちゃらさ」
「肝試しなんて怖くてやったことがないわ…」
「大丈夫!お化けが出ると言われるのは丑三つ時。午前2時から午前2時半の事だが、お化けが出やすいのは、その時間を含めた午前2時から午前4時の間と言われている。だからまだまだ時間は早いじゃないか!大丈夫」
「関都くんがそう言うなら…。関都くんが付いていれば大丈夫よね!」
こうして全員で肝試し大会に参加する事になった。城之内は自信満々に指揮を執っている。
「では、この提灯を持って、近所のお墓の周りを、1人でグルーと1周してきてゴールですの!」
「1人1人回るのか…それならちょっと怖いかもな…」
関都は少し不安になった。それ以上に慈美子や三バカトリオはもっと不安であった。
城之内が差し出す提灯には、なぜか御用と書かれていた。その提灯はLED製のものであったが、懐中電灯と比べると十分な明るさではなかった。
「では、まずわたくしから周ってきますわ!」
「言い出しっぺだもんな」
関都は納得した。しかし、城之内が1番を買って出たのはそれが理由ではない。ある悪戯を仕掛けるためである。城之内は小悪魔のように微笑みながら、肝試しに行った。
数十分経つと城之内が笑顔で戻ってきた。
「ただいま帰って参りましたわ!」
「随分と遅かったな」
「ええ、少し道に迷ってしましたの…」
少し疲れたような顔をしていた城之内だったが、キリっとした表情になり、慈美子をピストルで撃つように指さした。
「さぁ!地味子さん!次はあなたの番ですわよ!」
「え~私ぃ!?」
「何ですの?怖気づきましたの?!」
「そ、そ、そ、そんなことないけれど…」
「あなたの悲鳴が聞こえたら、このわたくしが駆けつけてあげますから、ご安心なさってお行きなさい!」
「結構よ!悲鳴なんて上げないわよ!」
そう言うと、慈美子は1人で肝試しに向かった。肝試しの順路は深淵のような暗闇がずっと続いて居た。辺りは真っ暗で一寸先は闇。まるでホラー映画のロケにでも使われそうなくらい不気味である。
「って言ってみたものの…やっぱり心細いわね…」
プツ…
何かが切れる音がした。城之内が仕掛けていたトラップのワイヤーを足で切断してしまったのである。いわゆるブービートラップである。しかし、慈美子はそれに気が付いていない。
ペタ!
モニュ!
「きゃあああああああああ!!!!」
慈美子の首筋に何かがピタっとくっついた。それは冷たくモニュモニュした感触である。
「いやあああああああああ!!!!」
慈美子は叫びながら走り出した。慈美子の首筋に付いたのは城之内が仕掛けていたこんにゃくである。そのこんにゃくは下仁田こんにゃくであり、食べると美味しい。しかし、真っ暗で、慈美子はそれがこんにゃくだとは気が付かなかった。慈美子はパニックになって、女の子走りで必死に走り続けた。
その悲鳴は関都達にも聞こえていた。関都はその悲鳴に血相を変えて叫んだ。
「大変だ!何かあったようだ!」
「ご心配なく!わたくし達が行って参ります!行きましょう親衛隊の皆様」
「え?」
「は、はい」
「ええ」
「大丈夫なのか?」
「ご心配なく、わたくし巫女もやった事があって、霊媒術も身に着けますの!」
勿論、大嘘である。本当は巫女のコスプレをしたことがあるだけである。
三バカトリオは城之内に連れられ肝試しの通路に向かった。しばらく進むと城之内が何か入った箱を持ってきた。
「ほほほ!さ、さ!これを着てちょうだい!地味子さんを驚かしますわよ~!」
三バカトリオは何も聞かされていなかったが、城之内のその言葉に、すぐにその考えを理解した。
「成程、そういう事ね」
「面白そうだわ!」
「城之内さんは最初からこれが狙いだったのね!」
用意していたのはお化けや妖怪の変装道具である。これを使って、慈美子を脅かし、一泡吹かせてやろうと計画していたのだ。
「きっと地味子さんは恐怖でお漏らししますわよ!お漏らしでびしょびしょになって帰ってきた姿を見たら関都さんも幻滅するに違いありませんわ!」
そう言いながら、城之内は棒に糸で釣らされている紙の玉に火を着けた。紙には花火の火薬が仕掛けてあり、血のような真っ赤な火の玉が出来上がった。
「ほほほ!この火の玉を見たら、地味子さんは驚きますわよ~!まずは火の玉で脅かして、そしたら皆で変装して飛び出ますわよ!」
城之内は計画の全容を皆に伝えた。口には出さなかったが、城之内はあわよくばその火の玉で慈美子の美しい髪の毛を焼いてやろうとも計画していた。調理実習の時の仕返しの為である。完全に逆恨みだが。
「さぁ皆様!準備はよろしくって?」
城之内が3人にそう訊ねた。ところが、三バカトリオたちは凍り付く。城之内は不思議そうな顔をした。
しかし、三バカトリオは震え声で怯えだした。
「あれ、なに?」
「あれも城之内さんが用意したものなの?」
「城之内さんうしろ!うしろ!」
「志村うしろ!うしろ!」のように三バカトリオが城之内の後ろを指さした。しかし、城之内はまだ涼しい顔をしていた。
「え?うしろ?」
そう言いながら後ろを振りむいた瞬間、城之内は背筋が凍り付いた。恐怖のあまりに言葉も出ない。城之内達の目の前には青白い無数の火の玉と、蜃気楼のように透けて見える女性が浮いていたのである。
「…………っっっ!!!!!」
城之内と三バカトリオはあまりの恐怖に声もでない。4人は一目散に逃げだした。しかし、4人が逃げたのは崖先であり、4人は崖から転落してしまった。
城之内は顔面を擦りながら岩壁を滑り落ちていき、顔面から地面に激突した。そして、三バカトリオも、滑り台を滑るかの如く城之内の上に滑り落ちてきた。城之内は三バカトリオの下敷きになってしまう。
「ちょっと!重いですわよ!」
「ちゃ、ちゃんとダイエットしてるけれど…」
「3人が合わさると」
「流石に重くなるわよね~」
「いいから早くお降りになって!」
4人は埃をほろいながら立ち上がった。崖は結構な高さだったが、4人とも幸い軽傷で済んだ。滑り落ちた事で落下の衝撃が和らぎ無事で済んだのだ。三バカトリオは安堵の表情を見せた。
「どうやら助かったみたいね」
「お化けは追ってこないわね」
「よかったわぁ」
安堵する三バカトリオを黙殺し、城之内は鏡を見ながら涙目になっていた。傷だらけになった顔を静かに撫でている。
「ああん!わたくしの美しすぎる美顔が台無しですわぁ~ん!!美しすぎる赤髪を引き立てるせっかくの美貌がぁん!」
そんな城之内を見て、三バカトリオは死んだはずの人間の幽霊に話しかけられたように、仰天した!
「城之内さんが燃えてるわ…」
「本当に燃えてるわ!」
「城之内さんうしろ!うしろ!」
「え?あら?」
メラメラメラ…!
城之内の長い赤髪の毛先が血のように真っ赤に燃え上がっていたのだ!城之内が用意していた真っ赤な火の玉の仕掛けの炎が毛先に引火したのである。
ボーーーー!!!!
「きゃあああああ!!!あついあついついあつい!!!あつつつつつつつつ!!!!あつつつつつつつつ!!!!」
城之内は衣を裂くような悲鳴を上げながら女走りで走り回ったが、崖の上まではその声は届かなかった。崖の上には慈美子が居た。
「きゃああああああ!!!!!!!!火の玉だわあああああああああ!」
崖下で城之内の血のように真っ赤な髪の毛が血のように真っ赤な炎で燃え盛るのを見て、慈美子は火の玉だと勘違いしたのである。その悲鳴を聞いて関都は異常事態だと悟る。
「これはただ事ではない!」
一方で、崖下では、三バカトリオは花火のバケツの残り水を城之内にぶっかけた。おかげで城之内の髪の炎はなんとか鎮火した。
「や~ん!これしか無くなっちゃったぁ!」
城之内は髪先を見て泣き崩れて気絶してしまった。城之内の長い髪の毛が4mm以上も焼失していたのである。
一方、崖の上では火の玉を見た恐怖で、慈美子は女の子走りで走り回っている。
ドン!!!
そこに慈美子の悲鳴を聞いて駆け付けてきた関都とぶつかった。慈美子は衝撃で転びそうになるが、関都が抱え上げて声をかける。
「大丈夫か?」
「え、ええ…」
「何があったんだ?」
「崖の下に火の玉がぁ~」
「火の玉ぁ?」
関都は崖の下を見下すが、すでに城之内の髪の毛は鎮火されており、何も見当たらなった。城之内は迷子を慰めるように、慈美子を宥めた。
「大丈夫だ。大丈夫だ。何もいない」
「ほ、ほんと…?」
「ひとまずここを出よう」
2人はスタート地点に戻ってきた。慈美子はようやく落ち着きを取り戻した。慈美子は風呂に浸かったような極楽な表情をしている。関都がずっと手を握りしめて摩ってくれているのだ。
関都は慈美子を慰めながらも気がかりな事があった。
「城之内たちも居ないなぁ…4人で慈美子の方に向かったきりだ…。城之内達も探しに行かないと…」
「4人一緒なら大丈夫なんじゃない?」
「う~ん。そうかもな。4人の悲鳴は聞こえなかったし…城之内は霊媒もできるらしいし…」
「今日の所はこれで帰りましょう!」
「そうだな。城之内が付いていればあの3人も大丈夫だよな!」
こうして2人は手を繋ぎながら帰って行った。関都は慈美子にしっかり寄り添っている。慈美子は地獄から天国であった。
一方、城之内と3バカトリオは縛られてお化けたちに玩具にされてしまっていた。4人人は縛られて動けない。お化けたちは4人の顔を舐め回したり、つねったりしながら、4人の周りをぐるぐる周った。
「やめて、こわいよ~!!」
「やめてやめてやめて~!」
「あ~れ~!!!」
「本当に幽霊が出るなんて聞いてませんの~!!!」
4人は朝方までお化けたちに取り憑かれるのであった。
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