転生ヒロイン、リーナ・クルークの日記
小声早田
第1話
『4月10日』
今日は待ちに待った王立アウストレイル学園の入学式!
アウストレイル学園といえば、王侯貴族の子息が切磋琢磨する麗しくも華やかな学園なの。
ごくごく普通の町娘の私に入学が許可されるなんて嘘みたい。
え? どうして私が入学できたかって? それはぁ、なんと、なんと!
15歳になったら受ける魔力測定で平民としては異例の数値を叩き出したからなの!
私ってばすごくない?
やだ、自分ですごいなんて言っちゃった。もぉ、私ったら自惚れ屋さんだなぁ。
それはさておき、新しい生活を記念して日記をつけることにしまーす。三日ぼうずにならないように頑張るゾ!
今から入学式に行ってきます☆
友達、たくさんできるといいなぁ。
帰ってきた。
入学式には参加できなかった。
式が始まる前にぶっ倒れたから。
自分の名前も学園の名前も、既視感があるとは薄々思っていたけど、まさか乙女ゲームの世界だったなんて。
学園内にある薔薇園を見てやっと全部思い出した。
ここ、私が前世でやってた乙女ゲーム「リーナと四季の薔薇園」の世界だ。
……私、頭大丈夫かな。それとも精神的にきてるのかな。
とりあえず、今日はもう何も考えないで寝ることにする。
『4月11日』
朝、目が覚めたら全て夢だった。ってことにならないかなと期待したけど、駄目だった。
私はまだ「リーナと四季の薔薇園」の世界にいる。
今日は朝から医者に連れて行かれた。
当然のことながら体は健康だった。
そしたら心配顔の両親に退学を勧められた。
学園生活初日に倒れて、暗い顔をしていたのが悪かったらしい。
平民の子が貴族に混じってやっていくなんて無理だったんだ。学園であったことは忘れなさい。身の丈にあった生活が一番だ、と諭された。
どうやら身分のことでいじめにあったと思われたらしい。
いじめられるどころか、まだ誰にも会ってないんだけど……
一瞬、両親の言う通りにしようかなと思ったけどやめた。
私ことリーナ・クルークは「リーナと四季の薔薇園」のヒロインだ。略して「四季薔薇」と呼ばれたゲームは、そこそこ人気があって、のちにコミック化もしていた。
ヒロインは王立アウストレイル学園に入学した初めての平民として、様々な苦難に遭いつつも、周囲の……主に見目の良い男性キャラたちに助けられ、卒業を目指す。
冒険あり、涙あり、恋ありの全年齢対象のゲームだ。
イケメンとイチャイチャ大変結構。
せっかくヒロインなのだ。割り切ってこの世界を楽しもうと思う。
私の記憶が確かならば、推しキャラのエリク様との出会いは入学三日目の明日だったはず。きっと格好いいんだろうなあ。
『4月12日』
実写化反対
『4月15日』
危うく三日坊主になるところだった。
よくよく考えてみれば、鏡に映る自分を見て気づくべきだった。
髪の色も目の色も声もそのままだけど、やっぱり絵と現実は違う。
二次元の実写化は、ほぼほぼ黒歴史になると何度も体験していたはずなのに。
過剰に期待しすぎたのも悪かったかもしれない。
たしかにエリク様はエリク様だったんだけど、これじゃない感がはんぱなかった。おまけにちょっと、いや、かなり臭かった。騎士を目指し日々鍛錬を欠かさないエリク様が汗臭いのは当然といえば当然なんだけど……。洗えない防具のあれやそれを装着して鍛錬するわけだし。
モニター越しの彼らの臭いなんて、想像もしてみなかった。
切ない。
『4月16日』
入学からこちら、魔法学の座学が続いている。
正直かったるい。
今日は第二王子のレオン様に会った。
ゲームのシナリオ通り、薔薇園で毎日違う女性とイチャつく女好きチャラ王子、しかしてその実態は大の女嫌いの俺様王子。という本性を知るイベントだった。
彼の女嫌いは、幼い頃に将来を誓い合った初恋の君が、兄である王太子にあっさり乗り換えたことに起因している。
子供の頃の約束を真に受けて女嫌いをこじらせ、手当たり次第に女と付き合う男。
しかも権力のある王子。
ゲームのプレイ中も面倒臭い奴だなと思った覚えがあるけど、現実だともっと面倒臭い。
彼はこれから、偶然本性を知ってしまったヒロインに何かと辛くあたるようになるはずだ。
時には寄り添い、時には叱咤し、彼の心の傷を癒して好感度をあげると、財力も人脈もある、それはそれは便利なキャラに転じるのだが……
そこまでの情熱を持てそうにない。
『4月17日』
今日も魔法学の基礎を学んだ。退屈この上ない。ヒロインは努力家で勤勉家っぽい設定だったはずなんだけど、中の人である私には彼女の性質は反映されなかったようだ。
そうそう、今日は図書室で宰相の子息のマテウス様に会った。
冷酷眼鏡キャラに興味がなく、マテウス様ルートは攻略していなかったので緊張した。未知との遭遇だ。
挨拶もなく、いきなり政治的な質問をされて、唖然としていると、ふんっと鼻で笑って去っていった。
彼は十五歳の花屋の娘に何を期待していたのだろう?
『4月18日』
今日も今日とて基礎知識の詰め込み授業。つまらない。もう瞼に目を描いて寝てもいいだろうか?
それはそうと今日も新しいキャラに出会った。
騎士、王子、インテリ眼鏡ときたらお次は教師。これお約束。
召喚魔法の教師ヘンリク先生は、無精髭と咥え煙草が似合うなかなかのイケオジだった。
エリク様の次に推しキャラで、しかも今までで一番違和感のない3次元化だった。
でも、私、煙草の臭いが大の苦手だったわ。
先生の好感度を上げるには、授業の質問をしに彼の研究室を訪ねて、一緒にお茶をしまくればいいのだけど、あの煙草の臭いの染み付いた部屋でお茶とか絶対無理。
まさかの推しキャラ二名に臭いで挫折とか……
やるせない。
『4月19日』
今日は一気に三人のキャラに出会った。
生徒その一のカール君、その二のニコ君、その三のロルフ君だ。
彼らはサポート系のサブキャラ達だったのだが……
やばい。まじでやばい。なにがやばいって、髪型と髪の色と目の色以外で見分けがつかないのがやばい。
そういえば判子絵と評判のイラストレーターさんだったなと納得。
メインキャラだけでも描きわけられていて助かった。
『4月20日』
またまたエリク様に会った。
実写化にも慣れてきた。エリク様のこれじゃない感にも対応できそう。
でも、ごめんなさい。その臭いは無理です。
彼の好感度は薔薇園の薔薇の世話を共にすることで上がるけど、彼の体臭と薔薇の香りが混ざって凶悪なハーモニーを醸し出していた。
お願いだから、頭を撫でないで。
籠手って洗っちゃ駄目なの?
『4月21日』
人目のないところで突っかかってくるレオン王子がうざい。
「どうせ君も他の女と同じなんだろ? 男を地位や権力でしか見ていないんだ」
なんて言いながら、絡んでくる。気に入らなきゃ無視すればいいだけなのに、なんで寄ってくんの? かまってちゃんかよ。
『4月22日』
マテウス様と廊下ですれ違った。
私の顔をみるなり、ふんっと鼻を鳴らして通り過ぎていった。
カチンときたが、王子よりは害がないからよしとする。
『4月23日』
ヘンリク先生の研究室に呼ばれた。
召喚魔法の研究を手伝って欲しいという。
なんでも召喚魔法には多大な魔力を必要とするらしく、私はうってつけの人材なんだとか。
そういや、そんな設定あったなあ。
具体的な内容には一切触れられていなかったけど。
なんにせよ興味はないので丁重にお断りしておいた。
召喚魔法を研究する暇があるなら、消臭魔法を研究する。
『4月24日』
アンドレアちゃんと、エレーナちゃんと、シーナちゃんの見分けがつかない。
『4月25日』
すごい! すごい! すごい!!
今日は完全なる実写化成功例のキャラを見かけた!
ヒロインのライバルとなる侯爵令嬢のザビーネ様だ。
完璧な縦ロールに、冷たい碧の目、ほっそりとした手足。まさにザビーネ様だった。
顔よし、スタイルよし、家柄よし、成績よし、の完璧すぎて近寄りがたい令嬢。自分に厳しく、努力を惜しまない。それを他人にも要求するのが玉に瑕。そんなキャラだったと記憶している。
序盤ではヒロインを軽んじていたが、やがてヒロインの努力と才能を認め、良きライバル、良き友となっていくのだが……
中身が怠惰を絵に描いたような私だし、きっと友情は芽生えないだろう。
遠くから見るにとどめておこう。
『4月26日』
エリク様はいいやつだ。誠実だし、優しいし、ごつい見た目に反してきれいなものや可愛いものに目がない意外な一面もいい。
ゲームでも現実でも一押しだ。
でも、お願いだから、薔薇の世話をして土で汚れたからって服は脱がないで。ノースリーブにならないで。
『4月27日』
王子の暗殺計画を練ろうと思う。
『4月28日』
上記の犯行をマテウス様の仕業に見せかけるのはどうだろう。
一石二鳥じゃない?
『4月29日』
助手の一件を諦められないらしいヘンリク先生にまた研究室に呼ばれた。
大事な用事があると言って断ったけど、あの様子では、おそらくまた呼ばれるだろう。
彼の研究室に十分以上いると気分が悪くなるからとてもとても行きたくない。
本格的に消臭魔法の研究に乗り出すべきだろうか?
『4月30日』
ザビーネ様の様子がおかしい。
何故か薔薇園でエリク様と一緒に薔薇の世話をしていた。
エリク様にぎこちない笑顔を向けながら、鼻声で話しかける。
それ、息止めてますよね?
てっきり彼のことが好きなのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
エリク様が去ったあと、暗い顔でため息をついていた。
『5月1日』
やっぱりザビーネ様が変だ。
今日は女生徒といちゃついていた王子にいきなり説教をしだした。
王子は「ふん、おかしなやつだ」とか言いながら、まんざらでもない様子。
面倒な王子を引き取ってくれるなら万々歳なんだけど、なにか引っかかる……
『5月2日』
ザビーネ様どうしちゃったんだろう?
図書室でマテウス様に会うや否やなにやら小難しい魔法構築の議論をふっかけ、言い負かされて「マテウス様には、かないませんわ」と彼を褒め称えていた。
おかしいな、魔法学のテストで、彼女ぶっちぎりの一位だったんだけど。
ゲームと現実の差異が出てきているんだろうか?
あり得ない話ではないかもしれない。ゲームではトップテン常連だった私だって、リアルでは常に下から十位以内に入っているわけだし。
『5月3日』
ザビーネ様が(以下略)
今日は茶葉を持参でヘンリク先生の研究室を訪ねていた。
部屋から出てきたあと、しきりに自分の髪の臭いを気にしていた。
なぜ、誰彼構わず媚びるような真似をしているんだろうか。
何者にも靡かない孤高の令嬢だったはずなのに……
『6月1日』
ザビーネ様の観察に力を入れていたら、すっかり日記をつけるのを忘れていた。
ザビーネ様の奇行は止んでいない。
エリク様と鼻声で会話しながら薔薇園の手入れをし、王子の素行を咎め、インテリ眼鏡の知識を褒め称えつつ、ヘンリク先生の研究室に通う。
おかげで私は平和だけれど。
彼女の目から徐々に光が失われているような気がしてならない。
『6月2日』
廊下の角で、ばったりザビーネ様にあった。
私の顔を見るなり「ひぃ、死亡フラグ」と叫んで逃げていった。
彼女の奇行の理由がわかったような、わからないような。
『6月15日』
やっとザビーネ様の捕獲に成功した。
エリカちゃんに頼んで空き部屋に誘い出してもらったのだ。あれ? カルラちゃんだっけ? どっちか分からないけど、まあ、いいか。
ザビーネ様は教室で待ち受けていた私を見るなり、気絶した。
一時間後、気を取り戻したザビーネ様は、自分の手足が縛られているのを見て、また気を失いそうになった。
いやだって、逃げられたら困るし。
どうにか彼女を落ち着かせて、「死亡フラグ」について尋ねた。
ザビーネ様曰く、今すぐ縄を解いてここから出してほしい。絶対に貴女をいじめないと誓う。だから近寄らないで。貴女に近づかれるときっと私はひどい目にあう。最悪死ぬ。自分には未来を見る力があるから間違いない。という。
違うでしょう。前世を覚えてるんですよね。と即突っ込んでおいた。
ザビーネ様は目を白黒させていた。
これ以上誤解が生じると面倒なので、私は自分にも前世の記憶があると、腹をわって話すことにした。
どうやらザビーネ様は「四季薔薇」をプレイしていないらしい。
でも「四季薔薇」という乙女ゲームの存在は知っていた。
そこで彼女は考え、思い至ったそうだ。
自分の地位、容姿、名前(ザビーネはないよなと私も思う)どれをとっても、ヒロインを虐めて返り討ち? に合う悪役令嬢じゃないかと。
ザビーネ様、前世でそういった設定の物語をよく読んでいたらしい。
私のことはすぐにヒロインだとぴんときて、極力避けていたそうだ。と、同時に、重要キャラと思しき目立つ男性陣のご機嫌とりに奔走していた。
泣ける努力である。まるっきり見当違いなあたりが特に。
このゲーム、トゥルーエンドは優秀な成績で学園を卒業し、平民初の王宮お抱え魔道士になり国の発展に尽力することだ。
その他のエンドは多岐にわたり、学園の教師になる。実家の花屋を継ぐ。ギルドに所属する魔法使いになって活躍するなどなど、どちらかと言えば、サクセスストーリー的な要素が強い。
もっとも、一番人気はトゥルーエンドではなくゲームに登場する様々な男性キャラと恋に落ちるハッピーエンドだったけど。
いずれのルートでもザビーネ様はヒロインの良きライバル、良き友となる。
ただ一つ、ヒロインが成績不良で退学になるバッドエンドでは、ザビーネ様は唯我独尊状態だったような気がする。
退学ルートになりそうな時は、すぐにリセットしてやり直してたから、よく覚えてないけど。
そう説明すると安堵の涙を流していたザビーネ様は悲鳴をあげた。
今のままだと、唯我独尊ルートに入るじゃない! だそうだ。
私の成績を把握しているとはザビーネ様侮れない。
『7月22日』
待ちに待った夏季休暇がやってきた。
どうやら人間関係に関しては手遅れだったらしく、ザビーネ様は騎士と王子と眼鏡と教師にまとわりつかれつつ、私に勉強を教えてくれている。
ザビーネ様はゲームでもリアルでも、良い人だ。
がんばれ、ザビーネ様。
お礼に、消臭魔法の完成を急ごうと思う。
転生ヒロイン、リーナ・クルークの日記 小声早田 @kogoesouda
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