夏が嫌いな男と夏が好きな少女の話
ミヤシタ桜
10年前
10年前。
よく晴れた夏の日のことだった。
その日、自分の住んでいた街——いわゆる田舎と言われる街だった——で一番大きな行事として行なわれた夏祭りがあった。
その夏祭りは、お昼から行われていて、土曜日でも午前授業がある地元の学校に通う多くの生徒らは、授業が終わると急いで家に帰った。もちろん、僕もその1人で家に帰ると薄汚れ青色の塗装が少し剥がれたランドセルを玄関に置いて、家族の誰にも声をかけないまま祭りに向かった。
夏祭りが行われている、街で一番大きな神社は、50段ほどの階段を上がった先に独特の雰囲気を漂わせながら佇んでいた。その階段の前で友人何名かと合流し階段を登る。神社に着くと、そこには多くの人がいてまだ小学生だった僕らは大人の波に溺れそうになった。けれど、なんとか横道に入って、お互いに生存を確認した。確か、その時に顔を合わせ笑ったような気がする。面白いことがあったわけではなくて、ただその場の雰囲気とか。そんなつまらない理由かもしれない。
それからは、手に握りしめていた僅かなお小遣いを手から離して、赤と黒のグラデーションがカッコいい戦隊の仮面や、夏の夕日に透けるターコイズブルーのラムネを買ったりした。強烈な甘みと気の抜けた炭酸の悲しい酸味が口に広がったあと、喉を駆け回るように落ちていったのを覚えている。
周りには浴衣姿の男女のカップル、人の波に攫われないように小さな体を頑張って親と手を繋ぐ小さな子供。今では嫉妬してしまいそうなその幸せそうな姿は、あの頃の僕にとっては特に気にはならなかっただろう。なにせ、あの頃の僕はまだカップルや親子側の人間だったのだから。
夜になると、僕は友達と別れた。その理由は至って明快で、夜に上がる花火を独り占めしたかったからだ。あの頃の背の高さで、神社に居ては大人たちの体に遮られて花火を満足に見ることは不可能に近い。
僕の家から走って3分程の場所には、緩やかな斜面ができた高台がある。そこから見る花火というのは、誰にも邪魔されず、本当に綺麗で世界を征服しているような、心地の良い優越感に浸れた。
斜面を手を使って上り、手についた草と土を払って、その場で座り込んだ。
手に巻きつけた腕時計を確認する。
世界を操るように動く針は7時59分52秒を指している。
あと8秒で花火が鮮やかに夜空に浮かぶ姿を想像した。
目を瞑る。聴覚以外の感覚を全て閉ざす。風の音が聞こえる。
刹那。
音もなく上がってきた。
重く冷たい重力に逆らい続けている。
そして、重力に逆らうのをやめた瞬間、満天の星が広がる夜空に、美しく咲いた。
その姿に見惚れている内に、美しく咲いた花火の音が遅れて聞こえてきた。爆発音よりも静かで、産声よりも生命力を放つその音に、感動を覚えた。嗚呼こんなにも美しいものがこの世に存在するのか、と。
しかし、その感動も束の間だった。
その花火の声を上回る声が、家から聞こえた。悲鳴よりも慟哭よりも、暗く黒い声が。
僕は高台を降りた。急いで降りたせいで土や草がついたけれど、気にせず家に向かって走った。
走れば1分で家の前には着く。
僕は走る。花火の残響がまだ耳の中で生きている。それをかき消すように、また新しい花火の音が否応なしに聞こえる。
まだか。まだか。まだなのか。
いくら走っても、家は見えてこない。
もっと、もっと、早く走らなければ。
そう願いながら腕を振り、風を先割る。
そうして、やっと家の前に着いた。
窓から漏れる明るい光も、家の周りに生えている花や木も、なにも変哲はなかった。いつもと、変わりなかった。
僕は玄関に向かった。さっきの悲鳴に似た何かは、僕の家からではないと、きっと気のせいだと。
けれど、その予想はことごとく外れた。
玄関を開けると、そこには母が妹を抱え倒れていた。冷たい木の床に倒れ割れた花瓶。鮮やかなほどに光る血。力が抜け生気を失い青白くなった母の腕。絶望に打ちのめされ彩度を失った目。酷く乱れた長い髪。意識が混濁とする。
それが、何を意味するか、考えるまでもなかった。まるでドラマか映画のようだった。派手な演出とさえ、思いたかった。
しかし、そんなことを思っている暇はなかった。
奥から、何やら怒号のような男の声と、地に響くような重い物音が聞こえて来る。
次第にその音は無くなってきて、代わりに冷たい木の床の軋む音が、だんだんと近づいて来る。
そして現れたのは、黒色の服を纏い、サングラスをかけた見知らぬ男だった。その男の右手には、血がべっとりとついたナイフがあった。
その時、後ろで花火が破裂する音が鮮明に聞こえた。夜を彩る美しく鮮やかな音色は、
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