【短編】愛が欲しい
かんた
第1話
私には誰よりも愛している彼がいる。
出会ったのは本当に偶然で、道に迷って困っていた私に声をかけて助けてくれたのだ。
その時はそのまま別れて、ただ優しい人だったな、と少しその日がいい一日になった程度だった。
けれど、それから数日後に同じ大学で再開して、お互いに運命だと思った。
いや、彼の方はどうかは分からないけど、少なくとも私は運命だ! と思っていた。
それからは、助けてくれたお礼だったり、それまでは気付かなかったけど同じ学年だということもあって、かなり親しくなっていったと思う。
そして、秋、冬に差し掛かろうかというような寒さの日に、彼から気持ちを伝えられて、その頃には私も彼のことを好きになっていたので返事をして、めでたく付き合い始めたのだ。
あれから1年、本当に色々なことがあったと思う。
色んなところにデートにも行ったし、美味しい食事もしに行った。
2人で夜を過ごしたことだって、私の中ではとても大切な思い出になった。
そんな幸せな日々を過ごしていて、それ以上に愛されたいと願う事なんて欲張りなのかもしれない、罰当たりなのかも知れない。
それでも、私はもっと愛されたいと望んでしまった、願ってしまった。
そのために、もっと彼の好みに合うように努力した。
髪型だって彼が好きだって言うから、それまで短くしてた髪を伸ばし始めて今では肩にかかるくらいには伸びてきた。
服も以前は動きやすい、パンツスタイルをよく好んでいたけれど、彼がスカートやワンピースの方が可愛いって言ってくれたから、今ではクローゼットの中にはいろんなスカートばっかりになっている。
そのことについて別に不満はない、別にこれまではそれが楽だったからそうしていただけで、それまでしていた格好に愛着とかあったわけではないから、それが可愛くなれて、彼により気に入ってもらえるのなら何も辛くは無いし、むしろ嬉しかったぐらいだ。
そんな努力の甲斐もあって、より彼に好きになってもらえた、可愛がってもらえるようになったって思えるから、自分がしてきたことに後悔なんて微塵も無いし、やってよかったって気持ちばかりだ。
……なのに、もっと愛してほしいって気持ちになるのは、どこまで行っても際限なく愛を欲しがるのはおかしいんだろう。
そして、そんなおかしな私だから、私が他の男友達と話している時に彼から向けられる嫉妬の視線に嬉しくなってしまったのだろう。
彼が私にここまで熱い視線を送ってくれたのは本当に久しぶりだったから、そのことがとても嬉しくなってしまったのだ。
いや、いつも愛されているという自覚はあった。
けれど、最近はとても穏やかな幸せを味わっていて、言ってはなんだけれども刺激が足りていなかった。
私はもっと、熱い感情を向けられたかったのだ。
だから、嫉妬の、つまり純粋な愛情だけじゃない、怒りや憤りの中に見えている強い独占欲などの感情を彼から思い切り向けられて、いつも愛されている時とはまた違った、興奮を感じてしまったのだ。
その時はすぐに彼の元に走り、ただの友達で何も特別な感情は無いのだ、となだめて何も無く終わった。
けれど、その時に感じた感情を、彼が見せた嫉妬の顔を私は忘れられなくなってしまったのだ。
それから私は何度か、彼が傍にいる時にだけ、男の友人を見つけては積極的に話しかけていくようになった。
その度に彼から向けられる嫉妬の視線に、その後に過剰なほどに渡される彼からの愛に、私はどんどん病みつきになっていった。
それまでは彼といる方が楽しかったし、大事だったからサークルには参加していても飲み会とかにはあまり参加していなかったのだけれど、それまでとは打って変わって参加するようになったし、男友達に対してのボディタッチも増やしてみた。
この辺りからは彼も余裕がなくなってきていたのか、同棲を始めていた。
家に帰れば外にいる時とは全く違う、弱ったような姿を見せられて、より一層彼への愛情が増していったし、それまで以上にほの暗い喜びを感じるようになっていた。
そして、サークルの男女混合で飲み会に行って、二次会でそのままサークルの男友達の家で家飲みになって、その日はそのまま眠ってしまい、朝帰りになった時には、とても心配をかけてしまった彼が、家に帰ってからしばらく放してくれなくなった時には、愛されている、と凄く深いところまで思えて、むしろ私が彼を放せなくなってしまった。
その時、彼からの愛情に浸りながら、彼への愛情を抱えながらとてもいけないようなことを考えてしまった。
何も無くてもこれだけ嫉妬してくれるのなら、誰かと身体の関わりを持ってしまえば、もっと嫉妬してくれるのでは? めちゃくちゃにされるほど愛されるのでは?
……そんなことを考えてしまったのだ。
もちろん、いけないことだって自覚はあるし、もしかしたら彼からの愛情すらも失ってしまうのかもしれないと考えもした。
けど、この時の私はきっと既におかしくなっていたのだろう。
そんな考えが浮かんでしまってからは、実際にそれを行うためにはどうしたらいいのかを考え始めてしまった。
もちろん、無理そうならそんなことをするつもりなんて無かった、一つでも躓いたらそこで諦めるようにしようと思っていた。
……けれど、幸か不幸か、私はそのための準備が出来た、出来てしまったのだ。
この時ほど、友達に対して恨みを、そして感謝を抱いたことは無かった。
そして、私は実際に行動してしまった。
友人に頼んで都合のいい男を手配してもらい、一緒にラブホテル街を歩き、適当なところに入って休憩をして、その光景を共通の友人に写真を撮ってもらって彼に送ってもらった。
私の顔はしっかりと写真に写るように、相手の男の顔は絶対に写らないように撮ってもらった写真を彼に送って、休憩している間に何度もかかってくる彼からの電話をすべて無視して、翌朝家に帰った。
そして、家に帰ってすぐに彼は、私の腕を掴んできた。
そして、黙ったまま、有無を言わせぬ態度で寝室に連れ込まれて、いつもとは違う、荒々しい行為をされた。
いつもは私を気遣って優しく愛撫して、互いにしっかりと準備が出来てからしていたのに、その時はすぐに挿入されて、準備も出来ていないので痛みを感じながらも、私はそれまでで一番感じてしまった。
行為をしているうちに、彼も感情が抑えられなくなってきたようで、見たことも無いような怒りの形相で私の首を絞めてきた。
「何で……何で! こんなに愛しているのに、君は別のやつなんかと……! 僕を見てよ、僕だけを見てよ!」
悲痛な表情でそう叫ぶ彼に首を絞められ、いつにもない激しい行為を受けながら、息も出来ずに、空気を求めて喘ぎながら、私は最高に幸せを感じていた。
そして、そのまま私の意識は途絶えていった。
「あ、れ……?」
自分の腕の中で、徐々に力を失っていく最愛の人を抱えながら、僕は呆然としていた。
なぜ、身体から力が消えているのかすぐには理解できないまま、しばらく僕は彼女を眺めていた。
誰よりも愛していた、少しいたずら屋さんな愛しい少女。
偶然の再開を果たしてから、人生で最も愛してきた彼女。
そんな彼女が、男とラブホ街を歩いて、ラブホに入っていったという話を聞いて、写真まで見せられて、それでも信じられなくてきっとすぐにでも帰ってくるはずだと信じて、帰ってきたら話してみようと帰りを待って。
そして、朝になるまで彼女は帰ってこなかった。
帰ってきたら話をしようと思っていたのに、彼女が返ってきたころにはもう冷静さが消え失せていて、身の内で暴れる感情をそのまま彼女にぶつけてしまった。
気が付いた時には彼女の首を絞めていて、けれどそれを止めることが出来ずにいた。
そして、ようやく少し冷静になってきた頃には、彼女の身体から力が抜け落ちてぐったりとしていた。
そのことに気が付いても、なかなか理解が出来なかった。
そして、理解出来てきた頃には、彼女が少しずつ冷たくなってきているのを感じていた。
「ちょ、っと、待ってよ、なんで……? なんで僕はこんなことを……? 待って待って死なないで!? 逝かないでくれ! そんな……!」
そうしてもう動かなくなった彼女に話しかけて、返事がないことに絶望をしてしばらくの時間が経ってからだった、ようやく僕が動けるようになったのは。
動けるようになった僕が向かったのは、キッチンだった。
そして、しまってあった包丁を手に取ると、躊躇することなく思い切り自分の首を掻き切った。
首から勢いよく血が噴き出して、自分の命が失われていくのを感じながら、僕は安堵していた。
(これで、ずっと君と一緒だ……)
既に動かない彼女の元まで何とか這いずっていき、彼女の傍にそのまま倒れて、僕は目を瞑った。
もう冷たい彼女を横に感じながら、徐々に意識が薄れていくままに僕は息を引き取った。
【短編】愛が欲しい かんた @rinkan
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