第202話 ヘビーですへびー
気怠さの伴う昼下がりの執務室でいつものようにレオの膝の上に乗っています。
最近はむしろ、ここにいないと不安なので刷り込みは恐ろしいですわね。
「レオ。『あ~ん』って、してくださいな」
「あーん」
「はい。よく出来ましたわ」
ええ。
お茶請けのクッキーを彼の口へと運んで餌付けするのもいつものことです。
いつもはこの後に……
「美味しいかしら?」
「美味しいよ。そうだなぁ。こうすれば、分かる?」
「んっ……」
そういう流れになって、クッキーを共有するという名目でキスが止まらないので、仕事の進みが滞るのです。
今日はちょっと様子が違います。
なぜって、他に二人……いえ、違いますわね。
二匹でもないかもしれませんが、とにかく、いるのです。
「姫ちゃん。それヘビーですへびー」
「レオ! ヤルノカ! ヤリスギ! レオ! ヤリスギ!」
少々、賑やかになりましたわ。
テストも兼ねたオデュッセウスとペネロペへの新技術の導入――
「レオ! リーナ! ズコバコ! ズコバコ!」
プヨン♪ プヨン♪ という音が聞こえてきそうに弾みながら、あられもないことを口走るのはレオの
レオはその様子に頭を押さえていますし、私は顔から火が出そうですわ。
多分にレオのせいだとは思いますのよ?
ただ、手毬ほどの大きさをした球形の真ん丸ボディにはフワフワとした産毛のような体毛が生えていて、モフモフした触り心地が最高なのです。
手足と思しき器官は生えていないので移動する際に弾むように跳ねる姿が、愛らしいですわ。
ボディにはくりっとした黒曜石を思わせる丸い目が付いており、猫のような三角のお耳が二つボディの上でアンテナのようにピンと立っています。
感情表現も多彩で人でいうところのお尻にあたる場所に生えているうさぎさんの丸っこく、ふわっとした尻尾状の器官で表すのです。
嬉しい時はそれが激しく、振られるので分かりやすいですわね。
「姫ちゃん、サクッとお仕事するへびー」
そして、私のことを『姫ちゃん』呼ばわりするのが私の契約した
モコは男性格なのか、少々デリカシーに欠けているところがあるのですがルーは女性格。
その点では配慮の出来るとてもいい子で……
「そんなことでは明るい家族計画出来ないへびー?」
訂正ですわ。
遠回しに言うのであれば、モコもルーも変わりがないみたい。
ルーは語尾の『へびー』で分かるように蛇のように長い体を持っています。
見た目だけなら、三十センチほどの大きさの金色の蛇といったところかしら?
でも、ただの蛇ではありません。
鱗ではなく、シルクのように滑らかな長毛が全身に生えていて、一対の蝙蝠のような黒い翼を持っているのです。
残念ながら、羽ばたいて空を飛ぶことは出来ないようですけど。
「姫」
「「!?」」
音もなく、急に現れた黒い影から、発せられたバリトンの落ち着いた声にレオと二人して、ビクッとなってしまいました。
決して、後ろめたいことをしていたからではありません。
「クレモンテ領にて異変が発生したでゴザル」
アンディはいつも通りですわ。
ん? ござる?
そのような妙な喋り方をしていたかしら?
常に感情の色を浮かべない黒曜石の瞳が珍しく、左右に振れた気がしますわ。
本意ではないのに使いましたのね?
「それって、どれくらいの駒が必要かな?」
「あまり猶予はないかと」
「そっか。リーナ、どうする?」
「こちらをどうぞ、姫」
そこで私に話題を振りますの?
アンディが手渡してくれたのは達筆できれいにまとめられた調査報告書です。
表紙の右下にはかわいいうさぎのイラストが描かれているのですけど……アクセントのつもりなのかしら?
アンディが描いたのでしょう。
あの厳つい顔で真面目にうさぎを描いていた姿は想像しにくいですけど。
さて、何が書いてあるのかしら?
クレモンテ領……?
聞き覚えのない名だと思ったら、領地替えでカルディアに移封されたクレモンテ子爵の領地でしたのね。
私の記憶が確かなら、クレモンテ家は古い血統でもなければ、確たる実績も上げていない一族です。
現当主のアメリストは魔導師然と振る舞っているけれど、それは見た目だけ。
実力は初級かも怪しいという噂を聞いたことがあります。
むしろ、後継者イレネリオの方が人格・素質ともに遥かに優れており、将来を嘱望されている……真偽のほどは分かりませんけども、そういったあまりよろしくない噂で賑やかな家ですわね。
貴族としての権利を主張するだけで義務を果たそうという意志もないみたい。
それに許せないのはレオに敵意を抱いていることですわ。
え? 私が何かしたのではないかって?
私は特に何もしておりませんけど……。
裏で手を回しすぎたのがいけなかったかしら?
しかし、ここまで欲が深く、愚かだったとは思いもしませんでしたわ。
帝国の貴族であれば、大なり小なりの差異はあっても不可思議な存在への畏敬の念を持っている……そう信じておりましたもの。
デファンデュ山は古来より『触れてはならぬ禁忌あり』と歴史書に書き残されるほど、恐れられた地です。
その麓にあるカシエは人口百人にも満たぬ小さな村落ですが、その名が示す通り、長きに渡って、デファンデュの禁忌に封をしてきた一族の村でもあったのです。
それが何という愚かなことを……。
目先の欲に目が眩んだアメリスト子爵の手によって、封が解かれてしまったのです。
人が迂闊に手を出してはいけないものであることは確かなのですけど。
あそこに何が棲んでいたのか、正確に思い出せないのがもどかしいですわ。
報告書によれば、デファンデュの山肌が大崩落を起こしたとのこと。
天然の巨大な洞窟への入り口が開いたようですが、それ自体は問題ではありません。
それに伴い、何かの襲撃を受けたカシエ村が壊滅するという惨事が起きたことこそ、大きな問題なのです。
多くの家屋が巨大な何かに踏み潰され、生存者も片手の指で足りるほどしかいないという有様……。
アンディは淡々と調査を記録してますけど、これは酷いですわ。
恐らく、カシエ一帯が人の住める土地ではなくなっているのでしょう。
付近の動植物にも被害が及び、木々は枯れ果て、奇妙な紫色の斑点に全身を覆われた動物の死体で埋め尽くされているのですから、異常事態ですわね。
合わせて、辛うじて、正気と生命を保っていた青年と少年を救出したことも記されていました。
少年が怯えた様子で『コカドリユ様怒ってる。返す。早く』と繰り返し、訴えているとも……。
「ねぇ、レオ。コカドリユですって」
「コカドリユって、何だっけ?」
「レオ! マヌケ! レオ! ヤリスギ! マヌケ!」
「うるさいなぁ……」
モコは跳ねる場所をレオの頭に移し、プヨン♪ からポヨン♪ と音までも変えながら、飛んでいます。
そんなモコを煩わしそうにしながらもどこか、嬉しそうなレオが微笑ましいですわ。
でも、レオは忘れてしまったのかしら?
あまりにも昔のことですものね。
そもそも、デファンデュをコカドリユの安住の地としたのはあなた……バールですのよ?
「アレは手を出さない限り、穏やかな性質。愚かな者が手を出したようですわね」
「ああ、コカドリユって、もしかして、アレか! 面倒だね。どうするかな?」
「ヘビーな相手だへびー」
「レオ! ツンダ! レオ! ツンダ!」
賑やか過ぎて、ちょっと騒々しいくらいですけど、本当に微笑ましい光景ですわ。
これにニールとアリーまでも加わるとアンの両肩にかかる負担が増えるかしら?
あら?
アンディの姿がいつの間にか、見えなくなっていますわ。
この状況に巻き込まれたくないので逃げましたわね。
『姫。お暇するでゴザル』と軽く一礼して、消えるところを見ましたもの。
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