閑話12 素材集めは計画的に
レオンハルトとリリアーナが二人きりのデートを楽しんでいるのと同時刻――
彼らと同じ目的でアルフィンを発った者達にも動きがあった。
◇ロリとショタの竜の場合◇
カルディア地方には鬱蒼とした森――ジャングルが多い。
固有種である照葉樹と蔓植物が多生するこれらの密林地帯は昼なお暗き、闇が支配する領域でもある。
そんな森を奇妙な二人組が歩いていた。
「キリムー、本当にこんなところにいるの?」
艶のある濡れ羽色の髪をポニーテールでまとめ、大きめのリボンで飾っている。
やや吊り上がった目には縦長の瞳孔を持つ金色の瞳が輝く、十歳に満たない年齢にしか見えない幼い少女だ。
髪と同じ色をした肩紐で止まるワンピースが少女の透けるように白い肌とコントラストをなしていた。
「我が主はそう言っていた」
淡々と答える少年は収まりが悪そうなボリューム感ある蜂蜜色の髪が顔の半分を覆っていた。
見えている左目には赤い瞳が爛々と輝いており、その瞳孔は隣を歩く少女と同じように縦長である。
トップスは大人向けのシャツらしく、ダボダボで手首どころか、指先まで隠れている。
しかし、ボトムスは短めのホットパンツのような物を履いていた。
「パーパじゃないよ。マーマが言ってたの。んー、あれがそうかなぁ?」
「ワイバーンか? 数が多い……統制が取れていない?」
「キリム、ごちゃごちゃうるさい。さっさと片付けるよ?」
「駄目だよ、ニール。加減しないと素材にならないから」
「分かってるって」
眦を上げ、少女が睨みつける先には晴れ渡った青い空が広がっている。
そこには大きな翼を羽ばたかせ、二人を敵意に満ちた視線を向けてくる飛竜がいた。
その数は少なく見積もっても数十匹は軽くいるだろう。
飛竜――ワイバーンはドラゴンの亜種である。
前腕の代わりに大きく発達した翼を持ち、飛竜の名の通り、空の支配者として知られる魔獣。
亜種とはいえ、爪や尾の棘には猛毒があり、戦闘力は極めて高い。
彼らは単独で生きることが多いドラゴンと異なり、群れを形成し、テリトリーを守って生息する。
テリトリーもある程度の秩序が保たれたもので環境に影響が出るような狩りは行わない。
ところがこの森のワイバーンの群れはまるで狂ったように暴走を始めたのだ。
群れが周囲の獲物とみなした獣や魔獣を喰らい尽くせば、どうなるか?
生態系の破壊とだけではなく、
そこで送り込まれたのがニーズヘッグとキリムだった。
「あたしから、行くよ」
「レディファーストだからね? でも、僕も行くよ」
少女の身体を赤黒く燃える炎が全身を覆い尽くし、その炎が見る間に膨れ上がって巨大な竜の姿を象っていく。
闇夜を思わせる漆黒の鱗に包まれた巨体はゆうに二十メートルを超えており、その背からは六枚の翼が伸びていた。
長く鋭い鉤爪で武装された強靭な前腕は見る者に恐怖を与えるに十分なものがある。
ニーズヘッグが元の姿に戻るのを見届けた少年は『やれやれ』とぼやくように呟く。
その刹那、少年の全身を紅蓮の炎が包んでいき、膨れ上がった炎がやがて、巨大で不気味な竜の姿へと変じていった。
陽光に煌めく美しい金色の鱗を持ちながらもその姿は異形といってもいいものだ。
ワイバーンと同じく前腕と一体化した翼が大地を捉え、胴から蛇のようにうねりながら伸びる長い首が七つある。
その先にある頭には鉤爪のような角が一本生えており、炎を思わせる赤い目が一つしかない。
「どちらがいっぱい倒せるか、ゲームし……」
ニーズヘッグが言い終わる前に七本の熱線が空を彩り、哀れにもその標的となったワイバーンが消し炭となって、大地に墜ちていく。
「ずっるーい!」
負けじとニーズヘッグが前腕を空へと振り上げると鉤爪が狙ったようにワイバーンへと伸びていき、強固な鱗をものともせず、容易に貫き、その命を奪っていく。
「あたしの方がきれいに殺してるもん」
「数ですよ、数」
圧倒的強者による一方的な蹂躙。
ほとんどのワイバーンが無残な骸と化し、素材としての価値があまり、なくなってしまうのだがそんなことを二人が気にすることはないのだった。
◇鹿と狼の場合◇
かつて坑道として、使われていたであろう人工の洞窟。
合理的に掘削されただけと思しき、美しさとは無縁の空間を奇妙な二人組が歩いていた。
一人は銀色の毛並みも美しい
もう一人は二メートルを超えようかという巨漢だがその姿は人ではない。
体は白い鱗に覆われ、頭には鹿のような双角、尻からは長大な尾が伸びる
「なあ、鹿ちゃんよお。お前さん、甘くはねえかい?」
「何がでござる、アモン殿」
気安く話しかける
「いやいや、お前さんはそういうやつだったな」
「ふむ、
彼ら二人はアルフィンに属する少数部族の長である。
かつて混沌の手の者による策略で危機に陥ったところをリリアーナに救われたことから、恩義を感じていた。
その為、アルフィン防衛戦にも部族を率い、義勇軍として参加したほどである。
「姫さんは今度は何を考えてんだろうなあ」
「さあ。
恩人であるリリアーナからの頼みであるので断れないのに加え、強いやつと戦えるという本能に抗えなかったのもある。
しかし、坑道に棲むというドラゴン退治へと赴いた二人を待っていたのは今にも死にそうなくらいに弱り切った年老いたドラゴンだったのだ。
鼻先から角が生え、後頭部は半円状の弧を描いており、面構えだけを見れば、凶悪に見える。
だがいかんせん、まるで覇気がない。
事前情報では凶暴で人的被害も甚大という話だったが、どうやらデマだったらしい。
帰ろうとするアモンを抑え、フュルフールが力になれないかとドラゴンに提案したことで面倒な熊を退治しなくてはいけなくなったのだ。
「鹿ちゃんよお、お前さん……まあ、いい。さっさとその熊を
「そうでござるな」
飄々として、涼しい顔をしているフュルフールにアモンはやや呆れつつも過去から現在まで想いを馳せていた。
かつて主に仕え、誇りを胸にただ、強き者を求め戦っていた自分。
強者と認めた立派な漢との果し合いに敗れ、満足した最期を迎えた。
数多の命を奪ってきた自分はてっきり地獄へでも落ちるものだと思っていたら、どうだい?
どうやら、この世界でも戦い続ける運命らしい。
おまけに今世の相棒は前世で俺が唯一、強者と認めたやつだ。
なんて、因果な運命なんだろうな。
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