第99話 私は魔女の女王ですのよ?

 女王クイーンはこのように地下深くに神殿を築き、封印するほどに危険な存在ということかしら?

 そういえば、あの子は小さい頃から、一人で部屋に閉じこもっては何かを作るのが好きでした。

 それで出来上がった奇妙な物を披露して、屈託なく笑うあの子の姿は本当にかわいかったのを今でも昨日のことのように思い出せます。

 自分が傷つくことより、誰かが傷つくことを何よりも嫌っていたあの子が……。


「本当に神殿みたいだね」


 レオが言うように大理石造りの建造物は外から見ても神殿そのものといった雰囲気でしたが一歩、足を踏み入れると内部の荘厳な造りに驚かされます。

 まさに神殿ですわね。

 使われている石材の質の高さといい、寸分違わず組まれた精度の高さといいオルレーヌ王国の技術の粋を集めて、造られたのでしょう。


「あのレオ、そろそろ下ろしてくれませんの?」

「リーナもこの方が楽だよね?」

「楽ですけど……」


 そうなのです、まだ、レオの腕の中から抜け出せません。

 下ろしてくれる気もなさそうですわ。

 心臓に良くありません!

 ドキドキとおかしくなるくらいに高鳴る心音がうるさくて、考えを冷静にまとめられないんですもの。


「これが女王クィーン


 神殿であれば、御神像が安置されているべき場所にヤマトタケルを超える巨大な立像が鎮座しています。

 底知れぬ威圧感を放ち、静かに佇む姿は異様なもので壁面や天井から伸びる鎖によって、頭から爪先まで全身あまねく、巻き付かれているのです。

 全身、包帯でも巻かれたかのようですわね。


「封印? 凍結? 確か、計画書では凍結という体を取っていたと思いますけど。こうでもしないと抑えきれなかったのかしら」

「解除出来るかな?」

「まずは下ろしてくださらない?」


 そう言うとレオはた苦虫を噛み潰したような表情で渋々、床に下ろしてくれました。

 私を抱いてもそんなに抱き心地がいいとは思えません。

 アンのような体つきでしたら、このように感じないのですけど。


「私は魔女の女王ヘクセ・ケーニギンですのよ? この程度の錠でしたら、すぐにでも……終わらせて……あんっ」


 自分の足で立ったことの意味があまり、ないかもしれませんわ。

 レオはぴったりと後ろに張り付くようにくっついて、背後から抱きすくめてくるんですもの。

 そんなに力強く、腕を回して拘束されたら、落ち着きません。

 熱を感じるくらいに密着しているというだけで心臓にはよろしくありませんのよ?


 レオは私に止めを刺したいのかしら?

 首筋に痕を付けようとしてきます。

 私にだけ聞こえるくらいの音を立てて……分かっていて、してますわね?


 アンにも『また、始まっちゃいましたぁ』とでも言いたげな妙に白けた視線を送られて、心苦しいものがあります。

 とにかく、すぐに終わらせましょう。


開錠アンロッキング……ねぇ。簡単でしょ?」


 耳をつんざくような甲高い金属音とともに女王クィーンに巻き付く鎖が解かれ、外れていきます。


「近くにいると危ないね」


 気付いたら、また横抱きに抱えられていました。

 ええ、その方が早く、退避出来ますもの。

 分かってますわ。

 ただ、落ち着かないだけですわ。


「何か、凄いですねぇ。こんなのが動くって、信じられないんですよねぇ」


 レオだけではなくて、アンも目を輝かせていました。

 ニールは寝てますわね。

 この状況で寝られるのですから……眠かったのかしら?

 昨日、夜更かししたという訳でもありませんし、どうしたのでしょう。

 寝る子は育つと言いますし、これが成長期なのかしら?


「全部、外れたよ」


 えぇ?

 私の考えていたこと外れに聞こえましたわ。

 聞き違えは怖いですわね。

 鎖が外れたんですのね?

 思索の旅に出るのは考え物ですわ。

 いつの間にやら、事態が進んでいるんですもの……。


「まるで女神像って、感じだね」

「女神……ふふっ。何だか、くすぐったいのは気のせいかしら?」


 女王クィーンは確かに美しい女性を模した姿をしています。

 表情がまるで感じられず、どことなく無機質な印象を受けるせいか、人形の顔を思い浮かべてしまうのは作り物だからかしら?

 全体を見ると上半身は武骨な中に流麗さを兼ね備えた甲冑で下半身は腰部を覆う飾り程度の腰鎧とドレスを合わせたデザインになっています。

 いわゆるアーマードレスに似せてデザインされた女性型の魔動騎士とでも言えば、いいのかしら?

 色合いが白を基調にしているのも影響しているのでしょう。

 その醸し出す雰囲気もあって、ウェディングドレスを纏っているような錯覚を覚えますわ。


 腕を胸の前で十字に組んだまま、佇んでいるのでまるで眠っているみたい。


「また、会えて嬉しいですわ。それとも『久しぶり』と言うべきかしら?ライラ」


 私の呼びかけに応じるように光が宿っていなかった女王クィーンの双眸が輝きを放ち始めるのでした。

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