第96話 ドラゴンを一狩りしたんじゃないかな?

 東に針路を取り、まず驚かされたのは風景かしら?

 青々とした草原地帯が広がっていたそれまでから、一変したんですもの。

 眼前に広がるのは鬱蒼と茂った針葉樹の森。

 木々の間に生じた微かな闇から感じられるのは不気味な気配ではありません。

 これ以上、先に進むと取り返しのつかない羽目に陥るかもしれないという漠然とした予感。


 こういった微かな魔力の感知・探知はレオが苦手とするところ。

 でも、彼には妙に鋭い勘があるから、問題ないですわね。

 ターニャも何かを感じてますわね。

 どことなく憂いを帯びた表情はもしかしたら、これから起こりうる未来に怯えているのかしら?


 そして、馬車での旅を続くのです。

 変わったことと言えば、今までターニャがいないと動かなかったヤマトが先日の戦いですっきりとした見た目に変わってから、動きに変化が現れたことかしら?

 ターニャが馬車にいてもヤマトはちゃんとついてきています。

 そのお陰で馬車の中で私が先生の真似事をしないといけなくなっているのですけど。


魔動騎士アルケインナイトを構成するパーツは竜鱗や竜骨を用いて、製造されているのです。では、ここで問題ですわ。なぜ、オルレーヌはドラゴンの素材を手に入れられるのでしょう? レオ、その理由を簡潔にどうぞ」


 馬車の揺れが丁度、心地良いのもあって、レオがうつらうつらとしているのは分かっていました。

 それに昨夜も一晩中……ええ、その……ありましたから、疲れているのでしょう。

 あんなに激しく、愛してくれたんですもの。

 ですから、眠気覚ましに頭を使わせてあげましょう。

 優しさですのよ?


「ええ? ドラゴンを一狩りしたんじゃないかな?」


 寝てますわね……。

 頭が完全に寝てますわ。

 ちゃんと目が覚めるようにレオのレオを刺激するべきかしら?

 それとも激しく、キスした方がいいのかしら?


 あっ……えっと、駄目ですわね。

 アンはともかくとして、ターニャがいますから、教育上よくありませんもの。

 え?

 ニールは私の膝を枕にして、寝ているから、問題ありません。

 オーカス?

 あの子は今、お爺さまと爺やによる地獄のブートキャンプに入っています。

 斧を使うので戦士として、鍛えるべきと考えていたのがどうやら、間違いだったのです。

 あの子、魔法の適性の方が高いんですもの……。

 攻撃に適した破壊魔法ではなく、防御や支援に徹する支援魔法に向いているなんて、想定外ですわ。


「違いますわ。レオは歴史……まだ、勉強中ですもの。仕方ないですわ。オルレーヌの初代女王アデライド人竜公フレデリクの加護を受けていたから、なのですけど……えっと、人竜公フレデリクも説明が必要かしら?」


 三人とも無言で頷いてますわね。

 馬車の中で特別授業なんて、不思議な気がしてなりませんけども。


人竜公フレデリクは西の白竜王ティアマトの息子なのですけど、人として生きた伝説の英雄ですわ。生涯、六十近くの戦に出陣しながら、無敗を誇った逸話は有名ですし、愛妻家として、おとぎ話の主人公にもなってますのよ? ……ええ? 質問かしら?」

「お嬢さま、人として生きたって、ドラゴンから人間になったってことですかぁ?」


 アンが気になったのはそこですのね?

 ニールもそうですし、南の竜王エキドナも人化の魔法で人の姿に変身してましたから。

 でも、彼女らはあくまでも竜であって、人ではありません。

 人竜公フレデリクは竜でありながらも人だったのです。


「それは彼の父親が人だったから……人と竜の混血だからこそ、人竜公フレデリクは人であり続けることに拘ったそうですわ。それで……人竜公フレデリクと初代女王アデライドの間にはとても深い、何らかの絆があったのは間違いありませんんわ。誓約がいつ結ばれたものなのか、それははっきりと分からないんですのよ」

「じゃあ、ドラゴンを殺しまくったりはしてないね」

「ええ、恐らく……」


 していないと信じたいですわ。

 姉として生きた記憶がそうさせるのかしら?


「来る……何か、来るよ。怖いのが……来る」


 その時でした。

 ターニャの様子が急におかしくなったのです。

 両手で肩を掴み、身体を震わせており、隣に腰掛けていたアンが落ち着かせようと静かに抱き締めているのですけど、収まる気配がありません。

 そうですわね。

 確かに感じますわ。

 何かが近付いてきています。

 敵意、害意……いえ、そういう類ではないかしら?

 それでいて、懐かしさも感じるなんて、面倒なことになりそうですわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る