第81話 みんな凍ってしまえばいいのよ

「あたしの邪魔をしないで!」


 ヘイグロトの瞳が黄金色に輝き始めると私に向かって、叩きつけるように吹く、雪混じりの強風が暴風雪ブリザードの様相を呈してきました。

 そうですわね……。

 皆を連れて来なくて、本当に良かったですわ。

 七つの門セブンスゲートをかけていても暑さや寒さは体感するので凍死とまではいかなくても辛い思いをするでしょうから。

 私だけでしたら、どうということはありません。

 単なる暴風雪ブリザードですもの。


「どうして!?」


 私が平然としているのに焦ったのかしら?

 やや動揺しているように見えますわね。

 正直、少し心地良い風が吹いた程度にしか感じません。

 髪もアップにしているので乱れることもなく、何ともありませんわ。


「まさか、あなたの本気の凍気はそれで終わりですの?」


 おかしいですわね。

 実力から考えたら、この程度ではないはずなのですけど。

 この暴風雪ブリザードなら、普通の人間でも凍え死ぬことはないでしょう。

 警告?

 この子……そういうことですのね?

 村も凍りついてますけど、誰一人命は奪われていません。

 氷像と化しているだけで皆、生きているのです。

 彼女はまだ人を傷つけていない。

 心の底で眠っている光が一線を越えないようにしているのでしょう。


 つまり、誰かが優しい彼女を唆し、今回の事件を引き起こした。

 候補として挙げられるのは赤き者かしら?

 それとも黒? 黄もありえますわね。


「そういうことですのね。あなたの不安な心に何者かが囁いたのかしら?」

「うるさい! うるさい! うるさい!」


 ヘイグロトの身体を激しく吹き荒れる暴風雪ブリザードがカーテンのように覆って、彼女の力が跳ね上がるのを感じました。


「みんな凍ってしまえばいいのよ! カイはあたしのものなんだから!!」


 そして、現れたのは巨大な身体のドラゴンでした。

 瞳は金色に輝き、陽光で煌めく純白の美しい鱗とあいまって、一枚の絵画のようです。

 美しき吹雪姫の二つ名に恥じない姿ですわ。

 太く強靭な後ろ足には人間などあっさりと串刺しに出来そうな凶悪な鉤爪が生えてていますが筋肉の付き方と前腕の形状から、四足での歩行は無理かもしれません。

 同じ竜種でも二足でも四足でも動けるニールとは見た目は大きく、異なりますわね。

 種の固有進化は興味深い事象ですから、爺やも興味を持つかしら?


 畳んでいる翼もかなり大きいわ。

 この翼の大きさは前腕と翼が同化しているタイプのドラゴンが多いのですけど、その点からも珍しい姿のドラゴンですわね。


 凄まじい殺気ならぬ凍気がヘイグロトから放たれました。

 あら?

 凍ってしまいますわね、

 レオがいないと寂しくて、辛くて、心が凍り付くようなのに今、この時は彼がいないことにほっとしていますの。

 なぜって?

 あの姿を見られるのが嫌ですの。

 レオは『どんな姿になろうとも』と言ってくれるでしょうけど、私が嫌なのですわ。

 さて、不本意ではありますけど、始めましょうか?


 🦊 🦊 🦊


「カイ、あなたはここで永遠にあたしと生きるの……」

「それは本当にあなたが望むことですの?」


 ありえない。

 カイはあたしのもの。

 その邪魔をしようとしたから、凍らせたはずなのに……。

 それなのに氷漬けにして、身動みじろぎ一つ出来ない氷像にしたそいつの声が聞こえてくる。

 あたしの頭の中に響くように聞こえてくるその声はとても耳障りで……


「うるさいっ! あたしは間違ってないっ!」

「本当に? あなたはそう心に誓えますの?物言わぬ方に愛を囁くのが真実の愛と……それで正しいと……あなたは本当にそう望みますの?」


 あたしは間違ってなんてない。

 彼を愛してるの。

 でも、彼は弱くて、すぐに死んでしまう。

 だから、凍らせるの。

 永遠に

 だから、あたしは間違ってないんだ!うるさい!

 棘の生えた尾を思い切り払うと氷像は粉々に砕け散った。

 呆気ないわ。

 そうよね、人はこんなにも脆くて。

 だから、カイを……え?

 あたしは違和感を感じる。

 あたしは何をしている?


「うふふふっ……あはははは」


 何が起きた?

 あたしが殺してしまったあの少女の笑い声が頭の中に響き渡る。

 頭が割れそうに痛い。

 ガンガンと金槌で頭を殴られているような感覚を覚える。

 何?


「え……な、なんなの……」


 あたしの前に真っ白な壁のように立ちはだかっているものがいて、遥か頭上で爛々と輝く紅玉色の瞳が愉悦を感じるかのように細められていた。

 まるで獲物を見つけた捕食者みたいにあたしを睨みつけてくる。

 動けない……恐ろしくて、動けない。

 このあたしが……動けなくなるなんて、ありえないのに。


「私のこの姿を見た人は誰もいませんの。この意味分かりますかしら?」


 意味が分かってしまった……。

 あたしを一飲みにする気なんだ。

 やめて、お願い!

 迫りくる巨大なアギトを前にあたしの意識はプッツリと途絶えた。


 🦊 🦊 🦊


「……やはり、幼いと心がまだ、育ち切ってないのかしら? ニールもこの手の魔法には抗しきれないですもの」


 私は一つの策を考えました。

 本来のヘイグロトは優しく、命を大事にする性質のはず。

 そんな彼女を失うのは世界にとって、大いなる損失ですわ。

 しかし、ニールの時のようにチェーンで拘束し、説得するだけでは無理でしょう。

 私とニールの間には母と娘という繋がりがあったからこそ、出来たのです。

 それに彼女を覆うように黒い瘴気が感じられるから、それを祓わない限り、手の打ちようがありませんもの。

 そこで思いついたのが頂に来る途中で見かけた万年雪を湛えた氷河を利用する方法でした。

 精神に作用する攻撃魔法で脳の一部を刺激し、心に巣食う恐怖心を増大させることで幻覚を見せ、精神を破壊する暗黒の魔法。

 冥府にいた頃に考案した魔法の一つですけど、こんなところで役に立つ日が来ようとは……。


 巨大な白蛇の幻影をヘイグロトに見せ、無残に殺される姿を見せることで精神的に追い詰め、一時的に心を殺すのです。

 この状態にすれば、肉体も一時的とはいえ、動きが取れなくなりますから、歪みの原因となっている瘴気を光属性の回復魔法を応用し、取り除くだけで済みます。


 この地にかけられた一種の呪い――凍結ですけれど、これはヘイグロト本人に解呪させるべきかしら?

 私が解呪しても問題ないのですけども、それでは彼女自身の成長に繋がりませんもの。

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