第77話 教えてくれ、サオシュヤント

 ミクトラント大陸の西方に『焦熱の砂漠』と呼ばれ、恐れられる荒涼とした大地が広がっている。

 一日の寒暖差が三十℃近くあり、年間降水量は大陸平均の十分の一もない。

 生きていくことさえ、過酷と思えるこの世の地獄とも称される地である。

 だがそんな過酷な大地にも人は欲望のままに生きている。

 高くそびえる外壁に守られ、砂塵の中にひっそりと佇む巨大な建造物は人の手によって、こさえられたその最たるものであった。

 とある国が聖戦の名の下に築き上げたこの砦をこう呼ばれていた。

 『欲望に塗れし砦』と。


「何事だ、何が起きたというのだ?」


 エングレービングが施された甲冑を身に纏う指揮官が狼狽えるさまを隠すことすら忘れ、怒鳴り散らかすがそれに答える者はいない。

 皆、それどころではないからだ。

 突如、始まった”何者か”の砲撃により、高く分厚い城壁がたやすく破られ、守備兵に少なからぬ損害が出ている状況だった。

 貴族という身分以外は何の取り柄もない男。

 狼狽し、何の役にも立たない指揮官を気にしている暇などないのだろう。


 やがて、砲撃してきた得体の知れない”何者か”がその姿を露わにした。

 砦に訪れたのは取り返しのつかないほどの恐慌である。

 単眼から不気味な赤い輝きを放ちながら、激しく吹き付ける砂嵐とともに現れたその”何者か”は人ではなかった。

 頭での高さはおよそ十メートルを優に超え、全身は甲冑のような金属で覆われている。

 胴体は流線型で曲線を帯びており、優美さを感じさせるものだ。

 しかし、頭部に生えた角や腕部や脚部にあしらわれた鋭角的な装飾からは武骨で粗野な印象を与える二面性を持っていた。

 ややちぐはぐな外見はまるでツギハギでその身体が構成されているかのようにいびつだ。

 全体は人と同じように二足歩行する生物の姿を取っているが頭部には赤い光を放つ単眼が備わっているだけ。

 不気味な光を放ちながら忙しなく、周囲を窺う単眼は兵士の士気を下げるのに十分な威圧感を与えていた。

 両腕にはボウガンに似た形状の奇妙な武装が装着されており、両足からは蒸気熱のようなものを放射し、地面に接することなく浮いている。


「抵抗はやめろ。貴様は完全に包囲されている」


 砦の兵は奇妙な甲冑のお化けを何重にも包囲し、弓兵や魔法兵がいつでも攻撃に移れる姿勢を取っていた。

 現場の指揮を執る隊長格の兵は警戒を解かないまま、そう警告するが甲冑のお化けは動きを止めず、静かに前進してくる。

 その様は歩いているというよりも滑らかに氷上を滑っているようだ。

 赤い光を放つ単眼が周囲を窺うように左右を見やるが、甲冑のお化けは足取りを止めようとはしない。


「放て!」


 お化けの動きにこれ以上、譲歩する必要がないと判断した隊長の命により、矢と攻撃魔法が雨のように甲冑に降り注いだ。

 辺りを襲う激しい衝撃波と白煙に誰もが破壊された甲冑の姿を想像する中、煙が晴れ、傷一つ付くことなく進んでくる化け物の姿に兵士達の顔に恐れの色が隠せない。

 金属が軋むような耳障りな音とともに甲冑お化けは両腕の武装を構え、ゆっくりと全身を回転させていく。

 数多の光の白刃が放出され、場を支配するのは肉や骨が断ち切られる嫌な音と断末魔の悲鳴が響き渡る阿鼻叫喚の地獄絵図が展開された。

 一方的な大虐殺である。

 それから、十分も経たず、息をするもの一つ存在しなくなり、砦と呼ばれた廃墟のみが残された。


「これが本当に正しいことなのか? 教えてくれ、サオシュヤント。俺はあとどれだけの命を奪えば、いいんだ!」


 砦を破壊しつくした甲冑の中で能面のように表情一つ変えることなく、叫ぶ少年の問いに答える者は誰もいない。

 不思議なことにあれほどの大虐殺が行われたのに瓦礫以外見当たるものはなかった。

 当然あるべき蹂躙された死者の姿もそこにはない。

 残るのは生命あるものを奪ったという罪悪感のみである。


 🦁 🦁 🦁


 失われたレオの魔装を取り戻すという当初の目標が図らずも達成されました。

 ダンジョンを奔走し、レオに色々されたのは無駄になったのかしら?

 でも、とても得難い経験を積むことが出来ましたわ。

 ああいうシチュエーションも悪くないと実地で学べたんですもの。

 無駄にはなってませんわね。


 しかし、もう一つの目標を達成するのに丁度いいクエストが見当たらないのです。

 連日、冒険者ギルドを訪れ、探しているのですけど、未だに見つかりません。

 簡単にこなせる納入クエストや近隣のゴブリン退治などの討伐クエストをオーカスのダイエットを兼ねてやらせていますから、もう少しでパーティーのランクは上がりそうですけど。

 あとはもっと大きなクエストを解決し、一気に上げたいですわ。


「ないですわね」

「ないね」


 魔装のお陰なのかしら?

 あれから、さらに背が伸びたレオはかわいらしい年下の小さな男の子ではなくなりました。

 今もクエストボードを見ていると背後から、抱きすくめられているのです。

 まだ、私よりもちょっとだけ、背が低いのですけど、腕の筋肉や胸板の厚さで感じられるたくましさに胸の鼓動が異常なくらいに早くなります。

 密着していて、腕を回されているから、気付かれたかしら?

 あなたとこうしているだけでドキドキするのが止まらないって。


「Dランクでドラゴンを倒そうと考えるのが無謀なのかしら?」

「リーナの考えは分かるよ。ドラゴン倒したら、一気に上がるとか、思ってるよね?」

「違いますの?」

「違うと思うよ……」


 そうでしたのね。

 少しくらい格が高そうな魔物を討伐すれば、早く上がるものだとばかり、思っていましたわ。

 どうしましょう。

 地道にコツコツとクエストをこなすしか、ないのかしら?


「お嬢さま。何か、もめているようですねぇ」


 ニールとオーカスの手を引いて、傍にやってきたアンはレオに後ろから抱き締められたまま、固まっている私に生温かい目を向けてくれます。

 ええ、分かっていますとも。

 こうしているとこの場ではとても浮いてしまうということくらい、鈍い私にも分かっておりますとも。


「私のことですの?」

「いいえ、違いますよぉ。アレです、アレ」


 アンの視線の先には受付カウンターの前で何かを強く訴える男性の姿があります。

 受付嬢は表情を変えることなく、かぶりを振っていますから、受け付けられなかったということかしら?

 やがて、諦めたのでしょうか。

 男性は項垂れたまま、カウンターを離れるとギルド内にいた冒険者の方々に何か、話しかけているようですがいい反応はいただけていないように見えます。


「アン、あの方をこちらへお願い出来るかしら」

「はい、お嬢さま」


 🐍 🐍 🐍


 それから、アンが件の男性を連れて戻ってくるまで三分はかかったかしら?

 その間もレオにはギュッと後ろから、抱き締められたままですし、両手はニールとオーカスでふさがっているので本当に動けません。

 三人ともとても健やかで快適そうな顔をしてますけど、気のせいかしら?

 氷と闇に特に長けているせいなのか、私は体温が極めて低いのです。

 失礼な方には死体のような手などと言われましたわ。

 大洋の日差しが強く、まだまだ暑い時期が続いてますから、こうして手を繋いだり、接していると丁度、過ごしやすいのね。

 まさかの氷扱いですの!?


「違うよ? 僕がこうしたいから、しているだけ」


 『あなた、心を読みましたのね?』と聞きたいですわね。

 そのような心のうちを他所にふっと耳に息をかけられると反射的にゾクッとくるのはなぜかしら?

 分かっていても耐えられないと思いますの。

 さらに耳朶を甘噛みされて、首筋にちょっと強めの口付けを落とされました。

 どこでそんな大人のテクニックを覚えてきたのか、不思議ですし…刺激が強すぎますわ。

 あの、レオ。

 ここは外ですのよ?

 見られていますの。

 人の目がありますの。

 そういうことは二人だけの時にして欲しいですわ。


「お嬢さま、大丈夫ですかぁ?」

「だ、だ、大丈夫ですわ」


 ドキドキがさらに早くなって、心臓が口から飛びだしそうなくらいに鼓動の高鳴りが止みません。

 息が苦しくなるほどに恥ずかしくて、刺激が強いのです。

 アンが声をかけてくれなかったら、危うく意識が闇の底に沈みかけてましたから、危なかったですわね。

 アンとニールには心配そうな視線を投げかけられ、オーカスには同情とも何とも取れない目で見られると居たたまれない気持ちになってくるのですけど。

 件の困っていた男性にまで生温かい目を送られ、レオにバックハグをされたまま、話を伺うことになりました。

 どうして、こうなったのかしら?

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