第61話 話くらいは聞いてあげますのよ?

 ベッドから起き上がるだけの体力が回復出来た頃には既に日が落ちかけていました。

 窓から見える夕焼けの空はとても、きれいで差し込む茜色の光を浴びたレオの横顔につい見惚れていると『リーナ……きれいだね』って言われて。

 嬉しいのと恥ずかしいのが入り混じって、火が出そうなくらい熱くなっていたから、顔が真っ赤になっていることでしょう。

 夕陽のお陰で気付かれてないといいのですけど。

 気付かれても困りますし、気付かれないのも悲しいですわ。

 ちょっと面倒な性格だと自覚してますけど、簡単に直せるものでもないのよね……。


 夜の帳が下りてきて、闇が辺りを支配する時間になる頃。

 闇に乗じて、屋根伝いに郊外へと向かっているのです。

 屋根から屋根へと軽業師のように軽々と跳んでいくレオとアン、二人の高い身体能力に驚きを隠せません。

 私にはちょっと無理な芸当ですもの。

 え? 私はどうしているのかって?

 アンに背負ってもらって、楽をしているのですわ。

 まず、レオに横抱きに抱えてもらいました。

 お姫様抱っこですから、胸が激しくドキドキしますし、嬉しかったんですのよ?

 でも、思ったより揺れますし、身長差のせいか、走りにくいようなのです。

 残念ながら、諦めざるを得ませんでした。

 だから、アンに代わってもらったのですけど、意外と快適ですわ。


「お嬢さま。辛かったら、すぐに言ってくださいねぇ」


 二人とも気遣ってくれますし、この速さでしたら、目的地に着くのは時間の問題ですわね。

 打ち込まれた楔はまだ、郊外の一点を指し示したまま、動いていませんもの。


 👿 👿 👿


 リジュボーの海岸沿いには美しい砂浜が広がっていました。

 太陽と青空が天にあれば、さぞやきれいな風景が目に入るのでしょう。

 実際、観光名所として、かなり有名な砂浜なのです。

 レオとデートが出来たら、素敵な思い出が残せそうですわね。

 残念ながら、今は宵闇が支配する夜。

 冷たく暗い海と空がどこまでも広がっていますわ。

 そんな海岸にそびえる岩壁に深淵の闇を湛えた洞穴の入口が開いていました。


「楔はここを指し示していますわ」

「まあ、隠れるにはもってこいの場所って感じがするね」


 潮が満ちてきたら、水没するのではないかしら?

 人を寄せ付けない穏やかならぬ雰囲気が漂っています。

 もしかしたら、ここに逃げ込んだ件の魔物の影響ですの?


「あの質問なんですが……ギルドの方にどうやって、犯人を突き出すんですかぁ?」


 え?

 ここにきて、アンからの質問。

 実のところ、全く、考えていませんでした。

 どうするべきなのでしょう?

 あの魔物、最初に現れた時は人の姿に擬態していました。

 命を失った時、魔物の姿のままなのか、それとも人の姿に戻ってしまうのか。

 抵抗され、討ち取った場合、人の姿をした死体を持っていっても信じてもらえない可能性が高いですわね。

 また、無事に捕らえられたとしても少々、面倒そうですけど。


「何とか、なるよ。ね? リーナ」

「え、ええ。何とか、してみますわ」


 まるで仔犬が遊んでもらうことを期待して、一心に見つめてきて、尻尾を力いっぱい振っているような。

 そんな幻が見えそうなくらいに澄んだ瞳で見つめられると何とかせざるを得ませんわ。


 滴り落ちる水滴の音が静けさの中に響き渡ります。

 詩的な情緒を有する方であれば、何らかの詩文でも思いつくのかしら?

 私にそのような才能は微塵もありませんから、洞穴の奥から感じられる楔の気配を探るのみですけど。

 水滴の滴り落ちる音に混じって、女性のすすり泣く声が聞こえてきました。

 一番、奥の方―この洞窟の行き止まりから、聞こえてくるようです。

 何ともおかしな状況ですわ。


 洞穴の最奥で一人の女性が地面に蹲ってすすり泣いていました。

 膝を抱えて、頭をそこに埋めたままの姿はとても痛ましいものです。

 純白のワンピースを身に着けていて、楔が指し示すのもこの女性ですから、やはり昨夜の魔物と見て間違いないのですけれど、様子がおかしいのよね。


 レオは警戒しながら、デュランダルを抜いて、近付いていきます。

 レーヴァティンを抜かなかったのは雷の魔力を帯びたかの剣では下手に振るえば、崩落事故を引き起こしかねないからでしょう。

 レオは頭で考えずに感覚的にこの辺りの判断を出来るのよね。

 持って生まれたセンスとでも言うのかしら?

 アンは私を背負っている以上、下手に近付くことは避けるみたい。


「あなた、この世界の住人ではないのでしょう?」


 レオがこちらを向き、無言で頷いたので呼びかけるべきは私ということで間違いないでしょう。

 一つ、確信があったのです。

 私は元々、不死族ノスフェラトゥという不死の肉体を有する人ではない種でした。

 血は命であり、血を盟約と為す。

 自らの血を使い、特殊な魔法を行使し、他者の血を啜り、自らの力とする。

 そのせいでしょうか。

 現在の史書において、吸血鬼ヴァンパイアの祖などとされていますけど、正確には全く、別の存在なのです。

 吸血鬼ヴァンパイア不死族ノスフェラトゥの劣化複製品とでも言うべき種。

 混血が進み、薄れてしまった血と力を持つモノ。

 それが現在、吸血鬼ヴァンパイアと呼ばれる魔物だからです。

 彼らは欲望のままに人を襲い、血を啜ったが為に魔物と呼ばれる存在にまで身を落としました。

 それは自業自得の所業なのですけど、私の一族までもがそういう扱いを受けているのは未だに納得がいきませんわ。


 そして、私たちの目前にいるこの奇怪な生物です。

 特殊な手段を用いて、脳を啜るという事実から、推測されるのはこの世界ではないで独自の進化を遂げた不死族ノスフェラトゥの亜種ではないかしら?

 それなら、レオの打撃を避けることが出来たのも説明がつくのです。


「話くらいは聞いてあげますのよ?」


 私の紅玉色の瞳が薄っすらと輝きを放ち始めます。

 この方が耐えられるのかどうか、試してみるのも悪くないと思いますの。

 魔眼で見せてもらいましょう。

 その結果いかんによっては手を差し伸べてもよろしくてよ?

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