第57話 何か、気付いたんだっけ?

 夕食の席は静粛な雰囲気に包まれて、粛々と進みました。

 逗留する『かもめの水兵亭』は軍船の料理人という異色の経歴をお持ちのオーナーシェフが経営する宿。

 お料理に自信ありという話は伊達ではないようで本日の夕食は鮮度が自慢の海産物をふんだんに使った豪華なパエリアです。


 それなのにどうして、粛々と進んでいるのかですって?

 夕食は一時間遅れで始まった訳ですけど、それはほぼ私のせいらしく……。

 確かに半分くらいは責任があると思いますのよ。

 気持ち良かったですし、互いに求め続けてしまいましたから。

 でも、レオが離してくれないんですもの。

 部屋と浴場でしていたことを思い出すと顔が火照ってきました。


「美味しい?」

「うん。リーナが食べさせてくれるからね」


 差し出したスプーンに食いついて、もきゅもきゅとパエリアを咀嚼する彼を見ているだけで本当に幸せな気分になれますわ。

 アンとオーカスから、やや突き刺さる視線が向けられますけど、あくまで気にしてない風を装います。

 装っているだけですので心は痛んでますのよ?


「どう美味しい?」

「お菓子の方がいいよ、マーマ。お菓子は?」

「これをちゃんと食べたら、あげるわ。だから、ちゃんと食べましょうね。よろしくって?」

「はーい!」


 ニールにもスプーンでパエリアを食べさせます。

 甘い物ではないですから、あまり乗り気ではないみたい。

 甘い物をご褒美としてちらつかせ、何とか普通の食事を食べさせるしか、ないのですわ。


「それでさ、リーナ。何か、気付いたんだっけ?」

「ええ。男性であるのと脳が喪失したことによる死亡のみが共通点。年代、容姿や職業には類似点が見られないとされてますわね。これは知っているでしょう?」


 食事を口に運びながら、無言で頷いてますから、是と判断してよろしいでしょう。

 話を進めても大丈夫ですわね。


「しかし、捜査にあたった方が優秀な調査力を持っていらしたようですの。被害者は皆、死体となる前日、友人にという話をしていたのですわ」

「幸福か。それで死ぬって、変な話だね」


 首を捻るレオの表情から察することが出来ますわ。

 幸福なので死んでしまうのなら、私達は何度、死んでいるのでしょう?


「幸福で自殺も変だし、自分の脳を消す自殺なんて無理じゃないかな? 他にも共通点ないかな? 何か、おかしいんだよね」

「お嬢さま。ズバリ! 犯人は女性ってことですかねぇ?」

「へえ、そうなんだ?」


 あら?

 二人とも全ての情報を開示していないのに鋭いわ。

 アンはほぼ、正解ですわね。

 被害者たちに共通しているのは単に男性なだけではないのです。

 正確にはパートナーがいない男性。

 それも美しいパートナーが出来た周囲に仄めかした翌日、命を失っているんですのよ?

 そのような偶然が続きすぎるとそれは偶然ではありませんもの。

 明らかに不自然ですわ。


「そうですわね。被害者は皆、脳が失われた状態で発見されています。でも、それだけではありませんの。彼らの死に顔はとても安らかで『まるで笑っているかのように見えた』とどの調書にも書いてありましたのよ?」

「じゃあ、幸福を感じながら、笑顔で死んだってこと?確かに変だね」

「えっと……それだけではありませんのよ。その……被害者の……あの……あそこがアレな状態のまま死んでますの」


 戦場で雄々しく死んだ戦士の死体がそういう状態になっているという説話が載った本がありました。

 信じられないことですが脳が喪失しているという不思議な現象が起きている以上、何があってもおかしくはありません。

 ただ、ここは戦場でもなければ、彼らは戦士でもないのです。

 『愛を求める戦士だった』なんて、悪い冗談ですわ。


 あくまで平和な街中で起きた事件。

 しかも調書には死体の検分を行った医師によって、犠牲者が大量の精を吐き出してから、亡くなっているのが分かっています。

 どうやら精を作り出す器官の中身がほぼ失われていたようで…これも不思議な現象ですわね。


 つまり、犠牲者はになった瞬間、命を奪われているのかしら!?


「そうなると犯人は女の人。いや、女の人の姿をしたモノってことかな」

「そういう魔物って可能性もありますねぇ」


 女性の姿に化け魔法を使うという手もありますし、アンが推理するように人間の女性に酷似した魔物も少なくはありません。

 女性というだけでは犯人を特定出来ないのです。

 これでは犯人を追っても埒が明かないでしょう。

 その間に新たな犠牲者が出ないとも限りませんし。

 ですから、犯人が狙っている人を追うべきではないかしら?


「犯人の特定は出来ませんのよ? 何しろ、容疑者一人すら、挙げられていないんですもの」

「そうなんだ?」

「捜査、ダメダメじゃないですかぁ」


 それが普通の反応ですわね。

 犯人の足取りを追えず、全く進まない捜査状況に各新聞紙に出所が不明の怪情報が掲載される状況ですから、民衆の心理はかなり不安なものでしょう。


「ですが、次に狙われる可能性が高い方を探すことは出来ますのよ?」

「そっか! 一週間に一人くらいのペースで殺されてるんだっけ」


 レオが真面目に考えている顔がかっこよくて、つい見惚れてしまいましたわ。

 顔に締まりがなくなっていたら、どうしましょう。

 百年の恋が冷めるなんて話もありますもの。

 そうですわ。

 まずは落ち着きましょう、私。


「今週はまだ、被害者が出ていないのですわ。これは大きなチャンスだと思いますの。しかも次に犠牲になるかもしれない殿方は既に特定されているのです」

「え? それはまずいよ。早く保護しないと!」


 そう言うとレオは慌てて立ち上がり、その表情にも焦りと不安の色が隠せないようです。

 大丈夫ですわね。

 だらしのない表情になっていたのがバレていないようですわ。


「レオ、そう慌てる必要はありませんのよ? だって……その方がいるのはココですもの」

「「え!?」」


 私の言葉にレオとアンの目は点のようになり、動きが固まりました。

 それも当然の反応と言えるでしょう。

 まさか、逗留している『かもめの水兵亭』のオーナー・イシドロさまが犠牲者候補だなんて。

 単なる偶然なのかしら?

 それとも必然ですの?


「リーナのだらしない顔もかわいいから、もっとして欲しいな」

「な、な、なんの話ですの!?」


 夕食の宴も終わり、部屋に戻る際、レオにそっと耳打ちされて、頭から湯気が出そうなくらい恥ずかしいのですけど!

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