第5話 凶暴なゴブリンの正体

 不可視状態を解いたニールが降りてくるといつものように右肩に乗りました。

 この子にとってはこの位置にいる方が落ち着くらしいのですが肩が凝る原因のような気がしないでもありません。


「偵察してみて、どうでしたの?」

「臭-いよ。あいつと同じ臭ーい」

「そう……やはりゴブリンではないということね」


 先を歩いている二人に合流し、村を襲っているとされているゴブリンの集落を確認しに森へと入ることにします。

 そのようなもの、存在しないのでしょうけどね。


「お嬢さまも殿下もどうしてこんな面倒な手順取るんですか?」


 アンが本当に不思議そうな顔をして、聞いてくる姿は本当に愛らしいのでもっと、その顔を見たいのですけれど、そうするとアンに意地悪をしなくてはいけません。

 でも、アンに意地悪をしたくないので困った顔が見られません。

 どうすれば、いいのでしょう?


「面倒かしら? とても楽しいじゃない。冒険者は苦労をして依頼を成し遂げるものではなくって?多 くの冒険譚でそのように描かれているのですから、そうしなくては楽しめないでしょう? もっと楽しみましょう」

「僕もリーナと同じ考えだね。あの場で村長を問い詰めて、解決するのは簡単だったよ。でも、それだとあの村での問題が解決するだけなんだ。『ゴブリンはどこ行った?』って話になっちゃうからね」

「な、なるほど……よく分からないや」

「よーく分かんーない」


 アンは分かった振りをして、実は分かっていません。

 小声で「分からない」と呟いたのが聞こえたもの。


「分からなくてもいいの。これから会うゴブリンがいいゴブリンさんなのか、悪いゴブリンさんなのか、それだけを考えれば、いいのですわ」




 森へと侵入してから、僅か十分足らずでしょうか。

 そこにあったのは村を襲っているとされたゴブリンの集落ではなく、粗末な丸太小屋でした。

 色々と尾鰭が付いて「我々は密林の奥に凶悪なゴブリンを遂に発見したのだ!」なんて見出しで新聞に載る事件の真相ですもの。

 やはり、自分の目で確かめるのが一番いいということだわ。


「小屋ですわね」

「うん、ゴブリンらしくない小屋だね。RPGだと普通は洞窟なんだけどなー」

「ですよねぇ。ゴブリンは洞窟で緑色した序盤のテンプレですよねぇ」

「二人とも……それは異世界基準。それも日本でのお話でしょう? ここはアースガルドなの。どういうゴブリンなのか、自分の目で確かめてからにするべきですわ」


 私達があまりに外で騒ぎ過ぎたせいでしょうか。


「オ、オラはどうなってもかまわねえ。嫁と息子はどうか、見逃してくだせえ」


 当の本人のゴブリンさんが痺れを切らして、出てきてしまったようです。

 その姿はやや小柄ではあるもののよく引き締まった筋肉で全身を覆った若い男性です。

 あらあら、やはり睨んだ通り、あの村の自作自演よね。

 緑色の肌? いいえ。

 魔物のゴブリン? いいえ。

 どちらも該当しませんもの。

 この人はゴブリンでも魔物でもない咎無き人ではないかしら?


「そんなことしないって! おじさんはこの小屋の人ですか?」


 レオが相手に警戒させないように出来るだけ、笑顔で話しかけます。


「あなた、もしかして……森の番人ですの?」


 森の浅部にある丸太小屋であり、ニールの偵察でという情報から、導き出されたのはこの男性が番人であるという推理です。


「んだ。オラ、確かにこの森の番人だ。おめえたちは何者だ?」

「僕らは冒険者ギルドでゴブリン退治の依頼を受けてやった来たんだ、って言ったら、分かる?」


 警戒心と怯えの抜けきらない表情で自称森の番人は訝し気に私達を睨んでいましたが、レオの言葉を耳にしするとその顔色が見る間に青ざめていきました。

 土気色になってしまった顔色を見ると気の毒なほどです。

 しかし、おかしいですわね。

 森の番人とは一般的にエルフを指す言葉なのです。

 この男性の姿はエルフというよりもドワーフに近い気がするのですけども。


「あなたを罰しようというのではないの。あなたをに用があるだけですわ」


 彼は観念したのか、私達を小屋の中へと招き入れました。




 小屋に入ると怯えた様子の三歳くらいの小さな男の子とその子をかばうように立ち、私達を射竦めるように睨んでくる若い女性がいました。

 この二人が自称番人さんの妻子でしょう。

 女性は女性というよりもまだ、少女に近い年齢のようにしか見えません。

 若く見えるというのではなく、私やアンと同じ年代ではないかしら?

 どことなく品がある顔立ちをしていますし、何か、深い理由がある……そんな気がして、なりませんでした。

 女性は男の子に優しく、奥の部屋に行っているよう促し、その背中を見送ると自称番人さんの隣の席に座りました。


「オラはリックソンって言いますだ」

「私はカミラと申します」


 お互いを信頼しきった表情で見つめ合ってから、挨拶をする二人の姿は何だか、理想的な夫婦のようで私は無意識のうちに憧憬の眼差しで二人を見つめていました。

 愛し合う夫婦とはかくあるべきもの。

 私もレオとあのようになれるのかしら?とふと隣を見ると私を見つめているレオがいて。

 レオと見つめ合っているだけで顔が熱くなってきて、困ってしまいます。


「えっと、僕はレオ。レオナールです」


 さっきまであんなに熱のこもった視線で私を見つめていたのにもう真顔で自己紹介をしているレオの意外な器用さにただ感心するのみですわ。

 今世のレオは六歳までしか、こちらで教育を受けていませんのに!

 ですが私とて、過去にうんざりするほど礼法や王妃教育なるものを仕込まれているのです。

 たかだか、名前を名乗るだけですわ。

 それくらい、何事もなかったかのように表情を変えず、感情を動かさず、出来るはずだわ。


「わ、私はリリスと申しましゅ」


 噛んだ……盛大に噛んでしまいましたわ。

 しかも場に居る全員に「あらあら、かわいい」みたいな反応をされると余計にプライドが傷つくのですけども。

 これでも公爵令嬢なのですけどおかしいですわ。


「カミラ様はそっちのお嬢さんとあちらに行っといてくだせえ。オラはこの坊ちゃんと大事な話するだで」

「ごめんね、リーナ。ちょっとだけ、我慢してね」


 レオはそう言うと私にだけ分かるようにウインクをして。

 あら? おかしいのだわ。

 本当、これではどちらが年上でリードをしているのか、分からないのではなくって。

 私のレオ甘やかせ計画は頓挫してません?


「それではどこから、お話したらよろしいでしょうか」


 カミラ様に案内され、別の一室へと場所を移します。

 相当な覚悟をされたのでしょう。

 カミラ様は瞳に炎を宿しながら、彼らの身に起きた今回のあらましをゆっくりと話し始めるのでした。

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