第1章 商業都市バノジェ

第1話 旅立ち

 こんなにも早く、アルフィンを旅立つことになろうとは思っていませんでした。


 ここは私とレオが出会ったとても思い出深い地です。

 の私達にとっても因縁のある地なのですから。


 後ろ髪を引かれる思いで旅支度を終え、アルフィンを発つことに決めたのですけれど、見送る者は誰一人としていません。

 それでいいのです。

 送別式のような式典を開けば、人目を惹いてしまいますし、不審に思われますものね。

 恐らく、探りを入れられる可能性が高いでしょう。


 誰に疑いをかけているのかと不思議に思われることでしょう。

 簡単な話です。

 獅子身中の虫と申しますでしょう?

 味方であるはずのレムリア帝国内部に敵がいると私は考えています。

 同じような考えを持つ者がレムリアにいる可能性を考慮に入れ、次の手を考えないといけません。


 だから、表向きアルフィンにはリリアーナという領主代行がことになっています。

 正体はアイリス、私の双子の妹です。

 私はちょっと吊り目気味のせいか、きつい性格に見られる顔立ちに白金色の髪と紅玉色の瞳―かつて氷の魔女と呼ばれた頃に瓜二つの姿をしています。

 アイリスは顔立ちは私に良く似ているのですけどやや垂れ目気味なのと髪が薄い金色である点、瞳が碧玉色な点が異なります。

 声も私の方がややハスキーでアイリスはややソプラノと違うのですけど、まずバレる心配はないでしょう。

 それに彼女の光適性は私よりも高いですから、結界の維持にも向いているのです。

 エルも側にいるので安心して任せられますし、お祖父さまと爺や、それに信頼出来る友人がいますから、特に憂うこともないのです。


 むしろ、私がいることでアルフィンに悪い影響が出る可能性を考えると旅に出る方がよいのではとさえ、思っています。

 それは私とレオの有する権能のせい。

 レオは暴食の権能持ちで防御しようとして、自動的に発動してしまうタイプです。

 つまりは気を付けていれば、発動させなくても済むとも言えます。

 私は怠惰の権能持ち。

 性質たちの悪いことに私のも勝手に発動するのですけど、攻撃的で周囲に影響を及ぼしてしまうから、問題なのです。

 いるだけで周囲の人々が徐々に堕落していきますのよ?

 アルフィンでこれが発動していると迷惑極まりないと思うのです。

 冥界ではその発動が主に自分に返ってきたので恐ろしく気力の無い三千年を過ごしていた訳ですけどね。

 しかし、私達の権能は互いに作用することで怠惰が暴食を発動しないように抑え、暴食が怠惰を発動しないように抑える、というようにね。


「リーナ、その服で本当にいいのかな?」

「ええ、このドレス、わざわざ発注しましたの。似合っているかしら?」


 髪は両サイドでまとめてもらって、垂らしています。

 髪留めではなく、リボンで飾って、いわゆるツインテール?

 そのような名前の髪型だったと思います。

 前世が日本人だったとはいえ、お洒落に無縁のままだったからか、その辺りの知識が疎いのです。

 アンがこの髪型は受けがいいはずです!とえらく推してきましたから、されるがままにセットしてもらったんですけども。 


 ドレスは新進気鋭のベラ様に全てを任せたゴシック・ドレス。

 露出してしまう腕を覆って、隠してくれるケープ・マントはボルドー色をしていて、色々な付与魔法が掛かかっています。

 

 あとはこのドレス、少々スカート部分が短いのが気になるところですけど、そこはオーバーニーソックスで誤魔化せばいいと半ば、無理矢理に押し付けられました。

 そんな姿でレオの前でくるくると回って、ドレスの裾が翻っているのを見せると彼の頬がちょっぴり赤くなっています。

 その姿がかわいいので見ている私も幸せになれます。

 問題は見せている私自身も火照ってくることかしら?


「それ、ゴスロリだよね。似合ってるけど」

「けど……どうかしましたの?」

「他の人に見られたくないかな。その姿がかわいいから」

「か、か、かわいい?」


 私がかわいいとか、言っちゃうレオがかわいいんですけれど。

 顔から火が出るなんて、嘘だと思っていましたけど、まんざら嘘ではないかもしれません。

 今、すごく熱いんですもの。

 どうしたら、いいのでしょう?

 頭を撫でてもいいかしら、駄目と言っても撫でたい欲求が…。

 あの頭をわしゃわしゃって、したいの…わしゃわしゃしたら、とても…そうとても気持ちがいいの、うふふふっ。

 無意識にレオの頭をわしゃわしゃして、その感触を楽しんでいました。

 暴走するのも大概にしないといけませんね。


「ママ―、もう行くー?」


 パタパタと小さな翼を羽ばたかせ飛んできたニールが私の右肩にちょこんと乗っかりました。

 そのお陰でわしゃわしゃをやめられず、危ない人になりかけていた私は現実に戻ってこれたのです。

 危ないところでしたわ。

 レオに変な女認定されるのは避けたいですもの。


 ニール――ニーズヘッグは本来の巨大なブラックドラゴンの姿では目立って仕方がないので抱くのに丁度いいくらいの大きさの蜥蜴のような姿に変身させています。

 とてもかわいい姿だと思うのですけれど、アルフィンの女性陣には不評でしたし、娘のヘルにも白い目で見られました。

 こんなにもかわいいのになぜでしょうね。

 ただ、この小さな姿でも小さな村くらいでしたら、秒で滅ぼせるのですけど、それは駄目と教えてあるので多分、平気でしょう。

 多分ですから、ニールの虫の居所が悪いとどうなるのか、分からないのよね。


 というのもニールは人間だったら、まだまだ幼児と言ってもおかしくない竜の幼子なので抑えが利かないことだって、ないとは言えないのです。

 なるべく私が止めはするけれどそうなったということは原因があるということを分かっているのかしら?

 歴史書で滅ぼされた町の記述を見る限り、そうとしか思えません。


「お嬢さま、準備整いましたね。えっと馬車の旅ですか?それとも魔法ですか?」


 サンドイッチが詰まったバスケットを両手で抱えたアンが遅れてやって来たところで今回の旅のメンバーが全員、揃いました。

 アンも今日はいつもの黒いメイド服ではありません。

 若い貴族の婚前お忍び旅行という設定で旅をするのでしたら、メイド服でも構わないのですけど、その設定は無理があると私でも分かりますもの。

 そこでアンには彼女の白い肌と黒い髪がよりきれいに見えるようネイビーブルーのカットソーにラベンダー色のミニスカートを着てもらいました。

 絶対にかわいいと思ったコーディネートだったのですけれど何かが違う気がします。

 アンのスタイルが良すぎるせい?

 一部が成長しすぎなのよ。

 どうして、アイリスといい、エルといい、私の周りばかり成長しているのか。

 私の分を吸収した?それとも私が何か、悪いことをしたのかしら?


「それではバノジェへ参りましょう」


 私は以前、バノジェへ赴いた際に覚えておいた場所を転移先として、門を開くのでした。

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