第3話 僕がいるから
今日は集会の日だった。お母さんは化粧をして、聖書を持って会館へ向かう。その間僕は、留守番。去年までは僕も行っていたけれど、今は違う。
暫くするとチャイムが鳴り、僕が出る。「姉妹」の人達だった。
「おはようございます。お久しぶりですね」
正直、「姉妹」の人達は苦手だったが、精一杯の笑顔で応対した。しかし、「姉妹」の人達は何も返さず、嫌悪の色だけを見せる。
そうして
「アキさん、来たわよぉ。一緒に集会行きましょう」
と奥のお母さんに向けて話す。去年までは親しく話せていた「姉妹」の人も、僕が「排斥者」になってからはこういう具合が続いている。
暫くするとお母さんが玄関にやってきた。白い顔で口を紅く染めている。それはまるで違う人間のようで、どこか僕に冷たい印象を与える。
「じゃあ、いってくるね」
お母さんは柔らかくそう言って、「姉妹」と一緒に玄関を出た。頬のキスはない。僕はそれを遠く眺めるように、笑みだけは崩さず手を振った。
「姉妹」の人達の声は、思ったよりも大きくて、玄関の先からも声が漏れていた。
「ちゃんと躾をしているの?」
「あの子、笑ってたわよ」
「自分の罪をわからせないと」
「楽園は、無理そうね」
僕は耳をそっと塞ぐ。それでも声は反響して、心の空に黒いシミを溢す。それが段々と広がって、僕の意識が徐々に浮遊した。もう慣れた感覚だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夜、お母さんは集会から帰ってきた。いつもより遅い帰りだ。僕が声をかけても返事はなく、暫く部屋に籠っていた。
十分もしないうちに、お母さんはリビングに戻ってきた。手には四十センチ程の鞭を持っていて、「そこに座りなさい」と僕に言う。
僕は全てを悟った。「躾」が始まるのだ。
お母さんの宗教には、「躾」という教えがあった。言うことを聞かない子や、悪い子の尻を親が鞭で叩くのだ。しかし、これまで僕は「躾」を受けたことがない。それは多分、お母さんの優しさによるものなんだと思う。
僕は素直に言うことを聞いた。ズボンを下ろし、尻をお母さんに向ける。そして一通りの謝罪と鞭打ちの懇願を済ませる。
「申し訳ありません。反省しています。その証に僕を鞭で打ってください。お願いします」
そうしてお母さんは、僕の尻を鞭で数発打つ。鞭は僕の肌に跳ねて、その度に痛みが全身を巡った。その度に頭に痺れが走る。
五発目辺りから痛みも痺れも感じなくなった。その代わりあの優しいお母さんに「躾」をさせる痛さが心を抉る。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
僕は精一杯叫んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「躾」が終わると、お母さんは膝から崩れ落ちて、僕に一つ訊いた。
「何が悪いか、わかる?」
「躾」の最後の儀礼だった。お母さんの目には涙が溜まっていて、声が少し震えている。その表情が僕の心をさらに締め付けた。
何て答えればいいんだろう。僕は言い淀んだ。それは僕が敢えて避けていた問いなのかもしれない。僕が今まで見ようとしなかったことなのかもしれない。
僕は考える。僕の何が悪いんだろう。僕の罪は何だろう。どうして僕は殴られて、無視をされるんだろう。どうして僕はお母さんにこんな顔をさせるのだろう。どうして僕は、僕は、僕は———
突如、天啓のように頭に考えがよぎり、それを処理する前に自然と口が動いた。
「僕が、いるから」
すると、お母さんの目から涙が溢れ、僕を抱きしめた。お母さんは耳元で「ごめんね」と何度も繰り返す。僕は口をついた言葉に茫然としながら、どこかその言葉に納得していた。
僕が、いるから。「サタン」がいる僕という器自体が、罪なのかもしれない。僕から「サタン」は、多分、追い出せない。僕と「サタン」は同じ器。だとしたら———
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