戦争が好きな奴は嫌い part4

こちらの空気は暗い。お通夜よりも暗い。中には苦虫を噛み潰したような表情で兄上を睨んでいる者までいる。


騎士団のトップの一人である姉上。その姉上と仲が悪い兄上。その兄上が騎士団の尻拭いをしているようなものだからね。騎士団の面子的に嬉しい事態では無いのだろう。


一方で大将戦ということもあり、蛮族はギャアギャア盛り上がっている。


こういうしがらみ無く騒げるのが蛮族の良い所よね。真似したくないけど。


「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」


そして周囲の歓声とともに出てきたのは、いかにもって感じの大男だ。熊のような毛皮を頭から被り、こん棒をぶんぶん振り回している。


「おのれ卑劣な王国民め!我らの守護霊を無下に扱うその横暴、血をもって償え!!」


「横暴??」


「蛮族は五属性以外の魔術を行使することを禁じているのです。五属性を司る五柱の精霊を軽んじる行為に当たるらしいですよ。」


蛮族からすれば兄上は守護霊をコケにした糞野郎だ。

兄上は毅然とした態度で、それがまた蛮族達には受けているようだ。分かりやすいキャラの対比だからね。盛り上がるのだ。


そんな兄上とは真逆に暑苦しく雄たけびをあげる男は、兄上を指さし宣言する。


「我の名を懸けて、お前を八つ裂きにしてやる!」


「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」


男に呼応するかのように激しく鳴る楽器と、大地に轟く怒号。ビリビリと大気が震え、サーシャ様の耳がピンと立つ。


「大丈夫ですか?」


「あ‥、うん。でもちょっとびっくりしちゃって。」


「蛮族はああ言っていますが、実はそこまで怒っていませんよ。祭りを盛り上げるために言っているだけですね。」


「そうなの?」


驚いた顔で私を見るサーシャ様。


「ええ。他者からの干渉を退ける代わりに、価値観を他に強要しないのが蛮族ですから。」


どんちゃん騒ぎ大好き族の彼等の本質はエンターテイナーだからね。


今も族長自らが大仰な仕草で場を盛り上げている。


「我は宣言する!!我が鍛えし母なる大地の御業!!!その力のみで彼奴を小細工諸共捻じ伏せてみせると!!!」


「「「おお!!!」」」


「瞬殺だ!!我は奴を瞬殺してみせよう!!!」


「「瞬殺!」」「「瞬殺!」」「「瞬殺!」」「「瞬殺!」」


ビッグマウス、とも言い切れないだけの力が彼にはあるのだろうね。周囲も面白がってはいるが、冗談だと思っている様子はなさそうだ。


「「瞬殺!」」「「瞬殺!」」「「瞬殺!」」「「瞬殺!」」


しかし兄上だってプライド高き人なわけで。蛮族の野次を聞きながら、キザな仕草を挟みながら口を開く。


「では私も宣言しよう。」


「なに?」


ぎろりと兄上を見る族長に対し、兄上は歯牙にもかけない態度。


「この一戦、私は五属性しか使わない。」


「「「おお~~!!!!」」


「そして喜べ、使う属性はお前と同じ。土属性だ。」


「「「「おおおおおおお!!!!!!!」」」


先ほどのおちょくる様な小細工から一転、手札をばらした上で正々堂々の一騎打ち。

兄上と蛮族長の強気な宣言に周囲の観客は興奮したように騒ぎ出す。


複雑系という体系魔術を主流とするこのご時世では珍しいことに。兄上が使う魔術は古臭い土属性。その中の鉱族操作を用いる。


操作する鉱族の名前は聖銀。これは、魔力親和性が高いお陰で緻密な操作に向いている。尖らせて敵にぶつけたりね。


それにしても何というか‥‥。


「目立ちたがり屋ですね。兄上も蛮族も。」


「…大丈夫なのかな?見る限り、あの蛮族の方が魔力量も多いと思います。」


「それに技術もあちらの方が上でしょうね。」


何せ蛮族だからね。エブリデイ決闘の民族に戦闘魔術の技術で勝てるわけがない。


「じゃあ?」


「同じ五属性魔術を使えば、十中八九兄上の主導権は強奪されますね。」


「ええ!?」


サーシャ様の驚いた声を聞きながら、私は二人を見る。


既に二人は決闘に集中しており、魔力を練っている。


「GONG!!!」


鐘が鳴ると同時に魔術を構築する両者。


蛮族は龍の如き土石を。兄上は銀色の刃を。それぞれが最強の魔術を自身の周囲に漂わせている。


双方睨み合う状況下で、蛮族の長が口を開く。


「ははははは!!!我が土は全てを呑み込む!!主導権事な!!」


「ほう?主導権の干渉効果もある魔術か、珍しいものだな。」


「は、余裕の表情でいられるのも今のうちだ!!生半可な実力では即座に主導権を奪い!拮抗した実力であろうと、蝕み我が龍の糧となる!!」


持久戦も考慮した一撃とは、中々考えられているよね。


「お前のような貧弱な刃では太刀打ちできぬぞ!今の内に降参するか?」


「ふ。」


兄上がクソムカつく鼻笑いを披露。これには蛮族も激昂…してない!?訝し気に兄上を見ているぞ!?意外にも冷静だなコイツ!?


「何が可笑しい…?」


「なに、負け犬に相応しい言葉だなと思うてな。」


「お前!!後悔するなよ!!!」


兄上がまた燃料を投下し、流石に蛮族の長も怒り…のパフォーマンスだなあれ。クールな単細胞だね族長は。



「こちらの台詞だな。」


兄上も分かっているのか、わざとらしい台詞ばかり。徹底的に場を盛り上げるのに徹している。


‥‥阿呆らし。


サーシャ様も私を見て口を開く。


「何であの二人は、互いに息を合わせて魔術を撃とうとしているんですか?」


「馬鹿だからですかね。男の子はそういうところがありますので注意しておいてください。」


「そうなんだ、分かった…きゃ。」



私がサーシャ様に吹き込んでいる瞬間、両者同じタイミングで発動される魔術。


族長は誇るだけあって、凄い魔力量。感知した以上の量を内包している。魔力の擬少などという高等テクを使うとは、案外器用だね。


私と同じように騙された兄上は慌てて刃を集めて槍に変えている。一点突破を狙うつもりかな?


「はははは!やはりか!集中させればこの波を防げると思ったか!!」


「‥‥。」


兄上は無言。口を開く余裕が無いともいう。

それを分かっているのか、族長は余裕満々に叫んでいる。


「言ったであろう!!この魔術の真髄は主導権の侵蝕!神懸かり的な上書きの速度だ!」


「‥‥。」


轟音と共に、土砂が陣を呑み込む。兄上が立っていたであろう場所は人が埋もれるほどの土が積もり、もうもうと砂ぼこりが舞っている。


「一点突破!そう思うのも無理はない!皆そう思う!そして散っていった!」


想像以上の威力と、想像以上の侵蝕速度。この二つのせいで、相手はまともに実力を発揮できない。


タネが分かっていても、後者は防ぎようがないと。


存外嫌らしいなコイツ。


「はははは!!!防ぎようのない我が攻撃に為すすべも無かったようだな!!」



「いや、お前の後ろにいるだろう。」



「ははははははは‥‥は?」


口をポカンと開ける族長。



後ろを見れば、銀球が。その中から兄上が這い出し、壁面から刃を発射する。


「く!?くそ…!!!!」


後手に回った族長と、一定の距離を保ちながら次々と発射される銀の凶器。

慌てて主導権を上書きしようと藻搔く族長だが…。


「何故!?何故呑み込めない!?」


予想外の事態に手も足も出ていない様。


「‥‥確かに、通常の人間ならその驚異的な魔術に主導権を乗っ取られていただろう。」


兄上は呟きながら、銀刃を持って族長に斬りかかる。


「だが、残念な事に私はそこらの有象無象とは違うのだよ。」


慌てて避けた族長に待ち構えているのは、無数の待機刃。


「私の勝ちだ。」


そして数秒後。全身を刃で串刺しにされた族長は負けた。あれで死なないの凄いよね。兄上も『え、マジで?』て顔しているもん。


「…フォー様。」


「ええ、今説明しますよ。」


兄上が扱う鉱族名は、聖銀。硬く、重く、そした魔力親和性が高い。


加えて、この聖銀という金属は『他波長不感作』という特性を持つ。



『他波長不感作』とは、ある魔力で長時間馴染ませると他の魔力から干渉を受けつけないという特徴のこと。つまり、兄上の魔力波長に晒された聖銀は、他者の波長が異なる魔力による影響を受けない。




つまり、先ほどA君とBちゃんの例で示した既存物の主導権の強奪を受けず十全に力を発揮できる。



「攻防一体の土石流だったけど、それは主導権を強奪するからこそ発揮される防御力。それが通用しない兄上の銀槍の前では無力だったと言う事ですね。」



「す、すごい。」


「凄いのは兄上ではなく聖銀ですけどね。」


「あ、ははは。」


いいことづくめの聖銀だが、高価だし不安定だしで、デメリットもそれなりにある。

が、まぁ。兄上のような術者からすればこの通りというわけだ。


「しかし今回褒めるべきは兄上の魔術の腕では無く、戦略です。蛮族という情報丸見えの相手に対して、対策をしっかり練った。それが効いたという話ですね。」



結局の所、こういうところなのだ。騎士団はきちんと蛮族を調べて、彼等の扱う魔術とその特徴を理解していれば良かった。それをすれば勝てるだけのポテンシャルが彼等にはあった筈なのだ。


けれど何も考えず、何も調べずに戦って。だから負けた。逆に考えて調べて。手の内を隠し続けた兄上は勝った。族長とかいうテクニシャンにも僅差で勝利した。


騎士団は決して小さくない借りを兄上に作ってしまったのだ。


「あ、酒盛り始めましたよ。」


「蛮族は決闘後に敬意を払って酒盛りをする慣習があるだとか。」


生温い戦争規則の恩恵だね。戦争が終わっても両者ほのぼのしている。


「あ、ワーン様が。。。」


「兄上は下戸なのに。可哀そう。」


明日は二日酔いに苦しむ第一王子が見れそうだ。


さて、と。これで兄上の仕事は山場を越えた。後は兄上が族長と話をして戦交渉の詰めに入るだけ、と。


「それじゃあシェード、行くわよ。」


「はい、フォー様。」


ここからが私の仕事。


兄上やサーシャ様を毒殺せんと企む輩がいないかどうかの監視、ないしは戦交渉を決裂させんと謀る輩の阻止。



「まったく。どうして王子がこんなことしているのよ…。こういうのは下っ端の仕事でしょ。」


「差し支えなければ、その返答を口にしますが?」


「…やめてよシェード。頭が痛くなる。」


それを任せられるだけの人材がいないなんて、口に出したくも無いわ。

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