スリーと影長の素敵な出会い

スリーは自分を至極普通の人間だと思っている。


彼は普通の王族らしく生きた。普通の職務に励み、普通に毎日を過ごし、普通の将来を迎えるのだと信じていた。自分は王族にしては平均より少し低いぐらいのデキ。その代わり、魔道具への理解は深い。


全てが平均より高い兄ワーンや、自分の気が向いたことにしか力を発揮しない姉ツー。二人がいる限り、自分は王座に座る機会はないし、座る必要もないと思っていた。



だからと言っては変だが、至極普通の人生を歩むのだと思っていた。


普通に生きて、普通の仕事を行って、普通の老いて、普通に死ぬ。そんな人生になるのだと確信していた。


そしてだからこそ、と言うべきか。彼は自分の『普通』が歪んでいることに普通に気付かなかった。



「君、だれだい?」


自分の部屋に戻ったスリーは開口一番、扉に向かって言い放った。そこには誰もいない。けれど彼は知っていた。視えないだけで、確かにそこにいると。


「驚いたな。。。。。」


案の定、そこには人がいた。彼の声に反応して、今まで何も空間からパッと現れた。その顔には、隠しきれない驚愕の表情。


ただスリーの普通の予想の反して、侵入者の背丈は10歳ほどの幼い子供だった。そのことに内心驚いていた彼だが、一番驚愕していたのはやはり侵入者である影長であった。


そんな若い外見の男はスリーに問いかける。


「…まさか影長の隠密が見えるとは。どうして分かった?」


「うーん?見張ってるだろうなーと思って、だから部屋中に粘着液を張り付けたの。」


あっさりと頭おかしい発言をするスリー。影長が目を凝らしてみれば確かに、壁や天井、床が液体で覆われている。自分の部屋をそんなこと悲惨な状況にするスリーに影長は戸惑いを隠せない。


「それで、どこに隠れているんかなと思って。粘着液を見ると、どこも踏んでいない感じだし、じゃあ空中かなて。でもって窓から部屋の半分までは、『吹く吹く蛙』があるからこっちかなて。」


「『吹く吹く蛙』?この窓の隅にある可愛らしい蛙のことか?」


窓から部屋の半分まで、一列にならんでいる蛙の陶器を指さして影長は尋ねる。スリーは肯定の意を込めて頷く。



「そうだよ。それね、最近作ったんだけど酸弾を撃っているんだ。掠ったら肌が爛れる。薄い鉄板を貫く威力があるから、酸に反応しない服装でも痛い筈さ。」


確かに蛙をよく見たら、ひゅんひゅん言っている。部屋の端にあるもう一方の蛙が、その発射された酸弾を回収しているから部屋は大惨事になっていないよう。それなら安心安全設計…とはならない。自分の部屋の半分が殺傷ゾーンだなんて冗談じゃない。


(いかれてやがるぜ・・・。)


有効な手立てであると認めざるを得ない。と同時に、影長は抑えきれない嫌悪感を抱いている自分に驚いた。


そんな影長の気持ちは露知らず、スリーは話を続ける。


「…それで、当たったら何かしらの反応がある筈でしょ?痛いだの、皮膚が焼ける音だの。なのにしなかった。だから扉周辺にいると思ったんだ。俺が入る時に扉に入ったのかな?」



当たりである。影長はスリーと一緒に入った。無論、凡人には見えないように気配を消し、迷彩模様の服を着てからだ。


「…その言い草だと、私の気配に気付いていなかったのか?」


「気配を読めるのは達人だけだよ。俺みたいな凡人じゃあ、無理無理。」


部屋に酸弾を撃つ魔道具を設置する凡人なんていねーよ、というツッコミを耐える影長。彼は測りかねていた。


スリー言う通り、スリー自身にぱっとした才能があるように思えない。前情報でも、今見た彼の所作を見てもそうだ。彼は凡人だ。そうである筈だ。なのに、今まで誰にも気づかれたことがない隠密に気付かれた。能力がないのに、感知する能力を示した。この矛盾に彼は困惑している。


「お前は、部屋の半分に設置した罠の反応から私がこっちにいると気付いたと?」


「うん、そうだよ。当たり前のことじゃない?」


「そもそもなぜ『侵入者がいる』と思ったのだ?」


確かに、部屋の片方にいなければもう片方にいる筈だ。しかし同時に、『もう片方にもいないから侵入者はいないね良かった良かった』という考え方もある筈である。


「いや、それは有り得ないでしょ?」


しかし、その考えをスリーはあっさりと否定した。


「だって、普通はこいつの様子を見に来るはずじゃないか。」


そういってスリーは、布を被せていたソレを露にする。部屋の真ん中で座っている人ソレ。そこにいるのは中年の男。ぐったりと、椅子に固定されている。


「どっかの貴族の子飼い。昨日俺の部屋に突然現れた。」


「‥‥。」


「この王宮に侵入して、父王を殺そうとしたんだって。そしたら影?とかいう化け物にズタズタにやられて、避難するべく来たのがこの部屋なんだと。」


「・・・・。」


淡々と、何でもないかのようにスリーは述べる。


「彼をズタズタにした人間は、死体を確認するべくくるよね?それが普通なんだから。プロなら当然そうするべきだ。」


「‥‥それで、侵入者を確信したと?」


「うん。まさか見えないとは思わなかったし、侵入者がこんなにも幼いだなんてことは知らなかったけれど。」


実は影長の年齢はスリーの年齢の倍を優に超えているのだが、当然彼はそれを知らない。影長もそれを態々知らせる気は無いので、質問を続ける。


「‥‥その、保護した暗殺者がソレか?」


「そうだよ。」


目隠しをされ、轡を掛けられ、ロープで簀巻きにされている男。耳には不気味なオブジェが刺さっている。控えめに言って拘束。客観的に述べるなら拷問である。


「保護には見えないのだが。。。」


「自分の価値観が絶対だと盲信されても困るよ。君にとっての保護と、俺にとっての保護は異なった。見解の相違。それだけじゃないか。」


ぬけぬけと言い放つスリー。加えて笑顔である。


影長は顔が引き攣る事を自覚しつつも、質問を続ける。


「両の爪が剥がれているのは?」


「本当のことを言っているのか、誠意を見せて貰った結果だね。言っとくけど俺は強制してないよ?彼が、自分の意志でやったんだ。」


普通にスリーが爪を剥いのだが、しれっと嘘を吐くスリー。


「呼吸していないように見えるが?」


「それも勘違いだよ。今は『カシくん1031世』の効果で呼吸が最低限になっているだけ。このスイッチを押せばすぐに蘇生して通常呼吸に戻るよ。」


懐から小さなボタンの付いた魔道具を取り出し、影長に渡すスリー。


影長は混乱していた。スリーが何をしたくて、何を求めているのか分からないからだ。酷い違和感と、不可解な気分で頭痛がしそうだった。


だから彼は正直にスリーに尋ねることにした。



「お前は、何がしたかったんだ?」


「うん?いやね、彼とお友達になろうと思って。そしたら嘘みたいな話を言うし、ぎゃあぎゃあ五月蝿いし、もう面倒くさくなったから眠って貰おうと。」


「‥‥。」


「それで目が覚めたら、一からやり直そうかなと思ってさ。お友達になりたいと彼が自発的に言うまで同じ事を繰り返せばいいなってね。爪を剥いで、耳から命令を延々と聞かせて、仮死させる。5回目からかな、彼は泣きながら友人になりたいと言ってくれたよ。友情が勝利した瞬間だよね。」


世間ではそれを洗脳というのだが、スリーの世界では友情を育む儀式らしい。

こいつと友人になる人間は可哀そうにと思いながら影長は質問を続ける。


「国王の命を狙う人間を即座に殺さない理由はなんだ?」


「俺は友達を信じているのさ。彼はそんなことしないってね。」


「そいつと友達になってどうしたいんだ?」


「いやだなぁ。友達になりたいに理由は必要かい?」


ふざけるな、と言おうとしてやっと。影長は違和感の正体に気付く。


支離滅裂なのだ。先ほどから話が通じているようで、その言い分は矛盾している。友達になりたいと言いながら、爪を剥ぎ。面倒になったからと仮死させる。その一方で友達だからと彼を庇おうともしている。


何がしたいのか、さっぱり読めない。


会話もできる。話もできる。ただ、滅裂。内容も意図も理解ができない。


ただ一つ分かるのは。此奴の言う『友達』になると禄でもないことになるという事だけだ。


「ソレをコチラに渡してもらえるか?」


「いいよ。」


「なに?」


「なにさ?」


スリーの返答に拍子抜けといった様子の影長と、そんな影長を怪訝そうに見つめるスリー。


「‥‥随分あっさり渡すんだな。友達じゃなかったのか?」


「さっき絶交したんだ。何喋っても返事してくれないんだもの。」


「それは仮死状態だからだろ?」


「でも友情は奇蹟を起こすんだよ?」


仮死とは言え、死人に喋ることを要求するスリー。その根拠も意味の分からない事をさも事実であるかのように言ってくる。


「そう言えば、君の名前はなんて言うの?」


「何故そんなもの聞く?」


スリーから男の身柄を引き取った影長は、質問を質問で返す。普段の彼ならそんな邪道はしないのだが、スリー相手には不思議と抵抗感が無かった。


「なんかあったら便利かなと思って。」


「名など無い。個体識別記号は、影長で十分だ。」


「でも影長って一人以上いるでしょ?」


「ではお主が好きに付けろ。」


「じゃあ爺婆コンビで」




は?



「ふざけているのか?」


「俺はいつだって真剣さ。全身全霊で、いつも物事に取り組んでいる。」


「それでこの名前か?」


「不満なの?」


「不満じゃないとでも?」


言外に不満だと述べるも、チッチと指を振り窘めるように影長を見るスリー。


「まったく我儘だなぁ君は。自由に付けろ言われたから自由に付けたのに。」


「貶すような名前に抵抗感を覚えるのは必至だろう。」


「それは君の心が曇っているからさ。神に誓って俺の名付けにそんな意図はない。俺はそんな酷い子じゃないよ?」


どこの人間が爺婆コンビと呼ばれて貶されたいないと感じるのか小一時間程確かめたかったが、影長は堪える。そして殴りたい衝動を必死に抑えて、退出しようと背を向ける。彼にはただ、スリーへの嫌悪感のみが湧き上がってきていた。


「じゃあね、また会おう。」


「‥‥二度と会わない。」


そして部屋を出て影長は気付く。


『でも影長って一人以上いるでしょ?』



スリーは影長は一人以上いることを知っていた。


何故。いつから。いったいどうして。


彼は確かに、自分の容姿に驚いていた。影長の詳細は知らないと見ていい。影長という単語を知る筈もない齢だ。なのに、影長が複数いるという事は知っていた。


影長の情報の断片だけでも掴んでいた?しかも複数いることという情報も?



それを知っている人間など、この王国には5指もいらない。その5未満の指に、あんな子供が入っているという事か?


影長の背中には、言いようもない悪寒が百足のように走り回っていた。



これは、スリーが5歳の時に影長と初めて出会った時。



なお、スリーの情報網が優れていたとかではなく。


スリーがヤマ勘で適当に言っただけである。


そしてそのヤマ勘が、相手の嫌がる方向にだけ普通に当たる。それが、スリーという人間が嫌われる由縁であり彼の在り方である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る