第三章 実兄怖いし嫌い

第1話 私の名前は。。。        フ

季節は春。


新たなる出会いを予感させる心地よい気温と、不安と緊張の入り混じった人々の顔。それらが作る独特の雰囲気は王宮内も例外ではなく、学園を卒業した新卒を迎え入れた各部署は慌ただしく稼働していた。



「うぎゃあああああああああ!!!!」



桃の花がきれいねー。甘い香りは憂鬱な心を癒すわ。


「スーパーパンチ!!!」


「ごふぅ‥‥見事。」


「貴様もね。」


さて。


現実を見ますか。


私の目の前で横たわる一人の男。そして先ほど茶番じみた攻勢で私を守った側近が一人。はぁ‥‥。


「また暗殺者。これで何人目かしら?」


「12人目ですね。最近は『溝鼠ドブネズミ』と、『毒手』。『不可視』に『百目』、『石槍』と名前持ちが続いていますね。まさに春の季節。モテモテですねフォー様!!」



世間でいう出会いの季節に伴い、私は暗殺者たちとの出会いに機会に恵まれていたのだった。


・・・なんでよ。


そして私の側近も同じことを感じていたのか、容赦無く私に問いかける。


「フォー様何かしたんですか?名前持ちネームドなんて凄腕の暗殺者にしかつけられない称号。そんなのに狙われるなんて普通は一生に一度ですよ。」


「そりゃあ一回狙われたら死んでいるからね。」



死んだ後にもう一回依頼だす奴といないでしょ…いないわよね?死んでも狙われる奴なんていたらごめん。




「フォー様って意外と大勢に恨まれていたんですねぇ。。」



何故か嬉しそうに笑うシェード。王族に仕える側近て忠誠心ガバガバすぎ。シャドーウなんかあっさり裏切っちゃって。シェードだって私を何だと思っているのか。


「恨みなんて無縁だと思っていたのに。。。」


「フォー様がですか?」


「あんたねぇ。。。私がそんなことする人間に見える?」


「いえいえ、平和を愛するフォー様を恨むなんて、私には皆目見当もつきません。」


「よろしい。」


「よろしいんだ。。。。問題何も解決してないのに。」


うっさい。


「それに何かしたとしてもこれだけの人数に恨まれることはしていないわよ。」



一週間でまさかの12人。信じられる?12人って二桁超えているんですけど。私は一応王族で、しかも中立派を謳っているのに何故か命を狙ってくるのよ。しかも一晩で二人づつ換算。


オーバーキルにもほどがある。殺意しか無い。


「それでシェードは何か分かった?」


「それ言うの辞めてくださいよ。。。というかこれで何かわかるならその人が犯人ですよ」


「ふーん……貴方が犯人ってわけではないのね」


「真剣な表情でジョークかますなんて流石ですねフォー様。こんな命の危機に晒されても余裕ある……ジョークですよね? なんで目を逸らしたんです?」


ねえ、ねえってばと駄々を捏ねる赤子のように話すシェードちゃんはほっといて。取り合えず心の中の『容疑者リスト』からシェードを除外しておいて。


私は今日の暗殺者くんの顔を見る。


うん、知らない奴だ。


「・・・・フォー様趣味悪い。死人を踏みつけながら髪を掴むとか真性の加虐趣味ですよ。」


「いや知り合いかチェックしてるだけなんだけど。」


「ありえませんから。暗殺者と顔見知りとかドン引き事案になるなんて、どんな人生送ってるんですかて話です。」


王族ですけど?皆が羨むプリンセスライフ送ってますけど?


ていうか前も思ったけど警吏仕事しなさいよ。ホイホイ暗殺者の侵入許してんじゃないわよ。


ポケットから薄紅色の冊子を取り出し、チェックを付ける。私の手帳に記されるは、今までの訪問者の数。今週来た暗殺者の人数を数えたところ、12人。


・・・・・目を瞑ろう。そして深呼吸だ。


目を開ける。

そしてもう一度チェックする。


数字は変わらず12人。


「はぁー。」



「世界一不幸な女みたいなうっぜぇ溜息ついてますけど、そんな顔しても無駄ですよ?数は減りませんし明日の予定は変えませんよ?」



シェードは爽やかな笑顔で私を見る。私に気を遣ってくれたんだ。それを見て私も先ほどの悲哀の表情を吹き飛ばし、道化のようにおどけた顔で言葉を転がす。



「ああ、一日に四人もの人間と一対一で話し合わなければいけないなんて。。。。。」



「あらあらなんて可哀そうなフォー様。」



それに乗っかり言葉を転がすシェード。



「そう、私はなんて可哀そう。。。」



「うわぁ。。。自分のことそんな風に言う奴本当にいるんですね。。」



おい。




王とは、どれだけ面倒なことがあっても次の日には何事もないかのように強く、雄々しく振る舞わなければならない。どんなときにも絶望に挫けず、心は折れず、信念を曲げず、態度は強く、意思を貫く。



絵本の白馬の王子サマのように、煌めいていなくてはならない。白鳥のように、水面下でどれだけ醜く足掻こうともそれは外に見せてはならない。民に見せるは『麗しの王子』のみ。それが、王子が王子たるゆえん。国を背負う若葉の使命。


私は王子。だからそれは、私にも要求されている。


ほんっとうにイヤーな職業よねー。



その代わりに莫大な財産と権利が貰えるからトントンだ。私個人としてはリターンの方が優っていると思っている。下民堕ちするリスクはあるけれど、やっぱり王族の方が良い。



だって王族だよ?王族って言えば美男美女を侍らせ、金銀財宝を部屋に飾り、その上美食美酒を堪能できるのよ。最高すぎる。



下民のように栄養不足で死ぬことは無いし、丸腰のまま理不尽に襲われたり、背中が曲がる年になるまで労働を続けることはない。王族ならば対応できないような脅威がふりかかり、自分だけが全てを奪われるなんてこと、まずはない。


自分が失うときは大抵大多数の人間が失うとき。民衆に比べればはるかにマシ。



だからいくら憂鬱でも私は王子であることを辞めない。どれだけ精神的にやつれても、肉体的にも精神的にもやつれる民達よりかはマシだから。


でも王子という王族らしい振る舞いには適切な休息が必要なのである。




「てなわけでお休みなさいシェード。私はぐっすり寝るから後片付けお願いしますね。」



「フォー様!?」


マジかよ、と呟き私の毛布を揺さぶるシェード。おい、剝ぎとろうとするな。


「はーなーせー!!」


「いやいや待って下さいよ!私に死骸の処理をしろと!このか弱いレディーに!?貴方それでも王子ですか!!」


はぁー!?好きで王子になったわけじゃないしー??


「なんならシェードは王子交代しますかー??」


「いやだよそんなカス職業。」


なんだとコラ。


今のは頭に来たわよ。


世の中には言っていい事と悪い事がある。今のは完璧に駄目な方よ。


ああ、私が王子職を貶すのはいいの。私は王子だからね。

でもシェードが言うのは駄目ね。彼女は王子じゃないから。


「はい、シェードの給料なしー!!今月のお給金ナシですー!!影長からの定期支給金だけですー。おやつもあげませーん!!」


「え、そ、それはちょっと困るかなぁ。。。あ、フォー様毛布にくるまるなんてセコイ!」



どうでもいいけどお前もうそろそろ不敬罪でしょっぴくからな?今は深夜テンションの過ちで許すけど明日覚えとけよ?



「おやすみ!!」



極東の国から輸入した桜が美しく咲き乱れるこの季節。だが王国は悲惨な状態にあった。




貴族は毎晩刺客を放ち放たれ、食客を雇って身を守っては血濡れた栄光に追い縋る。あるのは只の空っぽな王座のみ。座っている王は何も知らない。末息子が現れればこの争いは瞬く間に終わると信じているから。




水面下の長い長い戦には何も気付けない。彼が思うよりずっと前から争いは続いていて、それ故に誰もが引っ込みつかない状態になっている。




もう失った血が大きすぎて笑顔で流せない。同胞の無念を晴らさなければ顔向けできない。仇討ちを暴力の理由にしてしまって止まらない。水底に沈んだ夥しい骨は、否応なしに争いへと駆り立てる。




水面は静かで、波一つ立っていないのに。グルグルと荒々しい渦が水中で唸り、骨を削り、血を呑み込み、意地と復讐を産む。うねりはもう収まらない。私にできるのはただただ災害が過ぎるのを静かに待つのみだ。。。




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