第8話 チョコレートディナー
「一体……」
今俺は……家の風呂に入っている……勿論一人で。
恐る恐る家に帰ると、妹は玄関で俺を待っていた。
大きなリボンとフリルの付いた可愛らしいエプロン姿の妹は、俺からカバンを受け取りコートを脱がし、それを腕に掛ける。
「お風呂の用意が出来てますから先に入ってね」
いつも様に黒髪ツインテールをピョコピョコさせながら、おままごとの様に妻の演技をする妹……いや、演技ではなく本気でそう思い込んでいるんだけど……。
「あ、うん……」
今はまだ夕方、2月14日、ゆっくりと夜になるのが遅くなってはいるが、日はまだ沈んでもいない。
故に風呂に入るにはまだ早いが、恐らくこの後バレンタインのイベントを画策しているのであろう。
とりあえず妹の言われるがままにするしかない……と、俺はキッチンから漂う匂いに気付かない振りをして、一度部屋に戻って着替えを取り風呂に向かった。
まさかまた乱入してくるのでは無いかと、ドキドキしながら入っていたが、どうやら今回は無さそう……いや、別に残念がって無いんだからね!
「服? ネクタイ?」
風呂から上がると自分で用意した寝間着がスーツにすり替わっていた。
どこかに出かけるのか? だとしたら風呂の意味は?
訳がわからないよ、と、妹のツインテールのような地球外生命に騙されている様な気分で俺は魔法少女に変身する様にスーツに着替える。
そして、匂いに釣られ、そのままキッチンに入ると……。
キッチンは薄暗く、テーブルには蝋燭が置かれ、いつものテーブルには綺麗なクロスが敷いてあり、高級レストランの様な雰囲気になっていた。
テーブルには既に様々な料理が並べられている。
その全てに食欲をそそられ、俺の口の中で唾液が溢れ出てくる。
「旦那様座って」
「あ、うん」
小学生の家庭科の授業の様なエプロン姿の妹は、俺が座るのを確認し、スープ皿に茶色のスープを注ぎ、ホイップ状の泡を添えて俺の前に置いた。
全ての準備を整えたのだろう妹はエプロンを外す。
エプロンの下は白いワンピース姿、そう……あの結婚式に着ていた時の物だった。
「まだ着れるのか……」
「うるさい! 元々大きめだったの!」
「そか……」
つい言ってはいけない事を……でも小5の時からほぼ変わらない身長、体型に俺は思わず涙が出そうに……。
「もう、今日はいい雰囲気で、ね?」
ドレス姿の妹は、ニッコリ笑って俺をみつめる。
「一体どういうシチュエーションなんだ?」
いつもはもっとごういんに、もっと異常なバレンタインだったのに、と、俺は戸惑いながらそう訪ねる。
「うん、私も今年、高校生になるんだし、大人として妻としてお兄ちゃんに見て欲しいって……」
「──そか……凄いなこの料理」
「夜ずっと頑張って練習したの、これね、全部チョコレート料理なんだよ?」
「え?!」
「あはは、びっくりした? でも美味しいんだよ!」
「マジか……」
「良いから食べよ」
「お、おう」
まずは乾杯とワイングラスを手に取る。
「ワインじゃないよな?」
「うん、ブドウジュースだよ」
妹と軽くグラスを合わせ、紫色の液体を少しだけ口に入れる。
「おお、美味しい……」
スーパーで売っている物とは一味違う、渋味があるブドウジュース。
「なんか、フランスワインのドメーヌが作っているって、美味しいねえ」
妹はまるで酔っているかの様に、うっとりとジュースと、俺を交互に見つめる。
その色っぽい目付きに、俺はドキドキしてしまう。
落ち着け俺、相手は妹、そして中学生だ。
続けて妹は前菜を俺に勧めた。
マグロとアボカド? 赤い色の魚と緑のアボカド、その上に黒っぽいソースがかかっている。
匂いも見た目も普通の料理、いや普通以上だ。
俺は恐る恐るチョコレートが入っているらしい白いソースがかかっているその料理を口に運んだ。
口の中でマグロアボカドが合わさる、一瞬アボカドの青っぽい匂いを感じたその瞬間、絶妙な塩加減のソースが口の中に広がる。そして青っぽい匂いを消す様に、ほんのりとホワイトチョコレートの香りが鼻を抜ける……が全く気にならない。
「うまい!」
「やった……」
続けて肉料理、とろける肉と少し苦味のあるソース、これも上手くマッチしている。
フレンチと思われる妹のチョコレート料理、少し変わった味もあった……でもそんな些細な事なんて全く気にならない。
俺の為に一生懸命作ってくれた妹に俺は心から……感動し、そして感謝していた。
生きていてくれて……ありがとうって……心から……。
チョコレートのフルコースを全て平らげ、リビングに移動する。
食後にココアを入れてくれた妹は、最後に照れくさそうに手作りのトリュフチョコレートを俺の前に置いた。
妹は、今までずっと、しとやかに振る舞っていた。
でもさすがに照れくさかったのか、最後にいつもの様に振る舞う。
「はい、旦那様~~」
トリュフチョコを軽く咥えると、俺に向かって差し出した。
ここまでしてくれた妹……可愛い妹のお願いに、俺はいつものように拒絶する事が出来なかった。
出来るわけないって、そう思った。思ってしまった。
俺は隣でふざけている妹の肩を両手で握り、俺の元にひきよせる。
「お、おにいひゃん?!」
俺の行動に少しびっくりした目をする……でもすぐに嬉しそうに目をとじた。
俺はゆっくりと顔を近付け、妹の咥えているトリュフチョコに自分の唇を付けた。
そしてそのまま軽く一口齧る。口の中にチョコレートの甘い味が広がる。
更にもう一口齧る……。
あと一口で……到達する……久しぶりに、妹の……俺の……嫁の唇に……。
「おーーーー! あと一口!」
俺があと一口齧ろうと口を軽く開いたその時、俺と妹が座っているソファの後ろから声が聞こえた。
「うお!」
「ひゃう!」
二人きりだった筈なのに、突然他人の声が聞こえ、俺と妹は悲鳴を上げた。
二人の口元から齧りかけたトリュフチョコレートがこぼれ、ソファーの上に落ちていく。
俺と妹は慌てて声の方に振り向くと、そこには……。
「はーーい、ヤッホ~~相変わらずラブラブだねえ」
満面の笑みで俺達を見つめる従妹の姿が……そこにあった。
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