平均的な愛の告白

「ちょっかい?」と、赤く腫れた頬を左手でおさえつつ、曽良はにんまりと笑んだ。「俺の第二ボタンを狙ってたのは誰だったっけ? 俺とえりちんがうまくいくのを望んでたんじゃないの?」

「それは……」


 ぐっとよっちゃんは顎をひいた。


「大丈夫、俺は女の扱いには慣れてるからねぇ」


 妖しげな笑みをその顔に残しつつ、曽良はゆっくりと立ち上がった。右拳をポケットにつっこんで、得意げに肩を竦める。


「悪いようにはしないさぁ。たっぷりかわいがってやるよ」

「んだと!?」と叫んで、よっちゃんは曽良の胸倉につかみかかった。「もう一度言ってみろ、この野郎!」

「悪いようにはしないさぁ。たっぷりかわいがってやるよ」

「くそぅ、なんて素直な奴なんだっ……!」

「てか、なんで君が出てくるの?」臆する様子も見せずに、曽良はさらにけしかける。「関係ないでしょう。黙っててよ」


 その瞬間、よっちゃんの目の奥で何かが光った。腹痛でも堪えているかのように、その強面をしかめ、


「俺は恵理ちゃんにぞっこんなんだ! 黙ってられるかよ!」


 しん、と静まる公園。ざあっと春の香りを纏った風が吹き抜けた。


「よっちゃん……」


 風の悪戯で顔にかかった髪をそっとよけ、恵理はよっちゃんをじっと見つめた。その頬はほんのりと桃色に染まっている。


「わたし……」と葉のすれる音にも負けそうな小さな声でつぶやいて、恵理はうつむいた。


 よっちゃんは耳まで赤くして、「ちっ」と舌打ちした。曽良を突き飛ばすようにして胸倉から手を離すと、気まずそうな表情でそっぽをむく。


「なんでもねぇよ。独り言だ。気にしなくていいからよ」


 漂う、重苦しい空気。木々だけがざわざわと噂話をしている。そんな中、


「わたしも、ラガーマンにぞっこんだよ」


 風にまぎれて、鈴を転がすような声が流れていった。まるで、春の妖精が囁いていったかのような、幻聴にも思える声。

 よっちゃんは目を見開いて「え」とすっとんきょうな声をもらした。ばっと振り返り、うつむく少女を充血した瞳に捉える。


「い、今……なんて……」


 すると、黒髪の少女ははにかんだ笑みを浮かべて、そっと人差し指を口許にあてた。


「独り言」


 オーバーヒートでもしたのだろうか。ゆでだこのように赤面したよっちゃんは棒立ちのまま硬直してしまった。


 さて――その二メートルほど離れた場所では、一人の少年が間の抜けた顔で地面にはいつくばっていた。


「いつまで、寝てるのサ」


 いきなり、呆れたような声が降ってきて、鈴木はハッと我に返る。完全に傍観者に徹していた。とっさに振り仰ぐと、そこにはにんまりと笑むアヒル口が。


「ふ、藤本くん? いつのまに、そこに!?」


 そういえば、いつからか姿が見えなくなっていた。目の前で繰り広げられる青春ドラマに夢中になって、彼の存在を失念していた。


「脇役は引き際をわきまえないとね」


 軽い調子で言って、曽良は鈴木に手を差し伸べた。鈴木はその手を取る気にもなれず、「いいですよ」とつっぱねて自ら立ち上がる。


「にしても」汚れた学ランをはらいつつ、鈴木は曽良をジト目でにらむ。「残念でしたね。あんなことやこんなこと、できなくなって。どうやら、坂本さんが好きなのは藤本くんじゃなかったようです」

「ああ、そうだね」

「そうだね……て」


 それだけ? 鈴木は面食らった。イケメンがラガーマンに負けた、決定的瞬間だぞ。もっと悔しそうにしてもいいんじゃないか。


「あとは、パスしてトライで決まりかな」

「パスして……トライ?」


 また何を言い出したのだ、この『がっかりイケメン』は? 訝しげに鈴木が見守る中、曽良はポケットから拳を取り出し、ゆっくりと開いた。そこに転がっていたのは――。

 じっくり見る必要もなかった。鈴木にはすぐ分かった。


「ボタン?」


 それも、自分たちが着ている学生服のボタンだ。

 しかし、それで何をしようというのか。いや、その前に誰のボタンだ? そんな疑問を口にする暇もなく、曽良はコインを弾くようにそれを親指で宙に飛ばした。


「俺がただで殴られると思った?」


 月の光を反射しながら回転するそれを宙でキャッチし、曽良はよっちゃんの足元めがけて放り投げる。

 その行方を目で追っていた鈴木だったが、いきなり腕をつかまれ、


「俺たちはベンチ入り」

「はい!?」


 くすりと笑う曽良によって、ベンチ裏の茂みへとひきずり込まれた。

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