平均的な逢引

「あれ」ちょうど、六時を回ったかというころ。鈴木はハッとして身を乗り出した。「来たんじゃないですか?」

「なに!?」


 伸び放題の草とベンチをバリケードにして、二人は公園の中を覗き込む。

 人気のない公園で、一つの影がおろおろと彷徨っていた。暗くてシルエットしか確認できないが、きょろきょろと辺りを見回しているようだ。

 その怪しげな侵入者に気づいたのか、公園の真ん中に佇む街灯がかっと目を覚ました。辺りがぼんやりとした光に包まれ、紺のセーラー服に身を包んだ少女が姿を現す。

 色白の小顔。聡明そうな切れ長のつり目に、ふっくらとした唇。鼻筋が通った化粧映えしそうな顔立ちだ。長いストレートの黒髪は腰まで伸びて、前髪は眉のところで一直線にそろえられている。両手を前で重ねるさまはなんとも慎ましやかで、戦国時代の姫君を髣髴とさせる。

 髪型や着こなしを変えれば、一躍学校のアイドルに君臨しそうだ、と鈴木は思った。――藤本砺波には悪いが。

 なるほど、曽良が「かわいい」と言っていたのも頷ける。

 鈴木はちらりと横目でよっちゃんの様子を伺った。


「え、恵理ちゃん……」


 震えるリーゼント。紅潮した頬に、潤んだ瞳。

 見なかったことにしよう、と決めて、鈴木はすぐに視線を前に戻す。そして、「あ!」と声をあげた。


「藤本くんです。来ましたよ!」

「ど、どこだ?」と、よっちゃんは左右に忙しなくリーゼントを動かす。がさがさと草が迷惑そうに音を立てた。「あ、あれだな! のこのこ来やがって」


 やはりスキップで現れた曽良は、「えりち~ん、ごめーん、待った?」なんて言って、暢気に手を振って向かってくる。

 恵理はハッとして振り返り、上品な笑顔を浮かべて曽良を迎えた。

 二メートルほど先で、街灯の下、対峙する二人。スポットライトのように注ぐ直射光と、それによって生じる濃い影が、強いコントラストをつくりだしている。恵理の古風な容姿が相まって、まるで古い映画のワンシーンのようだ。

 学ランとセーラー服姿の美男美女。暗闇に乗じての逢引。舞台は大正時代か。身分を越えた二人の若者の悲恋。

 ただただじっと見つめう二人。言葉はいらない。身分さえも、彼らをひきさくことはできない。

 いいんだね。

 ええ、いいの。

 駆け落ちを決意する二人。このまま、東京駅に行き、列車に飛び乗るのだ。そして、誰も知らない土地へ行こう。最果ての北の国もいいだろう。二人なら、どこだって――愛と希望に胸を膨らませる若者。しかし、現実はそう甘くはないのだった。

 どうやって、彼らの居場所を……いや、彼らの計画を知ったのだろうか。彼らの愛の逃避行を阻止すべく現れたリーゼント頭の男。どこからともなく現れて、「この野郎!」と突撃してきた。


「って、なぜリーゼントー!?」


 バッと隣を振り返れば、そこにもうよっちゃんの姿はなかった。


「いつのまに!?」と動揺に声を荒らげて、鈴木はあたふたと立ち上がる。「なんて、無計画なんだ!」


 草むらから飛び出してベンチを跳び越えようと思ったが、跳躍が足りずに脚がベンチの背にひっかかった。そのまま、背もたれをでんぐり返しするかたちで転げ落ち、どさっと地面に落ちる。タイミングよく、「きゃあ!」と可憐な悲鳴が聞こえたが、自分を心配してのものではないだろう、と思った。

 嫌な予感がしてとっさに顔を上げると――。


「よっちゃん、なんてことするの!?」

「恵理ちゃんにちょっかいだすんじゃねぇ!」


 地面に倒れこんでいる曽良に、右拳を震わせながら肩で息をしているよっちゃん。そして、その傍らでおろおろとしている恵理。絵に描いたような修羅場だ。何が起きたか、容易に想像ついた。悪しきイケメンが、リーゼントの怒れる拳に成敗されたのだ。

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