VOL.2

『率直に申し上げます。母は不倫をしているんです。その事実を突き止めて欲しいんです』

 姉の冬子が思いつめたような表情で俺を見て言った。

 妹の萩乃は、何も言わずに俯いて、コーラの入ったコップを握りしめている。

 

 不倫、というくらいだから、当然母親の美津子は結婚をしている。

 夫・・・・つまり父親は進藤恵作といい、ある総合商社に勤めるエリートビジネスマン。

 穏やかで紳士的な性格であったが、一年の半分以上を仕事の為国外を飛び回るという忙しさだったので、どうしても家庭の方はおざなりになってしまう。


 最初、それに気が付いたのは冬子だった。

 ある日彼女が家に帰ってくると、普段は父同様、仕事のため滅多に家にいなかった母がいたのである。

 前日まで母は映画のロケの為に出かけており、その日も”撮影が長引いていて、帰れるかどうか分からない”という電話が昨日入っていたから、母の帰宅に嬉しかったのは確かだ。

 家に入ってみると、母は寝室で眠っていた。

 無理もないだろう。

 ここのところ休みなしで撮影に臨んでいたのだから。

 彼女は、母が起きた時の為に、何か栄養のある食事を作ってやろうと、キッチンに立った。

 幼い頃から家事は躾けられていたし、大抵は妹と二人で分担でこなしていたから、大した苦痛にも思わなかった。

 ふと、キッチンの近くのテーブルを観ると、母のスマートフォンがそのまま置かれてあった。

 用心深い性格だった美津子は、そんなところに大事なスマホを置きっぱなしにすることなどないのだが、余程疲れていたのだろう。

”寝室に持って行ってやろう”

 そう思って手に取り、何気なく画面にタッチした。

 別に覗き見るつもりはなかったのだが、何となく好奇心が働いてしまったのかもしれない。彼女は少しうなだれてそう言った。

 帰宅してしばらく、母は誰かとメールでやりとりをしていたようだ。

 メールのアイコンを開くと、そこにはある男性とのメールが、そのまま残っていた。

 八杉真一やすぎ・しんいち・・・・聞いたことのない名前だったという。

 同じ名前のメールが10件以上送られていたし、同じ量のメールが向こうからも送られてきていた。

 内容は・・・・とても40半ばと思えない女優であり、母である彼女が書くとも思えない刺激的な文字が並んでいた。

 彼女はそのまま電源を切り、スマホをバッグにしまい、母の寝室に持って行った。

 母が起きてきたが、別に何も気が付いていないようだった。

 間もなく後から帰って来た妹と3人で食事をしたが、母親には全く変わった様子は見受けられなかったという。


 その後も彼女は注意深く、美津子の様子を観察していたが、特段の変化は見られなかった。

 しかし、母のメールに綴られていたあの刺激的な言葉は、今でも頭に焼き付いて離れないという。


 父親は留守がちだし、母も女なのだ。

 物分かりのいいふりをして、何とか自分を納得させようとしたが、やはりそれは出来ない。

 妹にも話した。

 結局、自分たちで悩んでいても仕方がないと、大学の友人の母親が弁護士をしていることに気づき、そういうわけで、二階堂弁護士に相談を持ち掛け、俺のところに話が来たという訳である。

『二階堂の小母様・・・・いえ、二階堂弁護士は、貴方なら信頼のおける探偵さんだと言ってました。だから他の人にお願いするより、乾さんにとおもったんです。』


 切実な言葉だった。

 それは幾ら鈍感な俺でも良く解る。

『ギャラは基本一日六万円と必要経費。仮に拳銃が必要になった場合は、危険手当として一日四万円の割増を付ける。後は今から渡す契約書を読んで、納得が出来たらサインを頼む。他に聞いておくことは?』

 ありません、二人はそう答え、また俺の顔を見つめた。

 おっさんの性だろう。どうも女の子のこういう視線には弱い。

 

 


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