星屑から来た悪魔

冷門 風之助 

VOL.1

”予め申し上げて置く。この記録は随分前のものだ。少なくとも今から四年は前のものである。過去の記録をほじくり返して開陳するのは嫌だと、盛んにわが友、私立探偵の乾宗十郎は渋っていたけれど、そこは記録者である私の権限によって、脅しすかして彼から手に入れた。従って現代と大いに感覚がずれていたとしても、その辺りはご承知おき頂きたい・・・・・記録者敬白”

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 六月の終わり、ラジオが気象庁の梅雨明け宣言とやらを流し始めていた頃、その依頼人は俺の事務所オフィスにやってきた。

 俺はわがままを言って時折ぐずり、冷風どころか熱風を吹き出しかねないエアコンをなだめ、知り合いの書店で貰って来た人気コミックスの団扇で生ぬるい風を引っ掻き回し、冷蔵庫から取り出したコーラのリッターボトルから、琥珀色の液体をコップに注ぎ、喉を鳴らして飲んでいた。


 ノックが三度、軽く鳴らされた。

 どうぞ、と声をかけると、二人はまず開けたドアがまちで立ち止まると、礼儀正しく頭を下げ、それから入ってきた。

 一人は空色に、襟と袖だけが白いワンピースを着ており、ハンドバッグを片手に提げていた。

 浅丘ルリ子をもう少し庶民的にしたような、そんな顔をしている。

 もう一人はまだ高校生。アイロンをきちんとかけた白いセーラー服に、紺色のプリーツスカートに、同色のハイソックス。

 鏡のように磨き上げた黒の革靴。

 顔立ちはやはり、10代の浅丘ルリ子だった。


 俺がソファを勧めると、二人は再度頭を下げ、まずワンピース、次いでセーラー服と、折り目正しく膝を揃えて座った。


『コーヒーかコーラ、どっちがいい?と言いたいところだが、残念ながら今は切らしてるんでね。コーラしかない。それでいいかね』

 俺が言うと、二人はそれでいい、と小さな声で答えた。

 俺はキッチンに戻り、もう一本ボトルを出し、食器棚からコップを二つ、これらをぶら下げて戻り、彼女たちの前に、

『手盆で失礼』といって並べ、コーラを注いでやった。


二階堂弁護士せんせいから、お話は言っていると思いますが・・・・』水色ワンピースがそう言い、ハンドバッグからガーゼのハンカチを出して、鼻の頭を拭いた。


『ええ、確かに』

 俺は素っ気なく答え、コップの中のコーラを開け、二杯目を注ぐ。

『その前にこちらからまず断っておきたい。恐らく弁護士からは聞かされていると思うが、俺は筋が通っていて、法に抵触せず、なおかつ離婚や結婚に関する依頼でなければ、大抵は引き受ける。まずその前に話を聞かせてもらおう。その上で受けるか受けないか判断させて貰う。それでどうだね?』

 俺が言うと、やはり前と同じように、揃って頷いた。

 

 その時になって、エアコンがようやくぐずるのを止め、まともな冷風をこちらに送り始めた。


 そこで二人は自己紹介を始める。

 水色ワンピースの方は、進藤冬子といい、都内の某国立女子大の三年生。年令は今年20歳になったばかり。

 セーラー服の方は其の妹で、名前は萩乃はぎのといい、現在はやはり都内にある女子高の2年生。年齢は7月に誕生日が来て17になるという。


『依頼の内容は・・・・』と言いながら、彼女はバッグを探り、オレンジ色の表紙の、小さなアルバムを取り出し、表紙をめくった。

 派手な和服を着た女性が、こちらに向かって微笑んでいた。

 年は凡そ40代半ばといったところだろう。

 俺は”失礼”といって椅子から立ち上がり、デスクの背後にある大ぶりの本棚から、スクラップブックを取り出して頁を繰った。

 やはりそうだった。

”進藤美津子、日米合作映画出演のため渡米”。半年ほど前のあるスポーツ新聞の芸能欄が目に飛び込んできた。

 大ぶりのバッグを肩から下げた、紫色のスーツ姿の女性が、カメラに向かって微笑んでいる。

 そう、間違いなく二人が”母”といった、進藤美津子その人だった。

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