第8話 伯母様の離縁宣言、素敵ですわ

 あまりの惨状に、国王陛下は玉座の脇に崩れ落ちてしまわれました。後ろに従う王妃殿下は苦笑し、後ろの侍女に何かを指示なさいます。一礼した侍女は、荷物を纏めに行ったのでしょう。


 この状況で、メレンデス前公爵令嬢である王妃殿下が、国王陛下のお味方をなさるわけがありませんわ。それなりの情けはあっても、王妃である伯母にとって優先すべきは、実家メレンデス公爵家なのです。これは結婚して王妃になった後の、私も同じ気持ちだったでしょう。


 今までの王妃様全員が夫に対し、愛がなかったと断言は出来ません。しかし生まれると同時に婚約者として縛りつけられ、恋も知らぬまま嫁ぐのですよ? 過去には愛人を持つ王妃もいたと思いますわ。


 この国の王族は『メレンデス公爵令嬢を母に持つ』と言われてきました。それは嘘ではありません。しかし大切なのはそちらではないのです。『竜の乙女を妻にした者こそ、セブリオ国王となる』が正しい言い伝えでした。


 貴族の多くはその一文を正しく一族に伝えてきました。そのため、竜の乙女であるメレンデス公爵令嬢は、王族以上の敬意を集めて大切に守られる存在なのです。


 言い換えれば『国王の代わりはいくらでもいるが、竜の乙女は1人だけ』――私を妻に娶る男性が、未来の国王陛下となられます。王太子クラウディオ殿下は、私と婚約破棄した時点で王位継承権を放棄して『現国王の息子』に成り下がったのです。ご本人に自覚のないのがおかしいくらい。


「陛下、私は実家に帰らせていただきますわね」


 王妃殿下、いえ伯母様が笑顔で別れを突きつけました。焦った国王陛下が引き止めようと言葉を尽くすものの、伯母様は馬耳東風と聞き流して扇を広げて顔を隠してしまわれた。もう聞きたくないと拒絶する仕草ですわね。この場面で動くあたりも、さすが伯母様です。


 左手の指輪を外し、後ろの侍女が用意した台に戻す所作は『国王との離縁』を意味しておりました。伯母様が幼い頃から一緒に育った乳母の娘だった侍女アデラは、心得た様子で指輪を玉座の王妃の椅子に置きます。これで、ではなくなりました。


 だって、伯母様か私の夫が国王陛下と称されるのですから。親子揃って元王族へ格下げされた事実を、ご理解なさった方がいいわ。


「母上、何をしておいでですか! これから俺の愛する……」


「今日からそなたの母ではありません。そのような女と結婚するというなら、好きにするといいでしょう。私への紹介も、報告も必要ありませんわ」


 つんと喉をそらして王子の言葉を遮り、18年連れ添った夫へ一礼してこちらへ歩いて来られる。足運びひとつ取っても優雅で、とても美しい女性です。


 社交界の花と呼ばれる伯母は、メレンデス公爵家の特徴を色濃く残す銀髪を結い上げる美女です。このセブリオ国の女性貴族の中心にいるのは、王妃の地位へのお世辞ではありません。所作や振る舞い、その凛とした姿や言動に憧れる女性の多いことが理由でした。


 私にとって、王妃様のお茶会に頻繁に呼ばれるのは寵愛の証であり、覚悟を示す場でもあったのです。


「御機嫌よう、伯母様。お久しぶりですわ」


 優雅なカーテシーを披露し、お言葉がかかるのを待つ。


「本当に。あなたときたら、最近のお茶会を欠席するんですもの。半月近く顔を見ていないのよ、可愛い姪の顔をきちんと見せて頂戴」


 扇を畳んだ伯母様の言葉に頷き、素直に顔を上げました。王妃の肩書を捨てて身軽になられた伯母様は、にっこり笑って私を抱き締めます。伯母様がいつも纏う薔薇の香に包まれ、耳へ柔らかな声が囁く。


「これでやっと自由になれたわ。あなたに同じ苦労を味わわせずに済んで、私は嬉しいのよ」


 王妃殿下の離縁宣告に驚いた元国王が玉座に倒れかかり、貴族達は騒然となりました。王家とメレンデス公爵家の天秤は傾き、完全に勝敗が決した形です。


 アデライダ王妃様が離縁したら、女性貴族は一斉に王家に離反する――少なくともあのカルメン嬢に味方する者はいないでしょうね。もし味方をなさったら、男性は不貞を疑われ、女性ならば彼女と同類に分類されるのですから。

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