彼が工具を握る理由(ワケ)
青海月
First Half
其処はリブリア――魔法と科学を融合させた独自の技術によって、著しい発展を遂げた大国。しかし三年前に王朝が崩壊して以降、激しい内紛によって荒廃が進んでいた。
現在は三つの勢力によって国内が三分割されており、その内のひとつ・フリエッタ――資産家と元傭兵によって形成された実力主義社会を目指す勢力が、虎視眈々と反撃の機会を伺っている。
これはそんなフリエッタ管轄区域内のある街で生きる、ある整備士の身に起きた出来事……。
◆
「何だよコレ!? どんな乗り方したらこんな壊れ方すんの?!」
後方が大破したバイクを見て驚愕のあまり感嘆する青年は、ライリーという名の整備士。
「実は……敵を撒き切れなくて囲まれて、後輪から攻撃魔法を出して蹴散らすしかなくって……」
申し訳無さそうに事情を説明する青年は、モーガンという名の兵士。
「は? コレ一台作んのがどんだけ大変か分かってんの? 次そんな無茶したら、二度と修理してやらねーからな!」
「ごめんなさい……」
此処フリエッタの兵士達は、乗り物や武器を用いた奇襲・突撃を得意とする者が多い。それ故、整備士というのは非常に重宝される職業である。
そして専門性の高さ故にその人数が限られているという事情も有り、兵士との間に明確な上下関係が出来ることも少なくない。
尤も若手かつ元傭兵のライリーは、わりと良心的な部類であり――。
「風属性の魔水晶2個」
「へ?」
「持って来てくれたら、タダで直してやる」
「あざーっす!!」
モーガンはすぐに魔水晶の調達に向かった。ライリーはそれを見送ると、鼻で溜め息を吐いた。
(ったく、相変わらず現金な奴め。けど戦場で上手く立ち回って生き残るのって、案外ああいう奴だったりするんだよな……)
◇
ライリーの活動拠点は、街で一番の大富豪・フォストワード氏の邸宅の裏庭に設置されたガレージ。裏庭の管理を代行するという条件の下、此処に住み込みで働かせて貰っているのだ。
いつも通りの一日を終えたライリーは、キャンプベッドの上で自身の左脚のメンテナンスをしていた。
――傭兵時代、彼は戦場で味方を庇って地雷を踏み抜き、左脚を失ってしまった。その後、紆余曲折を経て整備士に転職した彼は自ら義足を作り、更にそれを自らカスタマイズしているのだ。
「おや? まだ起きていたのかね?」
「旦那!」
ガレージを訪ねて来たこの紳士が、雇い主のフォストワード氏。ライリーがロフトから降りて来ると、彼は優しく微笑んだ。
「どうしたんだい?」
「今夜は、なんだか眠れなくて……」
「ほう、君は随分と『眠れぬ夜』が多いな?」
その指摘に、ライリーは苦笑いで答える。
「まぁ良い。折角だし月見でもしないか?」
◇
夜空に浮かんでいたのは、煌々と輝く満月だった。心地良い微風が二人の頬を撫でる。
「ところでライリーよ、君にも家族がいたのだよな?」
不意に、真面目な顔と声でフォストワードが語り出した。
「分かりません。物事付いた時には、既にギルドで扱かれていたので」
「そうか……」
「どうしたんですか急に――っ?!」
彼の頬に一筋、涙の跡が有った。
「すまない、息子の事を思い出してしまってね」
「確か、王朝崩壊前に亡くなられたんですよね……?」
「ああ。王族や役人の子息達よりも成績が良かったが故に、彼等から惨い虐めを受け……殺されてしまったのだよ」
「!」
「無論、その事実も揉み消された。私はそれが、只々悔しくてね……」
初めて知る事実に、ライリーも胸が締め付けられる。
「かつての王朝や他の勢力のように血筋や身分にばかり囚われていれば、また同じ悲劇が起こる。それを防ぐ為には我々フリエッタ軍が勝ち進み、この国を統べるより他に無い。だから……私も指揮官として、前線に赴くことにした」
「!? そんな……」
彼もフリエッタの中枢を担う指導者の一人である為、戦況次第では充分有り得る話だった。
しかしライリーにとって彼は、居場所と仕事を与えてくれた恩人である。そんな彼が戦場に――自身の脚を奪った危険な場所に向かうなど、考えたくない程に心苦しい事だった。
「案ずるな、私は必ず勝って帰って来る。君の『夢』の為にもね」
「!! 俺の『夢』、覚えててくれたんですね……」
戦争の無い世界で、人々を喜ばせる物を発明したい。あと、家族が欲しい――それがライリーの語った『夢』である。
「君には留守番を頼みたい。この裏庭の管理は引き続き任せるよ」
彼の表情は、固い決意で満ちていた。
「(俺は、夢が見られるだけでも充分だと思ってた。けどこの人は、更にその先まで俺達を連れてってくれようとしてる。そんなこの人の想いに報いるには……信じて待ちながら、俺のやるべき事をするしかない!)分かりました。ご武運を」
ライリーもまた、覚悟を決めた顔で答えた。
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