下町の聖女は旅に出る
中田カナ
第1話
「悪いけどさ、あたし忙しいんで他をあたってもらえないかな」
神殿の神託により見出された聖女のもとを訪れ、魔王討伐パーティへの参加を要請したらいきなり断られた。
王都の下町のはずれにあるかなり古そうな小さな家。
聖女はまだ若い女性で、背は高めだがかなり痩せており、ボサボサの長い黒髪を紐で大雑把にくくっていた。
「神殿の神託によりこちらを訪ねてきた。すまないが一区切りついたら話を聞いてもらえないだろうか?」
こちらとしても簡単に引き下がるわけにはいかないからな。
「…わかった。ところで、あんた誰?」
「神殿の神託で勇者と認定された者だ」
聖女が俺のことをじっと見ている。
「確かこないだ選ばれた勇者って王子様とか聞いた気がするんだけど…?」
「ああ、俺は第三王子だ」
「あ、そう。じゃあ、とりあえず邪魔にならないように隅の方にでもいてよ」
聖女は次から次へとやってくる患者を治療していく。
治療中の聖女が発する魔力は、いくつもの色が混じった今までに見たことのないような強く綺麗な光として見えた。
ひっきりなしにやってくる患者が途切れたのは夕方になってからだった。
「あんな報酬でやっていけるのか?」
本題に入る前に気になっていたことを聖女に聞いてみた。
ずっと治療の様子を見ていたが、支払いはほんのわずかな金額だったり、人によっては食べ物などお金以外のものだったのだ。
「とりあえず食っていければ十分かな。治療代は一応決めてはあるんだけど、払える時に払ってもらえればいい。金がないからって治療をあきらめて欲しくないしね」
「…そうか」
そこから話を切り替えて本題である魔王討伐について説明した。
一通り説明した後、聖女はなにやら考えていたが、しばらくして口を開いた。
「でさ、その魔王討伐パーティってのは何人いるの?」
「勇者である俺、賢者、戦士、魔術師の4人がすでに選ばれていて参加も決まっている。あとは聖女であるお前が加わるだけだな」
「なんであたしじゃなきゃダメなんだ?神殿とか王宮には治癒魔法が使える奴なんていくらでもいるんじゃないの?」
「いるにはいるが、聖女は魔力量の桁が全然違うんだ。普通の治癒魔法の使い手は朝から晩までぶっとおしで数え切れないほどこなすとかありえないぞ」
聖女が少し驚いたような表情をする。
「そうなんだ、知らなかったよ。でもさ、あたしは1人でも多くの人を救うという目標を持ってやってんだよね。だから4人のためだけに働くってのがちょっとひっかかるかなぁ」
「魔王を討伐することでそれこそ数え切れない人々を救うことができる、と考えることも出来るんじゃないか?」
「そう言われると反論しづらいな…いいよ、参加しても」
ふーっと息を漏らす聖女。
「ホントはなんとなくだけどわかってた。あたしには何かやらなきゃならないことがあるって、ずっと感じてはいたんだよね。ただ、あんたらの仲間に加わるには条件がいくつかあるんだけど」
「ああ、可能な限り対応しよう」
「まずはあたしがいない間の治療体制を整えてほしい。そうでないと安心して旅に出られないからね。王都の下町にあるこのボロ家が拠点だけど、周辺の町や村も定期的に巡回してる。ホントは時間と体力が許すならもっと範囲を広げたいとこなんだけどね」
「承知した。医療体制の充実は国王である父上も以前から考えておられた。この際、聖女の要望ということで多少の無理は通させてもらおう。治癒術師をそれなりにかかえている神殿にも協力を要請する」
「次にあたしは見ての通り教養もへったくれもありゃしないただの平民だ。上の身分の人に対する言葉遣いもできちゃいない。多少の無礼な物言いは許してもらいたいかな」
「それはかまわない。今回結成する魔王討伐パーティのメンバーは身分など関係なく全員平等な立場でいきたいと考えている。俺も王族だが、そのあたりは一切気にしなくていい」
「それはありがたいね。最後にあたしが聖女だとか勇者パーティに加わるってことは周囲にあまり知られたくないかな。戻ってきた時にやりづらくなるのは困るから」
「わかった、何か上手い理由を考えておこう」
そしてしばらくの準備期間を経て魔王討伐パーティは王都を出発した。
聖女は治療に必要な医療や薬学などの知識を本格的に学ぶことになったということにして、留守の間は神殿の治癒術師たちが治療に当たることになった。
魔王討伐パーティは全員がそれなりに常識をわきまえた大人ということもあり、即席のメンバーとは思えないほど上手くやれている。
一番年上は賢者で、その次が戦士。女魔術師は年齢を明かしていないが、戦士と勇者である俺との間くらいだろうか。
聖女はてっきり俺と同年代かと思っていたが、実はまだ十代後半で一番年下だった。
空き時間にはお互いに知識や技術を教えあうこともある。
賢者と女魔術師は移動中もたびたび議論を戦わせていた。あまりに白熱しているので喧嘩のように見えることもあるが、終わればケロッとしている。
勇者である俺と戦士も暇さえあれば手合わせをしている。実戦経験の豊富な戦士との手合わせで新たに気がつくことも多かった。
そして読み書き計算がかろうじて出来る程度で、今まで学ぶ機会がなかったという一番年下の聖女にみんなでいろいろと教える。若いせいか吸収も早い。
「勉強ってこんなにおもしろいものだったんだねぇ」
聖女はなんだかうれしそうだった。
旅の途中、思いがけない変化もあった。
貴族出身の女魔術師は年下の聖女を妹のように可愛がり、髪や肌のケアや化粧などを教え、時には服まで買い与えていた。
そして栄養状態が改善したのかガリガリの痩せすぎ状態から脱却し、肌つやも格段によくなってボサボサだった長い黒髪もつややかになった。
立ち寄った町や村では、女魔術師と聖女を見て老若男女問わずその美しさにため息をつくほどになっていた。
「うふふ、初めて会った時からこの子は磨けば光る!って思ってたのよねぇ。うちは男兄弟しかいなかったから、こうして女の子をかまえるのって楽しいわぁ」
そう言いながら女魔術師は聖女にベタベタしまくっていた。聖女も少し恥ずかしそうではあるが、まんざらでもなさそうだ。
そんな様子を眺めながらふと思う。
下町にいた頃の聖女が口の悪さや身なりに気を使わずにいたのは、おそらく自分自身を守るためだったのだろうと。
旅が進むにつれて集落もまばらになり、野営の機会も増えてくる。
一番年下の聖女は雑務を積極的にこなしていた。
「何か手伝おうか?」
食事の支度をする聖女に話しかける。
「ううん、炊き出しとか昔からやってて慣れてるから大丈夫」
水や火の魔法を駆使して料理をてきぱきと作っていく。
「お前、治癒以外の魔法も使えるんだな」
「うん。ただ昔からそうだったけど、あたしは命あるものを傷つけるってのができないんだよね。食うに困った時に自分で狩りをしようと本気で思ったんだけどさ、魔法が発動しなくてダメだったんだ。だから申し訳ないけど戦力にはなれないから、そこんとこよろしくね」
「ああ、わかった」
野営での火の番は交代で行う。
俺は戦うことができない聖女とともに火の番に当たる。
「なぁ、前から気になってたんだが、あれだけ治癒魔法が使えるんなら神殿から声がかかったりしなかったのか?」
「あったよ。でも全部断ってた」
「なぜだ?」
火を見つめながら聖女が話し出す。
「死んだ母も治癒魔法が使えて若い頃は神殿にいたこともあるんだけど、重篤な状態の平民より軽症の貴族を優先するなんてのが当たり前になってて、そのせいで亡くなる平民もたくさん見てきたって言ってた。これじゃいけないって神殿を飛び出して街での治療を始めたんだって。だから神殿とは関わりたくなかった」
なるほど、そういうことだったか。
「お前の母上がいた頃は前の大神官だったんだろうな。前の大神官はさまざまな不正が発覚して失脚し、現在の大神官は神殿の大改革を断行した。今は本来あるべき姿に戻っている。だからお前の代わりの治療も快く引き受けてくれたんだ。
そういえば大神官はお前と話してみたいと言っていたぞ。もしかしたらお前の母上のことも知っているのかもしれないな」
「そうなんだ…知らなかった。あたしもちょっと会ってみたいかも」
聖女は火の明かりの前で穏やかに微笑んでいた。
ただ単純に綺麗だな、と思った。
魔王の居城が近付くにつれて魔族による襲撃が増えてきたが、戦闘に慣れるにしたがって呼吸も合うようになり、いちいち口に出さなくてもスムーズに連携が取れるようになっていた。聖女も攻撃には加われないが、的確にメンバーのフォローをしてくれていた。
そして魔王との最終決戦はどちらから力尽きるまでの長丁場となり、他のメンバーが限界を超えてしまったため、最終的に勇者である俺と魔王との一騎打ちとなった。
しばらくにらみ合いが続いたが、物陰に隠れていた聖女が女魔術師から教わった土魔法で魔王の足元を揺らしてほんのわずかな隙を作り、勇者である俺がとどめを刺して勝敗は決した。
魔王が消滅した後、聖女は残りの魔力すべてを使ってパーティメンバー全員に治癒魔法をかけ、魔力切れで崩れるようにその場に倒れた。
「…ここ、どこ?」
「お、目が覚めたか。王都に向かう馬車の中だ。お前、丸1日眠ってたんだぞ」
目覚めた聖女に声をかける。
「…みんなは?」
「お前の治癒魔法のおかげで全員元気だ。今はお前が一番重症だな」
目が覚めたばかりでまだぼーっとしていた聖女だったが、だんだん意識がハッキリしてきて現状に気づく。
「あたし、なんであんたに抱きかかえられてんの?」
「クッション代わりだ。馬車の振動が軽減されるだろ?勇者であり王子でもある俺がお姫様抱っこしてやってるんだ。ありがたく思え」
「いや、その、もう目が覚めたんだから降ろしてほしいんだけど…」
「ダメだ、認めん。まだ顔色が悪いじゃないか。ほら、もうしばらく寝とけ」
聖女に毛布を被せる。
しばらくは抵抗していたが、眠気に負けて聖女が再び目を閉じる。
小さな寝息をたて始めた頃、同じ馬車内にいる女魔術師がニヤニヤしながら言った。
「まったく、勇者様は聖女に甘々だねぇ」
魔王を倒したことにより、王国は莫大な財宝や膨大な量の魔石や素材を手に入れ、賢者と女魔術師が持つ収納の魔道具で王宮に持ち帰られた。
ただし、財宝の多くは各地から奪われたものなので、可能な限り返還していくことになる。
そして王国に貢献した勇者パーティの面々は、多額な報酬と終身年金の他に望みを1つかなえることが認められていた。
賢者は王宮に保管されている秘蔵の書物の閲覧を申し出た。
女魔術師も門外不出の魔道書の閲覧を希望した。まだ未解読のものが多く、今後の研究テーマにするそうだ。
そして賢者と女魔術師は結婚した。
「新居は賢者さんちだから遊びに来てね~」
「勝手に転がり込んできておいて偉そうに…まぁ、王宮からも近いからいつでも気軽に来るといい」
照れを隠すように賢者は視線をそらせた。
戦士は俺のすぐ上の姉である第二王女を望んで娶った。ずっと前から2人が恋仲だったのは知っていた。身分差は魔王討伐という実績で帳消しになった。
「姉上のこと、よろしくお願いします」
「…うむ」
俺の言葉に戦士のほんの少しだけ照れた表情が印象に残った。
聖女が望んだのは医学および薬学の学校設立だった。
教育や医療・福祉に力を入れたい国の方針とも合致したので、その望みはあっさりと認められた。軌道に乗るまでは時間がかかるだろうが、治癒魔法の使い手がそう多くない現状を考えれば必要なことなのだろう。
そして聖女は訪ねてきた大神官と話すことが出来た。
地方での治療に力を入れたいという聖女に、大神官は引き続き王都の下町や周辺の町や村での治療を行うことを約束してくれた。
「私は神殿にいた貴女の母の力になることが出来ませんでした。彼女と同様に勇気ある貴女のため、私は出来る限りのことをいたしましょう」
大神官は聖女に頭を下げた。
「お前さ、何か自分自身のためになるものを望めばよかったのに」
魔王討伐の旅を終えて休養のため滞在している離宮のテラスで聖女に話しかける。
「ん~、お金とかそういうのは別にいいかなと思ってさ。それにめぐりめぐってあたしも楽できるはずだしね」
聖女が俺を見つめる。
「そういうあんたは何を望んだの?」
「俺か?俺は自由が欲しいと言った」
「自由?」
小首をかしげる聖女。
「ああ、自由だ。もともと王位継承からは遠い立場だったが、思うままに生きたいと思ったんだ」
「そうなんだ、ヘンな奴だね。みんなが憧れそうな王族の暮らしを捨てちゃうなんてさ」
聖女がそう言いながら笑う。
「そうかもな。でな、自由になったんで俺はお前と一緒にいることにした」
「…は?」
聖女はあっけにとられたような表情になった。
「お前、地方で治療をしたいって言ってただろ?俺も魔王討伐の旅で王都以外の地を見て、いろいろと思うところがあった。だから地方をまわって得た情報を王宮に送り、今後の政策に生かしてもらおうと考えている。
そしてお前は俺という王族の後ろ盾を得て、さらに魔王を倒した俺が護衛につくんだから、これ以上はないほど安心して旅と治療が出来る。ああ、大神官からのお墨付きの書状ももらっておいたぞ。ほら、いいことづくめじゃないか」
「そ、そうなのかな?」
とまどう聖女。
「そうだとも。それにお前は他の女と違っておもしろいから飽きそうにないしな。魔王討伐の旅の時のようにお前とたくさん話がしたい。ずっと一緒にいるから覚悟しとけ」
そう告げると聖女の顔は真っ赤になっていた。
「ずっとそばにいるんなら、こっちだってこき使ってやるんだから覚悟しときなよ」
下町の聖女は旅に出る 中田カナ @camo36152
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます