死にゆく少女の備忘録
死にゆく少女の備忘録
著・涼 風
https://kakuyomu.jp/works/1177354054898019193
さよなら列車に乗車した自殺未遂の宿木玲緒菜が人生を振り返り、生きる幸せに気づく物語。
読後、物悲しくも切なく、かすかな光が見える。
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を参考にしているのが伺えた。
各話冒頭には話の内容、命に関する偉人の名言が書かれている。嫌いじゃない。
三階程度の廃ビル。古いならおよそ十メートルの高さから主人公宿木玲緒菜は投身自殺を図ろうとする。打ち所が悪ければ一メートルの脚立の上から落ちても死ぬのだから、高さが問題ではない。
屋上から下を向いたとき、「街灯の淡い光がわずかに道を照らして」いたのに、覚悟を決めて一歩足を進めて下を見ると「真下は真っ暗闇で、まるでこれからの私を暗示しているかのようだった」とある。街灯のわずかな灯りも見えなくなっている。
夜二十一時を過ぎると、節約のための間引き消灯が行われる地域もある。屋上に来てすぐ飛び降りたわけではないかもしれない。あるいは街灯が消える時間を見計らい、屋上に上がったのか。
どちらでもなくて、おそらくここからファンタジーが始まっているという表現なのだろう。
一カ月、飛び降りようとしては未遂に終わっているという。
毎日決まった時間なら、周囲の目撃者が通報していると思う。毎日屋上に来ていたわけではなく、しかも時間を変えているのだ。
満月からやってきた二両編成の蒸気機関車が屋上に停車する。
「過度なストレスのせいで、幻覚が見えるようになったのだろうか」
とあるので、主人公は過度のストレスを抱えて疲れ切っている。
二両の列車とあるので、おそらく機関車の後ろに客車が二両あるのだろう。三階の廃ビルの屋上に、およそ二十メートルあるD51が停車できる広さがあるとは思えない。
全長五メートルほどの第一号形蒸気機関車かもしれない。客車はおよそ七メートルとすると、長さが二十メートル、屋上の総面積が四百平方メートルくらいの廃ビルなのだろう。
背丈は高く、黒い制服姿の車掌と名乗る男は、顔が見えない。はじめから狐の面をつけて現れていても良かったのではないか。何色なのかはわからないが、おそらく神様の使いの証である白だろう。
顔がわからないということは、主人公が知る人物ということだ。この時点でおのずと誰なのかが想像できる。
車掌の説明によれば、彼女が乗車したのは「通称:さよなら列車」自殺未遂をした人と車掌が話をする命について考える場所。死を望めばあの世、生きることを望めば元の世界へ送ってくれるという。
彼女は、十六年間生きてきた人生を語りだす。いじめを受け、母が病死し父は失踪、親戚に引き取られるも孤独を抱え、生きる理由を見いだせないまま、人生を退席することを決めたという。
語り終えたとき、次の乗客が現れる。
緑色のTシャツをきた七歳の男の子に「久しぶり」といわれる。
DVの父親に殴られ母は家出、「お前が生きているせいで」といわれ自殺を考えたという。話し終えた男の子は彼女に「ありがとう」といい、彼が望んだ鯨が飛ぶ雲上の世界で下車した。
「まるでジョバンニになった気分です」と呟いた宿木は、カンパネルラのような鐘本遥という同級生が、かつていたことを思い出す。
さらりとシャルル・ピエール・ボードレールの詩集「悪の華」を読んでいたことがわかる。まるで漫画「惡の華」の主人公みたいだ。
好きな本、好きな作家、これまでの人生。様々なことを語り尽くした二人。鐘本の好きな作家は「宮沢賢治」で、好きな作品は「銀河鉄道の夜」である。友達とおもえた唯一の子は、父親の転勤で引っ越してしまったのだ。
すると、つぎの駅で乗ってきたのはその鐘本遥、彼女だった。主人公の宿木といるときが楽しかったと昔話を語りだす。
転校後の彼女は、虚言と妄言をくりかえし、互いに道化芝居を演じる毎日がつまらなかった。人生が楽しいと与えてくれた宿木がいなくなってしまったから「自殺という手段で退屈と怠惰から逃げようとした」と語ったのだ。
宿木が知りたいのは、鐘本が自殺しようとしたのか、だった。どうやら以前の彼女は「寿命以外ではしなない」と公言していたらしい。
違うと答え、「この旅が終わればわかる」と告げる。
もとの世界に戻るつもりはないという宿木に「あなたは生きてほしい」といわれ、一緒に戻るならと条件を出す。
それには答えず、ずっと大切にしてきた汚れた指輪を渡され、幸せかと聞いてきた。
「私は幸せ。あなたがいるから。あなたと会えてほんとに良かった」
窓の外が明るくなり、「あなたは自分の中のほんとうのさいわいを見つけれるわ」と言葉を残し、ありがとうと囁いて彼女は消えた。
戻ってきた車掌が再開した話によれば先程の子供は「ある男と出会い(中略)精神的に弱っていたあなたにつけ込むかのように蝕んでいき(中略)産むはずではなかった子供を産むことになります。あなたと子供はその男から酷い暴力を受け(中略)家を出ていきます」と言われる。
列車は四次元になっており、時間軸に囚われていないらしい。
子供は憎んでおらず、母親を愛していた。車掌に「玲緒菜さん。あなたには生きてて欲しい」といわれたとき車内に光が差し込み、耳元で「お母さん。ありがとう」と少年の声がし、「私、頑張るよ。卓也」と小さな声で呟く。
生きることに疲れ果てて自殺を図ろうとしていた主人公が、仲の良かった友達に「生きて」と言われて先に死んでいったあとで絶望的な未来を見せられて、子供は愛してくれているから「私、頑張るよ」と言えるだろうか。
過度のストレスを抱えた十六歳の子が、このやり取りで容易く生き方を転換できるのなら、たいして絶望していなかったのだろう。
列車に乗ることがなければ「これからずっとビルの屋上に通うけれど、飛ぶことは一度もありませんでした」と車掌は未来を見てきたように語っている。
自殺を踏みとどまるには、自殺以上の覚悟と勇気が必要だ。彼女は死にたかったのではなく、生きることに疲れていただけなのだ。
疲れたなら休めばいい。長い休暇をとることで、心身も休まり時間に余裕が生まれ、頭にも余白ができる。余裕が頭の中を整理させ、切り替えることで新たな気持ちで物事に取り組めるようになるのだ。
大事なのは、人生にどうやって長期休暇をとるのか。この「さよなら列車」こそ、彼女にとって必要な長期休暇なのだ。
そもそもこの車掌は何者なのか。
主人公は失踪した自分の父親「宿木博文」と言い当てる。自分の話はできないと舌の根も乾かぬうちに「大きくなったね、玲緒菜」とあっさり認めてしまう。
これはおそらく、約束があったのだ。彼女に言い当てられるまでは自分が何者なのか話してはいけなかった。これが、四つめの約束である。言い当てられたから、お面が外れたのだ。
彼は失踪後、落ちた人を助けて電車に轢かれている。声がして、二つの選択肢の中から娘を救うを選び、車掌となったという。そのときの四つの約束といい、列車の乗客といい、すべてが主人公の人生に関係する、彼女のために用意されたものだった。
三つめの二〇二〇年七月十三日まで主人公の人生に関与しないこと、とある。
カクヨムにこの作品が掲載開始されたのが二〇二〇年六月三日。
車掌が主人公の人生に潤いを与えてくれた鐘本遥を思い出させたのは、第四話の二〇二〇年七月十三日。この物語のターニングポイントだったのだ。
最後の乗客である母には会いたくない、と拒んでしまう。
電車に轢かれて死んだ父親に声をかけて列車に乗せたのは、病気で死んだ母親だろう。母親は娘を愛していたのだ。だから失踪した父親に罰を与えるように、娘を助けるための車掌をさせたのだ。
一人暮らしをはじめて三カ月後。宿木は、友人の鐘本遥が学校火災で亡くなったニュースを見る。自殺ではなかったのだ。
彼女からもらった指輪は、あの日列車での出来事が夢ではなかった印。輝いたのは、彼女との思い出は美しいまま光り輝いて残っているということだろう。
何気ない日かも知れない始まりの一日を彼女は生き、列車の体験を本にしたのがこの作品だ。
重いテーマをよく考えて書いていて、すごいなと思った。
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