龍のいる水族館
龍のいる水族館
著・水森紫季
https://kakuyomu.jp/works/1177354054918443316
死を見送ってきた怪しげな水族館の大水槽の主・竜神から生きる理由を見出す私の物語。
読後、ほんのり暖かな感じがした。
かつて人類は、自然の一部として生きてきた。やがて森を出て農耕をして自然を作り変え、自然とのつながりを失っていった。
自然は人間にとって他者であり、わたしたちは自然の外に存在し、自然の上に立っている。だけど見方をかえれば、現代のわたしたち人類は自然から追放された存在であり、自然のコミュニティーの親密さからも締め出されている。
ペットは、自然をつなぐ数少ない存在だ。ファンタジーも、自然とのつながりを復活させることができる数少ない存在である。ファンタジーがけっしてハッピーエンドで終わるとは限らないのも、自然の厳しさを有しているからだ。たとえ悲劇で終わったとしても、そこに明日への希望が残る作品こそ、すぐれたファンタジーといえる。
辛い現実を生き抜くには、日常の中に非日常であるファンタジーの力を借りなくてはならない。主人公のわたしも同じように、不思議な水族館へと足を踏み入れていく。
昔話なら森の中の池や沼だが、現代の竜神は大水槽に棲んでいる。
主人公は本を持って竜神に会いに来ては、世の理を問いかける。
子供向け特撮ヒーローの絵本、公民の教科書、ツルゲーネフの「初恋」と本が変わることで時間経過、幼い頃から高校生までずっと通い続けているのがわかる。
子供向けの特撮ヒーローの絵本とはなにか。
おそらくスーパー戦隊だろう。ウルトラマンは政治性や物語性が強い。ライダー同士が戦う仮面ライダーは、絶対的悪も超越的正義も存在せず、自己目的化したコミュニケーションのために戦っている。
型を守り続けてきたスーパー戦隊も、最近では仮面ライダーの表現方法に近づきながら新たなヒーロー像を模索している。それだけ正義を表現するのは難しい時代なのだろう。
「初恋」を読んでいる彼女はすごい。
一八六〇年に発表された当時、ロシアで大ベストセラーとなり、夢中になった少年たちに大きな影響を与えたという。作者イワン・ツルゲーネフの半自伝的小説で、十六歳少年の儚い初恋物語だ。
近くに越してきたうつくしい貴族の娘ジナイーダと出逢い、恋に落ちる。高飛車で、狡猾。若い男たちをはべらせ、小悪魔的に振舞う彼女に弄ばれる。彼女の真の恋人は誰なのか気になり、ついに彼女が自分の父親の愛人だった事を知る。父親の前では従順で隷属的な女性である姿を目撃した彼は、無言で立ち去る。
恋をしているときの根拠なき自信と過ぎ去った青春を思い出し、「あの時間を無駄にしなければすごいことができたのに」と思ってしまうまでが「初恋」なのだ。そして彼の父親は「女の愛を恐れよ、かの幸を、かの毒を恐れよ」という短い手紙を残し脳溢血であっさり死ぬ。四年後、ジナイーダは結婚し、お産で亡くなった。ツルゲーネフは生涯独身を通したという。
そんな本を彼女は読みながら、竜神に「恋ってなんですか?」と尋ねていたのだ。
龍神視点にかわったとき、物語が動く。
主人公だった少女の両親が心中した。両親が大好きだったけれど、心のなかで死ねばいいと思ったら死んでしまったことに対して、処女は自分を責めていた。
公民の教科書を読んでいたときのサブタイトルが「親殺し」である。このころ、彼女は心のなかで思っていたのかもしれない。
心中の理由はわからない。ただ「私は、オカシイから、あの人達の言うように、私が、オカシイから、だから、あの人達は死んだんですか」と少女は思いを吐き出している。
彼女の言った「私は、オカシイから」とはなんだろう。
水族館に竜神がいて、いつも話をしていることを親に話したのかもしれない。「変なことを言っている」「この子は頭がおかしい」と親に言われたのかもしれない。そのことで両親が揉めたのだろうか。
自責の念にかられて死を選ぼうとする少女に対して、竜神は彼女の意志を無視して魂返しを施す。
魂返しとは、恨みや妬みなどの低い生霊に取り憑かれし乱れた魂の緒を解き、迷える魂と魄を天地の宮へ返す浄霊であろう。
悠久を生きる竜神からみれば、人間は短くもろくてか弱い生き物。
故に、生きられる限り生きてほしかったのだ。
再び主人公視点に戻る。竜神は彼女を元気づけようと無理強いして聞こうとはせず、能力の変化をみせて楽しませる。
彼女は遠縁に引き取られることになるのだが、ここより遠いため、竜神に会えなくなる。そもそも引き取られるのは彼女の望みではない。しかも生きる意欲をなくしており、ひどく疲れていた。
彼女の望みは、いつまでも竜神といること。すでに化け物になっているからと水槽へ入るが、彼女は人間であり化け物ではなかった。
彼女は夢を見る。夢の中で竜神の過去を知る。生きることに疲れた人達が竜神の元を訪れ、話をしてはやがて躯になっていく。くり返される嘆きを、悠久を生きる竜神は見続けてきた。
水槽の縁で目を覚ました彼女は竜神に問いかける。
「……何人、見送ったんですか?」
「覚えていられない。何せ、こちとら悠久を生きてるんだからな」
「死って、何ですか?」
「さよならだよ」
「……では、生は?」
「また会いましょう、じゃないか?」
少女は帰ることを決めた。竜神とまた会いたい、会いに来たいと思えたから、一歩前へ踏み出せたのだろう。
大人になった彼女が再び水族館へと脚を運び、竜神と再会するところで終わる。
生きる意味を見いだせたから再会できたのだ。
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