【ロングストーリー部門】中間選考作品

人魚姫は恋をしない

人魚姫は恋をしない

著・hanasaki

https://kakuyomu.jp/works/1177354054898217434


 片想いの男女が勘違いのまますれ違った失恋を、人魚姫のお話で鎮魂する物語。


 物悲しいお話だった。

 描写がなくてわかりにくいところはあるし、感嘆符後の一文字をあけるなど気になるところはあるが、それらはひとまず脇においておく。

 プロローグとエピローグがある。

 本編をプロローグとエピローグで挟んで「実はこういう話だったのだ」と物語でなにを見せたいのかを読み手に伝えるために書いたり、舞台設定の説明を事前に披露して読者に理解されやすくするためにつけられるものだ。

 中には好きな作品にプロローグがあったからと自己満足で付ける作者もいるが、読み手としてはプロローグを削って本文の書き出しと最後を呼応させる工夫をしてほしいと思うだろう。できるならプロローグをバッサリ切って、書き出しを読ませた方がいい。

 では、プロローグは不要だろうか? 本編で主人公と対になる存在の登場が遅れて現れる場合こそプロローグを利用できるため、必要だ。

 プロローグは、人魚姫のお話と対にして、現代の人魚姫に恋をした僕の話が詩的に綴られている。そしてエピソード1では、主人公は何かしらの本を読んでいる。エピローグでは墓標に本が供えられる。エピローグを読んだあと、プロローグを読むと、書かれていた本の内容を読めるというループ構造を考えて作られている。


 エピソード1。主人公の耳に、告白する「梅雨名残の蒸し暑さに負けない、暑苦しい声」が聞こえてくる。

 梅雨名残ということは梅雨が明けたばかり。最近は梅雨明けは遅く、七月だ。平年とくらべて沖縄九州では十日、四国で一週間、関東甲信あたりまでは数日、北陸や東北は平年並みに明けている。

 物語の場所はわからないが、夏休みに入る頃だろう。そう思って読み進めると、「初夏の風を浴びながら、読書に浸っていた僕の意識が現実に戻される」と続く。

 初夏とは夏の始め、五月から六月はじめにかけての頃だ。

 ここでもやっとした。どこで読書をしているのかも気になるけれど、梅雨明けだと思ったら梅雨入り前の風が出てきたからだ。今はいつなのだろう。

「チューバのように空気を振るわせるこの声を、僕は知っている」

 楽団の最低音を支える重低音を響かせる金管楽器。チューバの音は、ゾウみたいな低音の音がでる。そんなふうに聞こえた声を、「僕」である主人公は知っているという。

 知り合いが告白している声がきこえたので、「生暖かい目で見守ってやろうと」主人公は窓辺に近づいた。

 生暖かく見守るという言い回しは、「暖かい目で見守る」という表現をもじった言い方だ。どちらかといえば冷ややかで微妙な気色の悪さを含んだ立ち位置から静観しているのだ。

 どうやら主人公はどこかの部屋にいるらしい。声が聞こえたのだから、窓は開いている。窓辺から「緑の生い茂る桜の木の下に、目的の人物たち」をみた。

 野球帽をかぶっていたせいで額が日焼けしていない男子生徒と、色白な女子生徒。

「ようやくその気になったのかよ、と滑稽な日焼け男子を軽く笑う。少し傾いた陽の射し込む教室に、僕の声が響いた」

 主人公は教室にいたのだ。少し日の傾いたとあるので、昼休みだろう。僕の声が「響いた」のだから、教室にクラスメイトがいたら、先程のつぶやきは聞かれたに違いない。

 告白された色白の女子は、主人公の幼馴染。彼は彼女のことを「人魚姫」と呼んでいる。

 告白を受けた女子がなんと答えたのかは聞こえなかった。なぜなら、「ここは校舎の二階で、向こうは校庭の端の方にあるのだから。直線距離でも数十メートルは離れていると思う」

 校庭の端にいる二人と、校舎の二階にいる主人公との直線距離は数十メートル。意外と近い。

 小中学校の校舎の二階ならおよそ十メートル、高校校舎の二階なら十二メートルほどの床高がある。五十メートルや百メートルくらい離れていればそう表現するはず。十数メートルではなく数十メートルということは、二十~三十メートルくらい直線で離れていると推測される。

 表現が大げさだからわかりにくかったが、校庭の端とは校舎の傍のことに違いない。だから隣にいないにも関わらず「初夏の香りを乗せた風が人魚姫の長い髪を乱した」や「彼女と視線が重なった気がした」と主人公は思えたのだろう。

 とにかく、季節は初夏らしい。

 席にもどった主人公は「再びフィクションの世界に潜り込む」とある。先程まで読んでいた読書を再開したのだろう。

 そこに主人公をフルネーム「藤崎海吏」と呼ぶ人魚姫、幼馴染の姫川が現れる。

 彼女が男子から告白されるのは今月で四回目。多いか少ないかは、本人の感覚によるところなのでわからない。一回でも多いと思う人もいるだろう。それが一カ月に四回もなら、すごい。

 二人の会話から「来週から夏休み」だとわかる。

 どうやら、初夏ではなかった。


 エピソード2冒頭、軽く回想が入る。さらりと回想するのがいい。

 幼いころ、主人公は幼馴染を好きになり「ずっと守ってやる」と誓った。その約束を破るほど「無粋な人間」ではなく、彼女に告白してくる男子を陰ながら阻止してきたのがわかる。「生暖かく見守っていた」のはそういう理由からだ。

 無駄に顔の整った委員長に「姫川さんのこと好きでしょ?」と指定されるも違うといい、趣味で阻止しているわけでもない。彼には彼なりの理由があるらしい。

 夏休み前の最終日、幼馴染が委員長に告白される現場に遭遇する。藤崎は、教室内で繰り広げられている二人のやり取りを、廊下で盗み聞きしていた。幼馴染は「恋をしないって決めてるから」と委員長に答えた。彼女にもなにか事情がありそうだ。彼女が恋をしない理由を、主人公の藤崎は知らなかったのだ。


 エピソード3、現在過去未来という流れで話が進む。組み立て方がうまい。藤崎は幼馴染の誘いで海に行き、「なんで君は恋をしないって決めてるの?」と問いかける。素直に委員長とのやり取りを聞いたからと答えるところは、好感がもてる。

 彼女は自分が「人魚の末裔」だと打ち明け、永遠の命を持つ人魚の寿命が決まるのは「恋をしたとき」だから、一世一代の恋しかできない。失恋をしたら御伽話のように泡となって消えてしまうと語った。

 藤崎は彼女の話を信じた。普通の人なら飲み込めないだろう。


 エピソード4、季節は晩秋に移る。イチョウが舞い上がった情景の中、誰かから告白を受ける藤崎。最近の温暖化で紅葉の色付きは遅れ気味だが、地域によって霜が降りる時期に差はあるものの、大体十一月中旬から下旬辺りが一般的。

 間近に迫る文化祭。「そのうち告られるよ」と幼馴染にいわれたことが現実になったのだ。

 告白してきた妃さんに、ごめんと答える藤崎。妃さんがどういう女子か描写がないのでよくわからないが、告白を断られたときは困り顔で笑い、アルトの低い声で悔しがっている。

 彼女は片思いを引きずっていては文化祭が楽しめないと考え、けじめとして彼に告白したのだ。彼女には、藤崎が姫川が好きなのに一生告白しない理由がわからない。

 この告白の様子をどこかからこっそり見ていた姫川は、二人が付き合う事になったと誤解する。描写がなくてわからなかったが、(おそらく校舎の)中庭で藤崎が告白されたことが読者にわかる。


 エピソード5。誤解されて姫川に避けられている藤崎が放課後、教室でため息を付いていると、笹山さんに声をかけられる。

 笹山さんって誰? おそらくクラスの女子だろうけど、どんな子だろう。

 二人のやり取りから、付き合ってると誤解されている理由が明らかになる。

 告白されたあの日、藤崎は「姫川に告白しない」といいながら妃さんの前で泣いてしまい、成り行きで彼女に抱きしめられながら慰めてもらっていた。文化祭は委員会の仕事の都合で、妃さんと一緒にまわった。二人は放課後の教室でキスしたと噂まで広まる始末。

 姫川は、嫉妬している。

「藤崎といるとき、藤崎のこと話してるとき、藤崎を見てるとき……楽しそうにしてるんだ。心の底から。恋するやつの顔してたんだよ。ずっと」

 第三者の笹山さんに言われて、藤崎は姫川の気持ちに気づく。

 気づいているものとばかり思っていたので、おどろいた。

 姫川が帰宅していないと知ると、心当たりの場所へ探しに出かける。男の子はそうでなくては。


 エピソード6。夜の海岸にいた姫川に藤崎は告白する。

「小学生のころから好きだったんだ。初恋でずっと片想いなんだ。君の幸せのためだったら僕は手を引くつもりでいた」

 人魚姫は失恋すると消えるから、という意味だと思った。

「そしたら君が恋をしないとかいうじゃないか。諦めようとした。この気持ちはずっと墓場まで持っていくつもりだったんだ」

 人魚の末裔の話を聞く前から、藤崎は彼女に告白しないと決めていた理由がよくわからない。もやっとする。

 いろんな男子から告白されている彼女は、彼にとって高嶺の花。だから彼は、自分の思いを彼女に告げるのを諦めたのだ。自分に自信がなく、振られて傷つくのが怖かったのだろう。

 読みながら邪推していると、ふとスティーブ・ジョブズの言葉が浮かぶ。「一番大事なことは、自分の心と直感に従う勇気を持つことだ」できない理由を探すより、誰であっても自身の心に従う勇気を忘れてはいけない。

 姫川は「たった一回の恋で結ばれなきゃ消えるの」といって、十五で失恋して命を散らしたおばさんの話を持ち出し、頑なに恋してはいけないと言い張る。なぜなら彼女は消えたくないから。

「人間は絶対に心移りする。ずっと同じ人を好きでいるなんてありえない」

 藤崎を好きになって彼が心変わりして失恋すれば、姫川は消えてしまう。それがわかっているから藤崎は姫川の耳元に囁くのだ――消させない、と。

 勇気をもって行動する彼の姿は素晴らしい。

 心変わりはしないと誓う。それでも姫川は信用してくれない。

「僕が離れる確証なんてないだろ。これからどうなるかなんてわからない。でもこれだけは言える」と、藤崎は思い切り口角を上げていう。「もう十年近く初恋を拗らせてるんだ。今更心変わりなんてしねぇよ」

 藤崎はありったけの勇気で想い告げ、ようやく姫川は「私は海吏のことが好き」と気持ちを告げた。

 ようやく、やっと恋人同士になった二人。さぞや、うれしかっただろう。

 姫川に「名前で呼んで」とお願いされる。藤崎は、小さい頃と同じように愛おしく「海凪」と彼女を呼んだ。

 いい場面。なのに、なんと読むのだろう。

 うみな? かな? みな? みなぎ?


 エピローグでは、海沿いの崖の上に鎮座する色褪せた白い墓石に、青年が彼岸花と書籍を供えに現れる。

 十五年前、白いサンダルと遺書。そして、海に浮かんだ純白のワンピースを残して海に消えた少女がいた。

 遺書には、青年への片思いが綴られていたという。

 クラスメイトの異性と楽しくしていたから、お互いに片想いのまま勘違いをし、人魚姫と同じ末路をたどった少女がいた。

 その出来事を題材に、ハッピーエンドに書き上げられた本のタイトルが「人魚姫は恋をしない」だった。

 本編で姫川のおばさんが十五のとき失恋して海に消えた話が語られているが、その出来事を題材にして、ハッピーエンドに終わる現代の人魚姫のお話が作られているのだろう。

 話の設定はよく考えて作られた作品だった。

 

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