第◯話 変態、老ける
【セツナ】
目の前で繰り広げられる光景は魔法使いの激闘。それ以外に表現のしようがないものだった。
花魁衣装——【呪淫紋】を発動し、状態一になっているセラは『色違い』である『青炎』を連発。
リアの得意分野は死霊術。属性は闇。
『青炎』は『回復』と『浄化』を自在に操れる。触れた対象を浄めることなど造作もない。
これすなわち属性による圧倒的アドバンテージをセラは手に入れたことになる。
相性は抜群。刺さる、刺さる。
さすがのリアも『青炎』に生身で対抗するわけにはいかず、【強欲】の禁書に接続、こちらも色違いである『黒炎』で対抗。
あらゆるモノを原子レベルにまで燃やし尽くすリアの『黒炎』
あらゆる穢れを燃やし尽くすセラの『青炎』
まさしく矛と盾、拮抗する二色の炎が激しくうねり、ぶつかり、凄まじい熱エネルギーと暴風を巻き起こす。
飛び火すればタダじゃ済まない。
俺は特待生たちを下がらせようとしたときだった。
「げほっ、げほっ、げほっ……!」
喀血。
「「「セツナ⁉︎」」」
あー、やべえなこりゃ。やっぱ老人が無理するもんじゃねえな。魔力の使い過ぎだ。
喀血を受け止めた手——左腕に生気が失われていく。若作りには自信があったそれも潤いや艶を失い、皺皺に萎んでいく。
うげえ。さすが三百歳。ずいぶんと醜くなってやがる。自分の肉体だってのに視界に入れたくねえ。
余談だが、セラは【色欲】の禁書を呑み込んだとはいえ、移譲できたのはごく一部だ。
その一部でさえ、処理能力の半分ほどを俺が請け負っているという状態。
ようやく憎き相手に一矢報いるときが来たんだ。
好きなようにさせたいと思うのが講師ってもんだろう。
「ねえ、あんた大丈夫? すごい汗……ていうか、なにその腕⁉︎」
とロゼ。
「気にすんな。化けの皮がちょっと剥がれただけだ」
「ダメじゃん⁉︎」
とかなんとか言いながらも俺の腕を観察し、なんとか治癒できないかと探っている様子。
「おいおい。お前は他人に興味がないギャル魔女だろ」
「はぁっ⁉︎ あんたの心配なんかするわけないじゃん! してんのはセラよセラ!」
相変わらずの減らず口。メスガキめ。
「あの狂気的な死霊術師に食らいついていけるだけのチカラだ。反動がない方がおかしい。さてはセツナ……セラの
今度は椿。
鋭い眼光を飛ばしてくるものの、膝から倒れた俺と同じ視線の高さで確認してくる。
紫蘭に殺されたときもそうだったが、こいつは意外と尽くす系の女だな。
嫌悪しているはずの男と視線を合わせるためにわざわざ膝をつくなよ。
とはいえ、こういう場面では勘の良い鬼だな。いや、状況から判断するに妥当っちゃ妥当だが。
セラはリアが発動する最小限の『黒炎』にも最大限の『青炎』で迎え撃っている。
魔法——『色違い』をあれだけ好き放題に放出すれば、そりゃこうなる。
気がつけば俺の両目から血が垂れてくる。髪も伸び始め、黒々としていたそれは白く染まっていく。
「本当に大丈夫ですの⁉︎ 死んでしまいますわよ」
玉手箱を開けたようにおじいちゃんになっていく俺にルナが悲鳴にも似た声をあげる。さすがに動揺を隠せないようだ。
まあ、目の前で絶対遵守の【
「騒ぐな。今はとにかく、セラの好きなようにさせる」
☆
【セラ】
いける……! いけるわ……!
さっきまで全く相手にならなかった私があいつを——絶対に殺し尽くすと胸に誓ったリア・スペンサーを防戦一方にさせている。
セツナの説明通り【色欲】の禁書——【呪淫紋】は【黒血術】を進化させた。それが現在の姿——花魁Ver。
【黒血術】により受けられる恩恵はいくつかある。一に魔力の解放。源泉のように沸き上がってくる。二に息継ぎが不要だと錯覚できるほどの肺活量、すなわち体力向上。
三に発動する魔術の威力を数段階跳ね上がらせる。
一つの効果だけでも強力にもかかわらず、三つの恩恵を受けられるところが固有魔術たる所以。
けれど、当然、
その後、魔術師としてあらゆる面において機能が低下し、活動が停止する。
つまり、最初から最後まで出し惜しみは不要。全力でぶつかるしかないということ。
全身に痛みが走り出す。おそらく限界が近いのね。けれど私はそれを一切無視。
残像が生まれるほどの高速移動でリアの背後を取って、回し蹴りの構えへ。
触れた対象を燃やし尽くす黒い炎。それに対抗するため、右足に青炎を纏う。
入る……!
そう確信した次の瞬間だった。
「……楽しかったわセラ」
まるで全てお見通しと言わんばかりのリア。
刹那、脱力感。次いで、これまで味わったことのない倦怠感。全身がオーバーヒートしたように熱くて、呼吸が乱れる。
息が……息ができなっ、
「ごほっ、ごほっ、ごほっ……ぜー、ぜー」
いつの間にか身に纏っていた花魁衣装が消滅。ボロボロの礼装に戻っていた。
そんな……あと、少しで全力の蹴りを——。
立っていられないほどの疲労感。呼吸さえも面倒だと感じさせるほど。
本能が理解したわ。反動だ——と。
「まさか出涸らしの貴女が【色欲】の禁書に耐性があるとはね。これは想定外だったわ。でも十分、想像の範囲内。ほら、あれを見てみなさい」
争う気力さえもなく、言われたとおりの方向に視線を向ける。
そこには特待生たちに囲まれた……変わり果てた講師の姿がいた。腰ほどまで伸びた白髪に遠目でもわかる生気を失った肉体。
……まさか!
「世界の理、法則に抵触する魔法。その偉大なチカラが何の代償もなく発動できるわけがないでしょう? あれが本来、貴女が受け持たなければいけなかった反動よ」
リアの言おうとしていることに察しがついたものの、憎まれ口を叩くことさえままならない。唇が重い。このまま眠ってしまいたくなるほど。
そうか。チカラを得たことで、リアに対抗できる現実に我を忘れていたのね。
「それにしてもセツナも落ちたものね。まさか三分も保たないなんて。まあ、いいわ。採点結果を教えるわ——落第点よ。生かしておく価値はないわ。とはいえ、利用価値はありそうだし、身体と魂は私が有効活用してあげる。何か言い残すことはあるかしら?」
前髪を掴まれながらもみっともなく涎を垂らすことしかできない。
特待生たちが、セツナが視界に入る。
私のために、私のために命と賭して戦ってくれた戦友。
彼と彼女たちにはただただ申し訳ない気持ちしかないわね。
魔法という超越したチカラを手にしてさえ、目の前の女には敵わない現実。悔しくて悔しくて、死にたくなるほどただ悔しかった。
だからこそ、最後の力を振り絞り私の口から出た言葉は、
「——次、は、ま……けない。覚悟しておきなさい」
「あら。どこかで聞いたことのある台詞。まあいいわ。さようなら」
黒炎を纏った手刀が真っ直ぐ私の胸に向かって——、
次の瞬間。
舞い上がった右腕が視界に入った。
それは——、
私の腕ではなく、ましてやセツナや特待生たちのものでもなかった。
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