第◯話 変態、託す
『セツナ!』
ロゼ、椿、ルナの叫び声。どこか悲鳴じみたものが含まれているように感じられた。
仮にも特待生全員を降した男がいとも容易く片腕を失えば驚きも大きくはなるだろう。
だが、
「狼狽えんじゃねえ‼︎ たかが片落ちだ。感情を抑制しろ!」
全員を睨め付けながら叱咤する。
特待生を庇いながらこの絶体絶命を乗り切れるほど事態は甘くない。
まあ、それでも全盛期ならいくらでもやりようはあったんだが……歳は取りたくないもんだよ、全く。
俺はチラリとロゼに視線をやる。
さすがはギャル魔女。
俺の秘書兼特待生参謀だ。
〈ほら。繋いだわよ。さっさと指示を出しなさいよ!〉
読心術。
もちろん不全の俺にそれが発動できるわけもなく。
本来であれば俺が請け合わなければいけない処理を受け持つという並列思考での発動。
持つべきものは天才魔女さまだ。
〈すまないセツナ。軽率な——〉
〈謝罪なんざどうでもいい! お前らに聞きたいことがある。生きたいか?〉
〈はぁ⁉︎ 当然じゃん!〉〈もちろんですわ〉〈なぜ自ら死を望まねばならん〉
〈異口同音。同じ意見で一致したな。だったら撤退、一択だ。【円卓の騎士団】に駆けつけて緊急事態だと告げろ〉
これで少なくとも三人の命は確保。俺の死亡は確実だが、セラ一人だけならワンチャン——、
〈〈〈却下!〉〉〉
次の一手を模索する俺に拒否を示す特待生。あのな、お前ら、ふざけている場合じゃ——、
〈貴様が言ったのだろう〉
〈そうそう。忘れたとは言わせないわよ〉
〈セラさんと私たちは運命共同体ですわ〉
アオハルかよ。
あー、嫌だ嫌だ。これだからメスガキは。
超高齢者には見てられない光景だ。
どいつもこいつもやる気満々じゃないの。そういうのはベッドの上だけで結構なんですけど?
今度は俺が考え直す番だ。奴隷紋を以て強制力を利用した命令を下すかどうか。
こいつらとて、目の前の女——【色欲】の魔法使い、リア・スペンサーのヤバさは肌で感じ取っているだろう。
死の気配に気圧されないよう気を張っているのが見てわかる。
何も感じていないわけじゃない。何も思考していないわけじゃない。覚悟の上での「却下」
俺はそれを踏み躙るべきか否か。
〈死ぬ可能性の方が高い。それでもセラを助けたいか〉
〈当然ですわ! 全員で学院に帰るまでが合宿ではなくて?〉〈むろんだ。私も命を張ろう。だからなんとしてでも助け出せ〉
〈当然! 全員が助かる方法を考えなさいよ!〉
各々好き勝手に言ってくれる。
眩しいねえ、本当に。俺にもこういう時代があったのかね。
まあ、いいだろう。そんなに死にてえなら奇跡に賭けてやるよ。
地獄の合宿——全員帰還という奇跡をな。
〈セラは再生力が尽きて屍食鬼に堕ちている。自我を失うのも時間の問題だ。さらにリアも【強欲】で隔離した魔法の解析を行なっている。解除されたらゲームオーバー〉
俺の状況説明に黙って耳を傾ける特待生。
〈これから俺は隔離したセラの元に向かう。そうなるとお前らがこの場を請け負うことになる。手に負えないリアはリソースを【白】の解析に割いている。手を出してくることはねえだろう。もしそうなったら試合終了だ〉
ごくっ、と生唾を飲み込む音が聞こえる。
死が間近に迫っていることを再認識したんだろう。
〈とはいえ、直接リアが手を下してくることはねえだろう。それならこの場にいる全員がもう死んでいる。【英雄召喚】なんつうエグい死者蘇生を発動したのが何よりの証拠だ。あいつは今、からくり箱とその中に入ったおもちゃに夢中の子どもだ〉
〈つまり、わたしたちでアレの相手をすればいいわけ?〉
アレ、というのは言うまでもなく【英雄召喚】された八代目アーサー王のことだ。
そう。この場を託す最大の課題はあのクソ爺である。
もし。
なんの制限もなく過去の英雄を死者蘇生し、支配することができるなら。
はっきり言って俺たちに勝ち目は一切ない。
だが、リアはこう言った。
実験台、と。
つまり、
「一つ聞かせろ爺。調子はどうだ?」
俺の質問に八代目アーサー王は真意を読み取ったんだろう。
「かかっ。三割と言ったところかのう。むろん魔宝具【空断】は機能しているようじゃがな」
よし! 思った通りだ! ありがとよクソ爺。
今の返答で確信した。【英雄召喚】——少なくとも目の前の爺は全力を出せない状態で召喚されている。
そりゃそうだ。アーサー王はこの世界で五指に入る水準。本気のそれをいつでも好きなだけ呼び出せるわけがねえ。
嘘を吐かされている可能性も捨て切れないが、おそらくそれはねえだろう。
その証拠に、
「あら、おしゃべりな老人。対象に自らの弱点を暴露するなんて。課題は山積みね」
苦笑を浮かべて、印を結ぶリア。それに呼応してクソ爺の唇が硬く閉ざされる。
全盛期の爺に攻められたら特待生ごときが相手になるわけがない。
だからこそ俺はこの場に三人を残すことに踏み切れなかったが……。
これで暗闇から一筋の光明程度には事態がマシになった。
〈今の会話でクソ爺が本調子じゃないことは理解したな? だが、腐っても八代目を襲名をアーサー王だ。格上の存在だ。特に厄介なのがあの白鞘。あれは【空断】と言って刀域の空間・次元を切断する〉
〈おい待てセツナ。それだと私は——〉
〈ああ、そうだ椿。お前は刀を結べない〉
八代目アーサー王に【剣士殺しの剣士】と異名がついたのにはもちろん理由がある。
あの白鞘が繰り出す剣術はありとあらゆるもの全てを貫通切断してくる。
剣士にとって憧れの象徴である椿が舞い上がって刀を結びに行ったわけだが、もしあのまま放置していれば、椿の『雷切』ごと切断し、首まで刃が届いていた。
剣士なのに刀を結ぶことを禁じる。
だからこそ通り名が【剣士殺しの剣士】
これ以上のネーミングを俺は他に知らない。
だが、対処法がないこともない。
〈奴隷紋を以て命ずる。椿、今すぐ穿いているパンティーを俺に手渡せ〉
〈〈はいっ⁉︎〉〉〈馬鹿なのか貴様は! こんなときに何を考えて——チッ。身体が勝手に!〉
一刻を争うため、奴隷紋で強制脱衣させる。本来なら片脚を上げて下着が降りてくるところを凝視したいところだが、余裕がない。
こいつらにとってはふざけているようにしか見えないだろうが、俺は至って真剣だ。
椿から受け取ったパンティーを嗅ぐために鼻に持っていく。
この場にいる俺以外の全員が思うところがありそうな表情だ。
お前は一体何をしているんだ、とでも言いたげな反応。あまりにも突飛がなかったからか、思考さえ停止しているように見受けられる。
はっきり言って好都合だ。呆気に取られている方が召喚に集中できる。
「来い! 擬似聖剣【玄武】」
刹那、足元から魔法陣!
椿の脱ぎ立てパンティーと俺の身体の一部を触媒に【色欲】の魔法——錬金魔法——により擬似聖剣を高速錬成。
霊獣、亀と蛇を模した
俺は椿が禁じられた『雷切』の代わりに【玄武】を手渡す。
空間・次元を切り裂く白鞘【空断】。
空間・次元さえも鉄壁擬似聖剣【玄武】。
〈使え。これなら刀を結ぶことができる。ただし、何があっても絶対に手放すなよ。握ったら死ぬまで握り続ける覚悟でやれ。それができなければ首と胴体が離れるぞ〉
〈セラと共に生きて帰って来たら貴様に言いたいことが山ほどある〉
椿はジト目ながらも緊急事態のため受け入れる。俺がどういう人間か、慣れてきた証左だ。
〈いいか。接近戦は【玄武】を持つ椿だ。ロゼとルナは三人人組の陣形——狙撃魔術で支援しろ。光魔術と雷魔術による高速移動でクソ爺の接近を決して赦すな? マジで死ぬぞ。
で、椿。お前は死ぬ気でアーサー王の剣術を見逃すな。こちらから仕掛ける必要はない。あくまで捌き切ることだけに全神経を割け。作戦変更、状況判断はロゼ。お前に全て委ねる。死にたくねえんだろ? だったら思考を放棄するなよ? お前に特待生全員の命がかかっているからな?〉
〈上等〉〈心得た〉〈承知しましたわ〉
さて。
言うべきこと。
すべき指示はした。
ここからはこいつらを信じてセラの元に駆けつけるしかない。
そもそもセラの自我が戻ったところでいつまでも【白】に閉じこもってもいられないわけで。リアに解除されるまでが制限時間だ。
そうなればセラが復活していたとて、大した戦力にはならないわけで。
どう転んだって全滅の可能性が最も高い。
だが、それでもやる。死んでもやる。
それが命を賭してでも仲間を救おうと決断した
さてはてどうなるか。
一寸先は闇だぜ本当にな。
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