第35話 変態、光景を思い浮かべる(セラ)
【第三者視点】
一蓮托生し、セツナを降したのが嘘のように仲間割れした特待生たちは各々下着屋に足を運んでいた。
所狭しと棚に並べられているそれらを視認した途端、サァーっと血の気が失われていく様子である。
その様子は誰がどう見ても困惑。やってしまった、と顔に書いてあった。
それもそのはず。
彼女たちは王立魔術学院に特待生として入学できるほどの天才。選ばれた者たちである。
これまでの人生で異性にうつつを抜かすことなど皆無。
美意識の高いエルフのルナですら下着や水着を見定めた上で購入する機会は決して多くなかった。
妹の無念を晴らすため、己に課せられた運命を覆すため——娯楽や趣味にのめり込んでいる場合ではない。そう己に厳しく言いつけ律してきた。
つまり、セラ、椿、ルナ、ロゼには奇妙な共通点があった。
美人や美少女だと評価される女でありながら男性経験はなく。
特定の男を興奮させるために、嗜好や性癖を吟味した上で『これだ!』と確信した下着を選ぶことなど、あるはずがなかった。
そう。ずばり勝負下着の選定など生まれてはじめてのことである。
むろん相手はあの鬼畜講師である。変わった形の信頼関係こそあれど、女としての好意など微塵もない。
そんな男を喜ばせるために己たちが苦悩することなど本来なら必要のないことだ。
だからこそ、思い悩むことなく適当に選べばいい。いい。そう頭ではわかっているのだが——。
そうは問屋が卸さないのがセツナが鬼畜講師と呼ばれる所以である。
なにせこの勝敗によって新たなチカラが手に入る。
飄々としながらも卑劣な言動を繰り返す講師ではあるが、実力は折り紙つき。
特待生全員に《奴隷紋》が刻まれているのが動かぬ証拠である。
だからこそ彼の掌の上で踊らされていることを自覚しても遅い。
全く道理は不明だが、講師と教え子の需要と供給が完全に一致してしまっている現状、ここで手を抜くわけにはいかなかった。
☆
【セラ】
これまで機能性で選んでいたけれど、こんなにも種類があるのね……。
店頭に足を運んで真剣に吟味するなんて何年ぶりかしら。
というか——。
内心、動揺していることを表に出さないようにしながら周囲を確認する私。
…………はっ、はしたない女だと思われていないかしら。
私は吸血鬼。それも元名門中の名門、スペンサー家の出自。
なにより嫌いな男に性的興奮を覚えさせるために全力かつ真剣に下着を選んでいる現状が赦せなくなっていた。
むろん、それを見抜けなかったことも怒りを助長させる。
ヤられた。ほんっっっっとうに不覚。傲慢を裏手に取られたわ。あの鬼畜、さてはこうなることも計算済みね。
私は自他ともに認める傲慢だ。吸血鬼という種族は魔術師としても優秀であり、常に凌駕し続ける存在でなければならないと教育されてきたから。
けれど、あの男を前にするだけでその矜持はちっぽけなものになってしまった。
これは——色々と考え直さないといけないかもしれないわね。
セツナの口にする〝連鎖〟に自ら足を踏み入れていることを自覚し、反省する。
いくら彼を制したとはいえ、椿、ルナ、ロゼと勝ち取った一勝。それも手の内を明かしたものだけのハンデ付き。
ロゼの私ごと突き刺す意識外からの一撃必殺という作戦があってこそ。
引き返してみんなに頭を下げればまだ取り返しも——。
その光景を妄想する。
……うげっ。想像するだけで胸が痛いわね。
下着屋に足を運んだことでセツナの思惑にようやく気付き、恐れをなして退散。
無理よ! 無理無理! あーもうっ! なんで「私、美人だもの!」なんて啖呵を切ったのよ⁉︎ おかげで頭を下げずらいじゃない!
方針変更。やっ、やっぱりみんなに謝罪するのはナシの方向で。
ここで尻尾を巻いて逃げ出すのは癪だわ。
最近の下着事情——もちろん流行にも疎い私は意を決して若い女性店員に声をかける。
「どのような下着をお探しでしょうか」
「〜〜〜〜で、お願いします」
「はいっ?」
ちょっと! 同じことを何度も口にさせないでもらえるかしら。恥ずかしいじゃない!
「だから男をヤる気にさせる下着が欲しいのよ! 見繕いなさい!」
あーもうっ、顔が熱いわ。恥じらっているのがバレバレじゃない。
って、ちょっと、店員! なに『ヤる気満々ですね。任せてください!』みたいな顔になってんのよ⁉︎
その、わかってますよお客さん、みたいな反応やめてもらえるかしら。
屈辱! 本当に屈辱だわ!
殺す……! セツナはいつか絶対に殺してやる!
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