第3話 変態、世界が広いことを教えたい
「私たちがゼロ点? どういうことでしょう?」
「たしかに初撃こそ躱されたわ。けれどその程度でいい気にならないでもらえるかしら? 動体視力が良いならそれを踏まえた《魔術》を行使するだけのこと。次は当てるわ」
「セラの言う通り。一閃だけしか放てないと思ったら大間違いだ」
「上に同じでーす」
乳デカ、セラ、椿、ロゼは俺に敵意の視線で睨め付けてくる。
スイッチが入ったのは間違いないだろう。
まっ、遅すぎるけどな。
「なんだなんだ。実技もロクにできない俺の採点に不満か、ううん?」
「当然でしょう。目や身のこなしに自信があって大きく出たようだけれど、大した魔法も行使できない講師に勝ち目はないわよ」
俺が彼女たちに無能認定されたのにはきちんとした理由がある。
この世界の異能は大きく分けて《魔法》と《魔術》に分類されているんだが、
「たしかに俺は《魔術》の類が一切使えねえからな。ちなみに今ってどう定義付けされているんだっけ? 教えてくれよ乳デカ」
と授業を装って聞いてみる。
王立魔術学院に務めておきながら教科書をうろ覚え。
これで大した実技もできないんだからこいつらが怒髪天をつくというのも理解できる。むしろ同情する。
というか、どう考えたって分不相応だろ。俺の知識や知恵は興味がある分野に偏っている上に、実演さえできねえんだから。
あれ? なんで俺、魔術学院の講師なんかやってんだっけ?
記憶喪失?
なんにせよ畏怖と尊敬を寄せられて来たこいつらには効いたはずだ。
見るからに煽り耐性なさそうだもんな。
乳デカはこれが俺の挑発だと判断したのか。こめかみを押さえながら説明を始める。
「《魔術》は文明の発展により実現可能なものを指すことですわ。かつては《魔法》に分類されていた七属性のうち五属性――〝炎〟〝水〟〝風〟〝雷〟〝土〟は《魔術》に分類されておりましてよ? こんな知識は幼児でも知っていることではなくて? 本当に退職なさった方が身のためですわ」
ガチで忠告してくる乳デカ。
「うるせえな。退職できるもんならしてえんだよ。つーことはあれか、光と闇はまだ《魔法》に分類されてんのか?」
「はぁ? そんなの当然じゃん。光魔法はともかく、闇魔法は《ダークマター》なんだから。《魔術》に落とし込むのはまだまだ時間がかかるっての」
とロゼ。爪にしか興味がないと思っていた彼女が珍しくよく喋っていた。
やはり魔女。
得意分野かつ興味があるということだな。
「じゃあ《魔法》はその逆。文明の発展で説明できないもの、か。セラの《結界魔法》や《固有領域》がそうだな」
「そうね。三流講師では到底発動できない超一流の《魔法》よ」
「自分で言うかそれを……」
俺は苦笑を浮かべるしかない。
まあセラの言うとおり《結界魔法》の中でも《固有領域》はなんつーか、頭一つ抜けている。
結界術における最終形態と言ってもいい。
だから《魔術》を一切使えない俺が《固有領域》を行使できないと思い込んでも仕方ないわけで。
なにせ《魔術》とは努力の賜物――向き合った時間に比例して上達するもの。
それが使えないことは努力を放棄したと言っているようなものだ。
才や遺伝子だけでなく血の滲むような鍛錬しなければ会得できない《固有領域》を行使できるはずがないと思い込むのも当然か。
……まあそこにこいつらの敗因があるわけだが。
「……お前らさ、なに律儀に敵と会話だけしてんだよ。わざわざ時間を与えてやってんだぞ? こんなことをくっちゃべっている暇があったら《読心術》でも展開して、次のコンビーネーションでも練るところだろうが。そういうところなんだよ、俺がゼロ点だと言ったのは」
「貴方ごときに私たちが手を組む必要なんて――」
「――セラ。お前はマイナスだ」
「なっ! ふざけないで! どうせ私をイラつかせる作戦なんでしょうけれど、本当に殺すわよ」
「その舐め腐った根性で顔面を蹴り飛ばされた女はどこのどいつだよ、おい。なんで《固有領域》を俺だけに展開しなかった?」
俺は割と本気でムカついていたので、珍しく睨みつけるように眼光を飛ばす。
「そっ、それは――」
本当の理由を知っている俺はあえてそこには触れず諭すことだけにした。
「手を携える必要がない――なんてぶっ飛んだ発言をしていいのは俺の知っているかぎりで二十人だ。こいつらは《魔法》が神の領域に入って一緒にいられると足でまといになるから、そういう言葉が出てくる。だが、セラ。お前は違う。それを口にしていい人間――おっと吸血鬼だっけか――じゃない。これから戦争に参加する兵士になるかもしれねえんだ。舐めた思考はここで捨てろ。もしも俺が吸血鬼という一面を隠し持っていた場合、そこの三人は今ごろ干からびていたかもしんねえだぞ」
ネタバラシ①
セラが展開した『終末世界』は選ばれた天才吸血鬼が最初に覚える《固有領域》だ。
これは吸血鬼以外の五感情報を奪う結界と理解すれば早い。
つまり俺が吸血鬼だった場合、『終末世界』に連れて来られていた他の三人を襲い放題だったことを意味する。
もちろんあの三人は天才だ。敵意を向けられていたなら、五感情報がない中でもそれぞれ対策を講じていたことだろう。
範囲指定、発動対象の限定などが面倒だった?
だとしたら尚更許せない判断だろうが。
まっ、真相はしたくてもできなかったんだがな。
「瞬殺するつもりだったのよ。だからそこまで思考が及ばなかった。それだけよ。《魔術》を行使できない講師に説教をされたくないわ」
相変わらず強気だった。吸血鬼らしい傲慢っぷりだ。
正直、生意気だから暴露してやってもいいんだが、魔法使いにとってそれが残酷だってことはよくわかっているからな。
今回だけは大めに見てやるよ。
さて、魔法を一回ずつ受け身でいたわけだが、やはり昨年、一昨年同様、天才故に見失っている点やマインド、その他おせっかいを焼きたいところが多々ある。
まあ向こうは死んでもごめんだろうし、世話を焼いてやる道理はないんだが、とりあえずこれだけは教えてやるか。
――世界は広いってことを。
「《結界魔法》」
俺は彼女たち四人に右手を上げて言う。
「《固有領域》『仮装自在』」
刹那、決闘場はそのままに結界だけが展開されていく。
次々に宙に浮いていく――コスプレ衣装。
ナース、OL、女子高生、女豹、チャイナ、童貞を殺すセーター、ニット、ハイレグ、スク水となんでもござれ。
さらにその数倍以上、具現化されていく下着の山。
きっと彼女たちはこれから思い知ることになるだろう。
誰を相手にしたのかを思い知ることになるのは自分たちの方だった、と。
俺は手を二回ほど叩き、
「はいはい。意味不明だろうが、ちゃんと説明してやる。その代わり今度はちゃんと聞けよ。ここから生きて帰れるかどうかはお前ら次第だからな?」
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