第40話 決戦-5

「だが一つだけお前にはアドバンテージがあるのさ。ジルクという私の想い人という人質をとっているというものがな」


圧倒的に優勢なローザリッサはシアにも分かるように戦況の説明をする。挑発のつもりで言ったつもりのそれは、予想の中ではあれど面倒な予想の結果を呼んだ。


「なるほど。ならこちらは取るべき手段はこうだな」


シアはリサ達眷属の魔力を吸収し始める。シアは既にフィーアによる強化で限界に近い魔力を行使しており、それを超える力を持ったとしても暴走するだけだ。

一時的に限界は超えられこそするものの、制御できなければ自滅の一手となる。だからこそシアはその手段をとった。


「……!」

「私はフィーア様のためなら死んでもいい。だから私は耐えられない力も使いましょう」


ローザリッサはシアを殺せない。殺してはいけないと言ってもいい。なら自殺にも等しい行為は……ローザリッサからすれば最も忌避すべき行為だろう。


「シア姉さま。ご武運を」


リサ達がその力の全てをシアに託し、次々とその身を墜落させていく。そこあるのはただローザリッサを妥当するという目的だけ、命すらもそのためなら捨てられるものであった。


「眷属の力を一点集中。自らの身を滅ぼしながら戦う気か」


シアはさっきまで球体にしていた魔力を周囲に解き放つ。球状になった魔力が制御されずに周囲に展開され、ローザリッサを巻き込んだ。


ローザリッサが展開していた槍が、シアが放った球体の魔力によってその穂先が球体内に押し込まれ押しつぶされる。

さらには左腕も球体に捕まり、燃えている魔力ごと握りつぶされる。シアの攻撃がローザリッサに無傷ではないダメージを与えさせると認識するには十分だった。


だがローザリッサは余裕な顔を崩さない。


「お前は一つ、勘違いをしている」


ローザリッサは槍を自らの魔力に戻し、その身に生えている蝶の翼を少しだけ大きくした。さらに翼に流れている魔力を操り、自らの武器となるように鋭くする。


「勘違い?」

「私は人質をとっているとお前に言った。だが、人質を殺すから焦るだろうという思惑は……外れだ」

「何……!?」


鋭くなり武器と化した羽根で一線。シア胴体が別たれ、上半身と下半身へと分断される。だがシアはすぐさま回復魔術を行使し、元の姿に戻る。


「そんな魔力をするやつに殺さない程の威力調整をする方が難しい。なら消滅させなねないほどにまず弱らせるだけだ」


更に羽根による一線。シアの認識速度を超えているそれは耐え切ることもできず、ただ斬られるだけだ。先ほどと同じく回復魔術で傷を癒すも、シアからすればこのままではジリ貧になっていることは事実だった。


「ぐぅぅぅ」

「回復魔術か。だがいいのか?、次の攻撃が待っているぞ」


羽根で一線、切り裂く。シアは魔力を短剣と杖を展開し耐えるも、それすら無駄だと全てを断たれ再び胴体が切られる。

回復魔術にて癒すも、これでは戦いにすらならない。


「この羽根は赤い羽根という災害の象徴。私の魔力が最も集中している箇所だ。身体のどこでも武器にできるというならこれ以外あるまい」


そう判断したシアは逃げの一手に徹する。速度が認識できなくても、シアが動き回れば狙いを付けるのは難しいと判断したからだった。


「くっ」

「逃げてばかりだとこちらが追いつけばおしまいだと言っているようなものだぞ?」


当然、同じ速度以上を出せるローザリッサは速度を上げてシアを追い回し始める。初動こそシアより遅かったものの、徐々に速度が上がりその狙いを正確なモノに近づけていく。


「おしまいなのは……どちらかしらね?」


シアの言葉と同時に真下からまるで火山の噴火のように邪悪な魔力が噴き上がった。

それはシアと近しい色の魔力であり、それが地下から上がってくるということは一つの事実を意味していた。


「何?」


だからこそローザリッサは驚く。主従関係にあるはずの力は消えていないにもかかわらず、その敵対していた者が現れたのだから。


「フィーア様!」

「シア、随分と苦戦していますね」


ヤギ……フィーアがその姿を現わす。だがヤギというには姿が大きく変わっていた。

悪魔のような体躯、鋭い牙に爪、捻じれに捻じれた角、そしてどこか優し気だった瞳は荒々しい赤い目に変わっていた。まるで悪魔が本性を現わしたといったところだろうか。


「……赤い羽根が負けた?。いや、違うな」


姿が変わり、本性を現わしたはずだが、認識すらできなかったその力の底をローザリッサにすら感じ取られた。

あれほど格上と感じていたヤギの力は今の私ですら感じ取れる程に弱まっている。感じ取る限りではシアと比べてもそこまで大きな差はないだろう。

……それどころかこれは。


「赤い羽根。これはどういうことだ?」


いつの間にかローザリッサの肩の上にいた赤い羽根に問い掛ける。主従関係である赤い羽根とローザリッサは、どちらか生きていればどこにいるか感知できる関係を持っていた。


「既に決着はついています。あの木端はあなたよりも遥かに格下程にさせました。ローザリッサが決着をつける方がいいでしょう?」


顔には出さないがローザリッサは驚愕に襲われていた。そんな真似ができるのかということと、主が予想よりも遥かに強かったことに。


それはローザリッサやシアたち、地上の時間では数分前の話だ。そして……赤い羽根とフィーアたち、彼らにとっては数十万年以上前の話だった。

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