第32話 女騎士ローズ-6

扉を開いた先にあったのはさっきまでいた場所と同じ赤い蝶の花畑だった。

当然だがローズの頭の上にはてなマークが浮かぶ。


「ここは……。さっきまでと同じ、ではない?」

(私の空間の中です。今は私の好きなものになっています)

「なるほど」


まだ時空間を変えておらず、好き放題の状態になっていると。いくら一助をしてくれると言っても多少は時間を寄こせというのは当然か。


少しずつ赤い蝶たちが消えていく。空間を一瞬で変えることもできるだろうに。……何かしら意味があるのだろうか。

そんな私の心情に気づいたのか、赤い羽根から返事が届く。


(……あの赤い蝶はただの蝶ではありません。力を求め、制御に失敗した末路です)

「大きすぎる力の制御。失敗したら同じものとなる。なるほど、道理だ」


つまり私があの蝶になってもおかしくない訳だ。花畑にいた蝶は十や百といった数ではなかった。だがそれほど挑戦した者がいるのだから―


(制御は5割程度まではできたのが最高記録です)


―成功した者がいる、という淡い希望はないようだ。例外なく全てあの蝶になったということであり、届いたことのない記録に届かねばならないというのは中々に挑戦的だ。


「なら唯一の成功例が私だな」

(ふふふ……そうなることを祈りますよ。それでは始めますね。あなたが制御に成功したなら解放しましょう)

「閉じ込めたというより閉じ込めてもらった、だがな」


後ろに開いていた扉が閉まり、赤い羽根の言葉も聞こえなくなる。これで実質一人になったわけだが、孤独という状況はローズには届かない。


「あり余る時間に成長できるだけ成長可能な環境……!。これほど欲しかったものはないな」


ローズは既に人の限界に到達しつつあった。その限界を壊せるという環境と時間をくれるというのだ。ならば当然、感情の高ぶりが抑えきれない程に高揚するだろう。


意識を胸に向け、その力の源を確認する。まるで火山の源に触れるかのような感覚。これを解放するのに制御が千年単位で必要というのも納得がいく。

爆発物の威力を自らの身体で検証しながら爆発の威力の制御をさせろと言っているようなものだ。しかも傾向も何も分かったものではない。


念のため魔力による身体強化を行い、制御を試みる。


「ほんの少し。針のような細さでほんの一瞬吸い上げるような……!」


最大限の制御にて吸い上げた力は、たったそれだけで全開で行った魔力による身体強化と同等程度まであった。


「ぐっ!?」


即座に制御を停止する。……だが吸い上げられた魔力は供給の停止が動かず、身体に魔力が供給され続ける。


「なっ!?。なら……!」

魔力による身体強化を暴走させるほどに行使する。魔力を無駄に消費するような使い方だが、これを常に行う以外にこの状況を乗り切れない。


「ごぶっ!がはっ!?」


長時間行使し続けることで身体が悲鳴を上げ、さらには吐血が続く。身体に本来不可能なことをさせ続けているのだ。当然の反応だった。


だがそこでローズは気づいた。これは言うなれば無限に近い魔力の使い方を知れ、ということなのだと。


「なら……がふっ……身体も…作り変える必要が……はっ……ある」


そのための暴走状態。そしてこの魔力なのだ。

制御を行い魔力を抽出。その量に応じて少しずつ身体を作り変えつつ、この魔力に適応する。これを安全に行うともなれば千年単位の時間がかかって当然だろう。


もし失敗するとすれば要因は……時間があるのに制御を焦ったとか、適応に失敗したとかだろう。そのどれも制御にかかるものだ。


数日程かけ吐血も収まった頃、ローズの魔力の色が少しだけ赤く変わる。それと同時にローズは1%にすら満たないほどの制御に成功した。


「たったこれだけで数日。先を考えると呆れかえるほど遠い時間だな」

(いいえ。恐ろしく早い時間ですよ)


数日の間聞こえなかった赤い羽根の声が頭の中に響く。集中していたから何も言わなかったのだろうが、こうも突然聞こえると驚きすら出てくる。


「赤い羽根。……早いとは?」

(だいたいの者は最初の制御に失敗します。限界まで制御して自分に合った魔力量を抽出する必要があるにもかかわらず抽出できなかった、というものですね)

「……運が良かっただけとも言えそうなのだが?」

(いいえ、違います。私の渡した魔力はあくまでその時の限界を極めるもの。……暴走も含めた、ね)


つまりは暴走も含めた自分自身の限界を突き詰めろということか。本来なら暴走させること自体が困難なことな上、やっても一分程度だ。長時間使うともなれば魔力の制御を限界まで極めてもほぼ不可能なことだ。

……ほぼ、な。死ぬかどうかのギリギリで可能とも言える。


「限界を極める……身体を作り変える必要があるというところは?」

(それはあなたがそれだけ強いということ。人の限界であるなら、人を辞めなければ限界を超えられないでしょう?。ジルクが女性のようになっていったのはこれが原因です)


その言葉に憤慨を覚える。あのヤギが行っていたことと同じことを行っている。その事実が許せなかった。


「お前の好きなように変われと?」

(あなたの好きなように、ですよ。あくまで無限の魔力は私があげるのだからそれにつられて近くなるのは仕方のないこと)

「それは確かに。ということはつまり……」


落ち着きを取り戻して一瞬で頭の中を整理し、要点をまとめる。……こんな思考速度になっているのも少し変わったからだろうか?


「自分自身の意志で魔力を限界まで制御し暴走させ、赤い羽根の魔力で身体を適応するように人を辞める。その結果変わる身体は自分の好きなようになるが、赤い羽根の姿に近くなっても仕方ない」

(そういうことです)


結局のところは自分の好きなように身体を作り変えて強くなって行け、ということだ。その供給源に影響を受けるのも当然。なるほどだいたいのことは分かった。

だが一つだけ疑問が残る。姿形が供給源に近づくということは、だ。


「姿形を赤い蝶にしたら」

(魔力の供給速度が上がりますね。赤い羽根の姿の制御できるのは私だけですよ)


やはりか。というかそれは罠だろう。指摘しなかったら助言してくれたとは思えないことから引っ掛かった者も多そうだ。


気を付けるべきことは確認し、やるべきことは分かった。ならばあとはそれに邁進するだけだ。

あとはこれを数万回くらい繰り返せばいい。年単位の時間こそかかるのは承知の上だ。


「赤い羽根。機会をくれたことに先に感謝だけ述べておこう。ありがとう」

(受け取っておきましょう。その先に訪れる未来を楽しみにしておきますよ)


その言葉と共に赤い羽根の言葉は消えた。災害獣は裏に何も隠すことがないから話す上では楽でいい。


さて、力を求めよう。

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