第31話 女騎士ローズ-5

「……ここは」 


目を覚ましたローズが居たのはローズを中心に円を描くような地面をしている場所。見上げると空は黒い煙に覆われており、まだ火山の中にいるのだと示されていた。

だが周囲は花畑でもあるかのように蝶がそこら中にひらひらと飛んでいる。まるでここが生息地であるかのようだ。


(目を覚ましましたか)


声が頭に直接響く。しかし何故かどこから聞こえてくるのかは分かるような指向性を持っていた。

ローズは真正面にいる小さな赤い蝶に視線を向ける。


「貴方が……赤い羽根」


いつの間にか再生されていた足に気を止めず、立ち上がったローズはゴクリと息を呑む。

意識を取り戻して魔力による感知を行えるようになったため、無意識的に探っていた。これはローズだからという訳でなく、魔力感知をできる人間なら行うべき当然のことだからだ。周囲の状況を認識できなければ死ぬ可能性が非常に高くなる。それはこの世界での常識だった。


その結果、目の前の蝶からは何も感じられない。魔力も、生命力も。死霊のように生きていないのかと問われればそうではない。

花畑に渦巻くような魔力や生命力がそれを否定している。この空間そのものが赤い羽根と言われても納得できるものがある。


(ローズ。貴方がここに来た理由は知っています。眠っている間に記憶を調べさせてもらいました)

「そうか、話が早くて助かる」


ヤギの時も似たようなことがあった。頂上に位置する存在からすればそんな真似は朝飯前ということだろう。

ヤギの時とは不快感が全くないのは……奴が邪悪過ぎる魔力をしていたのに対し、赤い羽根は後光など無くとも神々しさすら感じられるからだろうか?


(力が欲しい。そうですね?)

「その通りだ。ジルクを奪い返す、そのための力が欲しい」


グッと拳に力がこもる。ジルクを奪われた時の絶望が悔しさを刺激し、目には憤怒の炎すら灯っているかのようだ。


(いろいろと話したいことはありますが、あなたの想いは一刻も惜しいと猛っている。簡単にだけ説明しましょう)

「……」

(ローズ、口惜しいかもしれませんが……私の眷属となりなさい)

「眷属?」


聞いたことは……ある。確かヤギがジルクを変える時の言葉にあったものだ。それを私にも行えと言っている。

つまりは人間をやめるしかこれ以上の力を手にする術はない、ということだろう。人をやめるなら人間社会には戻れない可能性は高い。……けれど既に私は人間社会では人間一人の力にしては突出し過ぎており、迫害される可能性すらあった。

しかも今以上の力だ、リスクが高いのも当然だろう。後悔することになると言われても納得できる。二度と人間社会に戻れないと言われてもむしろ当然と受け入れることすらできるだろう。


ほんの少し躊躇したが、決断は変わらない。


「いいだろう。人をやめてもジルクを取り戻せるなら」

(良い覚悟です。眷属にするなら貴方のような者がいい)

「褒めても何も出らんぞ」


災害獣に褒められるというのは何とも不思議な経験だ。悪くないと思ってしまう程度には頬が緩んでしまう。


(では……力を抜いて。これを受け入れてください)

「……赤い蝶?」


赤い羽根の後ろから同じような……少し小さい程度の大きさの蝶がひらひらと飛んでくる。それはローズの胸の中にトスッと入ると、そのまま身体の中に消えていった。


「……何も起きない?」

(今のあなたの力では制御などできるはずもない力です。本来なら千年単位の時間をかけて制御していくもの)

「そんな時間はない!」

(ええ。ですからそこまでは助けましょう)


ローズの言葉に応える赤い羽根はその背後に道を一つ映し出す。その道の先にはローズよりか大きい程度の扉が現れていた。


「あれは?」

(私の空間に繋ぐ扉。私の空間は時空間自由自在。時間がどれだけ経とうとも、こちらの世界では一瞬でしかない)

「そこで制御の鍛錬をしろ、ということか。助かる」


赤い羽根へと一礼し、ローズはその脇を通り扉の方へと歩いていく。そして扉を開くためにドアノブに手をかけた。


「ジルク、待っていろ。絶対に奪い返してやる」


決意の言葉と共に、ローズは扉の中へと歩いていった。





(……ヤギ、フィーアと言いましたか。眷属でもあの木端に届きませんね。かといって眷属の力には限界がある。他の災害はどうしているのやら)


赤い蝶の花畑で、赤い羽根の独り言は何もない空へ消えていった。

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