イリル・ガード退魔譚ショートストーリー シロイシ・リズのクリスマスの思い出(もしくは黒歴史)

清見こうじ

シロイシ・リズのクリスマスの思い出(もしくは黒歴史)

 あれはシロイシ・リズが急逝した、数年前……。


 夏の同級会で再開した彼と、盛り上がって、付き合いうことになって、初めてのクリスマス。


 正直、彼氏いない歴が年齢と一緒のリズにとって、初めて恋人と迎えるクリスマス、テンション上げまくって、脳内セッティングしていた。


 一応プロポーズらしきものは受けて(といっても「もうお互いイイ年だし、結婚しちゃう?」的なノリではあったけれど)、春には入籍しよう、なんて感じに話が進んでいるなか。

 そりゃ、きっかけはあまりロマンチックとは言えないけど、クリスマスと言えば、恋人同士の最大イベント(決めつけ!)だし、今年は週末がクリスマス・イブだし、ここはきちんとスケジュール調整して、盛り上げなくちゃ!


 ……と、気合い十分に、まずは最大の難関、「深夜勤務回避」の算段をつけた。

 交代勤務のある病院勤めの看護師にとって避けては通れないひとつが夜勤である。誕生日や記念日などの個人レベルのイベントならともかく、全国共通イベントのクリスマスにベストなシフトを獲得するには、熾烈な争いがある。

 最優先は、小さな子供のいるママさんナースとなる。

 福利厚生の充実した病院であったので、就学前や小学校低学年の子供がいる看護師は希望すれば夜勤免除もされていたが、やはり小学生くらいの子供がいる家庭は、できればクリスマスの夜は家にいたいと考える(と、管理者側が考えたのか、不文律でクリスマス・イブの夜勤ははずすのが慣例だった)。

 そして、リズが画策していたのは、更に難易度が高い、「日勤回避」であった。


 日本の12月といえば冬である……当たり前である。

 冬の年末、病院は急病と事故で救急搬送されてくる患者も急増する。主に寒さによる体調変化と道路状況悪化の事故、雪でも降ったら、家の軒先で転倒、なんてこともざらになる。

 その上、近所(と言っても車で1時間はかかるが)にはスキー場もあったりして、そこでも負傷者が続出する。

 日勤中にも緊急入院は想定して勤務配置しているとはいえ、他の時期よりも入退院が頻繁で、普段は残業が少ないこの病院でも、この時期の残業は想定内、なのである。しかもその年のイブは土曜日、普段より配置人数が少ない。残業はほぼ確実である。


 そして。

 リズの野望は、まだまだ続く。

 日勤、夜勤を回避しても、翌日に日勤、悪ければ早番(1時間半早く出勤)だと、聖夜もゆったり過ごせない。

 なので、できれば休みか、せめて遅番(正午から勤務)か凖夜勤(夕方4時半から)だと、嬉しいな、と。


 しかし、この繁忙期に土日連休はさすがにムリがある。


 そんなこんなで検討した結果。


 金曜日の夜中(日付的には土曜日のイブ)に深夜勤務を希望して、イブの土曜日昼間は休んで夕方から活動開始する。

 日曜日は休みか遅番か凖夜勤務の希望にする。


 という、ゴールデンプランを立案した。


 あとは。

 クリスマス・イブに素敵なレストランに予約して。


 できれば、甘い夜も……ふふ。


 なーんて。



 ……ちなみに、このプランを立てたのが10月末。

 シフト希望には、十分間に合ったけれど、クリスマスディナーの予約は、有名どころはすでに予約いっぱいで。


 さらに。


「え? クリスマスなんて、年末に銀行マンが休めるわけないだろ? 年末は大繁忙期だよ」


 銀行で営業マンをしている彼の一言で、ゴールデンプランは、瓦礫のごとく崩れ去った……。


 確かに、銀行窓口は年末は大混雑だし。

 窓口以外も、事務仕事が山のようにあり、休日出勤もある。例え土日休みでも、休日はとにかく体を休ませたい。ましてや仕事の日はすぐ帰って休みたい、と。


 にべもなくクリスマスデートは却下されてしまい。

 せっかく獲得したシフトは、日勤で残業後の町田(まだ独身)を強制連行して、2人でカラオケボックスでオールという、なんだかちょっともの悲しいクリスマスの過ごし方だった。


(彼もリズも、この頃は実家にいたので、互いの家にお泊まりデート、という選択肢もなかった)


 とりあえずお正月は、お互いの家に挨拶に行くことになっていたので、ついでに初詣デートもできたんだけど(この時は結婚を控えてのご挨拶、ということで連休が貰えた)。


 来年こそは、新婚ホヤホヤ初クリスマス!と誓った夜だった……過去形。


 まさか、その翌年のクリスマスを、バツイチで迎えるなんて、ね(そしてこの年もまた、町田と過ごしたのだった)。



「……なんで、あんなに脳内お花畑で、暴走しちゃったんだろうね……」


 大陸での仕事を終え、カロナーに帰郷して。

 相変わらず、大酒飲みの先輩退魔師たちが、年越し大宴会を繰り広げている横で、ふと、昔を思い出して、レミは呟いた。

 こちらの世界ではクリスマス的なイベントはないものの、年越しは御馳走を並べて大宴会をして過ごすのが習わしである。

 この日ばかりは子供も夜更かしオーケーで、眠くなったら広間の片隅のソファーでうたた寝しつつ、年が明けるのを皆で迎える。

 新年の1日目は、島中の住民が広間で雑魚寝で、寝て過ごす、腹が減ったら御馳走の残りを食べて、また寝て、という、おおらかさである。


『なに? 暴走したの? レミが?』

(暴走したというか、浮かれまくったというか、酒も飲まずに、酔っ払い状態だったのよ、あの頃は)

『飲まずに酔えるなんて、経済的だね。レミ、いくら飲んでもたいして酔えないもんね』

 過去世のシロイシ・リズと違い、レミは超頑丈な肝臓を持ってしまった、いわゆるザル、である。

(……まあね。初カレと初イベント、なんてシチュエーションに、酔いまくっていたんだわ、きっと)

 その初カレと、結局半年で離婚するという……。

 ホントになんでそこまで酔えたのか、今考えると不思議だ。


(まあ、それ以前も以後も、そんなテンションになれるような初イベントには巡り会わなかったんどけどね)

『えー、だったら、今は? レミと交流できるようになって、たくさん「初めて」、あったじゃない?』

(……そうだね。残念ながら、一緒にいるのは、背後にふわふわ浮いてる無駄にイケメンのローだけど、ね)

『いけめん? て、いい男、ってことだったよね? いやぁ、照れるなぁ』

 声だけで顔を赤らめたイメージを届けてくる器用な妖霊に、「誉めてないけど……」とつい、口に出してしまったレミだった。


 まあ、しばらくはコイツでいっか。


 シロイシ・リズの時も、レミの今も、一人じゃなかった。


 気の置けない相手と楽しい時を過ごすことが、実はとっても貴重な時間だと、分かっているから。


 今は、楽しく過ごそう。


 いずれはやってくる別れの時、大切な思い出となるように。



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イリル・ガード退魔譚ショートストーリー シロイシ・リズのクリスマスの思い出(もしくは黒歴史) 清見こうじ @nikoutako

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