第6話
金曜日、朝の七時四十五分。
俺は、お隣さんにこないだの事を謝りたくて少し早めに家を出た。
ガチャッ……。お隣さんの家のドアが開く。
「あ、その。」
お隣さんは、俺をチラッと見るとスタスタと歩いて行った。俺は、お隣さんを追いかけた。
「本当に……こないだは、ごめんなさい!」
「別に……もう、いいです!」
「でも……。」
俺は、本当にお隣さんの事、好きになっていた。……だから。
「今日は……ファミレス?ハンバーガーショップ?どっち?」
「じゃあ、ファミレスで。」
「うん。」
俺は今日、みのりに「好きな人が他に出来た」って、話して……お隣さんに告白すると決めていた。
ーーーーーー
昼休み。LINEでみのりを大学の学食に呼び出した。
「賢!ごめんね!待った?」
「いや。こっちこそ急にごめん!」
「ううん。ちょっと嬉しいかも。」
「え?」
「賢からのランチのお誘いー!」
……なんでだよ。なんで、別れを切り出したい時に限って。やっぱり、みのりは可愛いし、本当にいい子だ。でも、ちゃんと伝えなくちゃ駄目だよな。
「あのさ。」
「あ……。ねぇ、賢!最近の“KEN”の小説の展開!あれ、ヤバくない?」
「あ、あぁ。」
「やっぱりさ好きな人の好きでいるのって難しいのかな?」
ズキッと胸が傷んだ。
最近の“KEN”の小説は、珍しく恋愛もので……主人公が片想いでなかなか素直になれず結ばれもせず、発展もしない、というもどかしい内容の物だった。まるで、俺とお隣さんみたいに。
「賢さ……。賢って、本当に優しいよね。」
「なんだよ、急に。」
「ううん。だから大好きなんだけど!」
辞めてくれ。だって……俺!
「みのり!」
ティコンッ!
「あ。ごめん!サークルの先輩!……ごめん!いかなくちゃ!」
「どこに?」
「ほら、バトン部の大会近いからミーティングだって!本当にごめん!あ、次のデートいつにするか後でLINEしよーね!」
次の……デート。みのりは行ってしまった。LINEとかじゃなくて、ちゃんとみのりにも、お隣さんにも伝えなくちゃ。
ーーーーーー
夕方。ファミレスでいつも通りお隣さんと待ち合わせして、お隣さんが黙々と小説投稿して……毎週のお決まりの流れ。もはやこれもデートなのではなかろうか?
「ふぅ。」
「今日の内容は……なんか切ないっすね。」
「そうですか?」
小説の展開は、相変わらず主人公は片想いのままだった。
「私の中かは生まれてくる物語ですから。」
「つまりそれって……。お隣さんは誰かに片想いしてるって事?」
「……どうなんでしょうね。私、初恋の人に十年間片想いして。こんな性格だから告白出来ないままその人と離ればなれになっちゃつたんです。
でも、その後に他の人を好きになってお付きしても、心の何処かでその人の事が忘れられなくて。……実らなかったし、想い出だから自分の中で美化されているのかもしれません。でも、いつもその人が一番誰よりも優しくて……私のくだらない妄想話を一番楽しそうに聴いてくれていたんです。」
「……へぇ。」
「その人……“けん”って名前だったんです。」
「え?」
「だから……私のペンネームは“KEN”なんです。いつも話していた妄想を小説として投稿してれぱ……いつか彼に届くんじゃないかなって。だから……お金も知名度にも興味ないんです。ただ、彼に届いて気付いてほしい。それだけなんです。
あと、本当なら賢さん。貴方とも関わるつもりなんて無かった。でも隣から、いつも『いってきます』とか、『ただいま』とか、『いただきます』『ご馳走さまでした』って、一人暮らしでもちゃんと挨拶してるのが聴こえてきて。あ、いい人なんだろうな、つて勝手に思ってました。その内……盗み聞きするつもりは無かったのですが、彼女さん……みのりさんが来る様になって。貴方の名前を呼んだ。“賢”って。
……私の忘れられなかった初恋の人と同じ名前だって。……ドキッとしました。そして……あの日、携帯を拾って走って届けようとしてくれた。本当に……優しくて素敵な方なんだなって。」
「そんな……。」
そんなんじゃねぇよ。今日だってみのりに別れを切り出せないまま、こうしてお隣さんと会ってる。しかも……駄目だ。好きだ。お隣さんの事、本当に好きだ。
「もし……俺の名前が“けん”じゃなくても、俺に興味持ってくれていましたか?」
「……わかりません。」
なんだろう。俺の勘違いとか、自惚れとか、願望なのかもしれない。
「……お隣さん。」
「はい?」
「もしかして……今は、俺の事。その……」
“好きになってるよね?”と、言いたかった。……“俺もお隣さんの事、好きだよ”。“名前は?”
「……帰りましょうか!」
「え?」
お隣さんがスタスタとお会計を持ってレジへ向かってしまった。
帰り道は、何故か無言で、家の前につくと、いつものお隣さんで。いつも通り「おやすみなさい。」と、ふにゃっと笑って家の中に入って行った。……でも「また来週。」って、いつも言ってくれるのに、その時その言葉は無かった。
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