02話.[敢えてラーメン]

「亮、代わりに出てきてくれる?」

「分かった」


 ぐっ、こたつ内に入ってのんびりしていたのに誰だ空気の読めない人は。

 それでもこんなことで母と不仲になってもあれだからと出たよ。


「おっすっ、来てやった――」


 やべー奴――やばい人からいたから扉を閉めたよ。

 彼は扉をがんがんと叩きながら「開けろよっ」と言ってきている。


「……どうやって家を知ったの?」

「黒田の兄ちゃんから聞いたっ」

「そ、そう……」


 彼、丹羽皓平こうへい君は平気で入ってこようとしたが阻止。


「俺らの仲だろ?」

「お姉さんは狙わないから僕のことは放っておいてくれないかな」

「無理だ、俺らは仲間だからな」


 いつなったんだよぉお!

 が、お客さんに適当な対応をしていると流石の母も怒るので、とりあえずリビングに連れて行って対応することにした。

 ……単身だと相手をするのが疲れてしまうから仕方がない、どうせならお姉さんを連れてきてくれれば目の保養になったのに。


「亮のお友達でいてくれてありがとう」

「いや、礼を言われるようなことはできてないですよ」


 待って、母よ勘違いしないで。

 勝手に付きまとわれているだけなんだ、同性に追われることほど怖いことはない。

 これならせめてあの子に来てもらった方がマシだ、なにを考えているんだ彼は。


「いや~、暖かいな~」

「出てこなければいいでしょ、寒いのは分かっているんだから」

「いやいや、黒田はどうせ休日もひとりだろうからな」


 事実その通りだ、一緒に遊びに行けるような友達はいない。

 小学校高学年から対人関係が上手くいっていないのだ、なんでかは分からないけど。


「どうせならお姉さんを連れてきてよ」

「受験勉強で忙しいから無理だって言われた」

「君よりはお姉さんの方がいいなあ」


 まだ名前も知らないけど愚痴ぐらいは聞くことができる。

 彼と過ごすことでストレスとかも溜まっていそうだから気になるのだ。

 別にきっかけを作りたいとかそういうことじゃなくてね? いや、綺麗な人と仲良くなれたら自分の思い描く理想の生活みたいでいいけどね。


「そんなに気になるのか?」

「冗談だよ、僕はすぐに嫌われるからどうせ駄目だしね」


 だからこそ妄想が捗るというもの。

 もう実体験を漫画にでもした方がいい気がする。

 なんて、世の中には僕のこれなんて可愛いぐらいの人生を送っている人もいるだろうが。


「姉ちゃんに負担をかけないよう我慢しているんだ、黒田も考えて行動してやってほしい」

「冗談だって、ほぼ初対面で急に会いたいとか言われたら怖いでしょ」


 少なくとも取ろうとなんてできないから安心してほしい。

 どうにもならないからこの話題は終わらせて暖まることに専念する。


「なんであんなに嫌われているんだ?」

「僕が聞きたいよ、丹羽君は知らないの?」

「分からないな、昨日まで興味もなかったわけだし」


 もうこうなったら仕方がない。

 嫌われる運命だったということでさっさと卒業して就職してしまえばいい。

 昨今は大学入学&卒業が当然みたいな風潮があるけど、気にせずそのまま就職する。

 これ以上学費を払ってもらうわけにもいかないからだ、働いて少しずつでも返すつもりだ。


「嫌われていてもなにも不都合ないからいいけどね」

「でも、物を隠されたりとかし始めたらどうするんだ?」

「そうなったら根岸先生にでも言うよ」


 それをしても変わらなかったら持ち物を究極的に減らせばいい。

 犯人を見つけて直接衝突するのでもいい、それは本当に最終的な手段だが。


「君が止めてくれればいいじゃん」

「嫌だよ、俺は姉ちゃんといられればそれでいいんだからな」

「それならなんでこんなところに? 無益でしょ」

「分からん、けどいてやんねえと駄目だって思った」

「そこまで弱くないよ、それこそ中学時代はこれより酷かったんだから」


 刺激しないで済む方法というのを知りたい。

 教室で大人しくしていても結局は陰キャとか根暗だとかで馬鹿にされる。

 先生といる時間を増やすとそれはそれでなにかを刺激してしまうので、もうそういう対象に選ばれたら諦めるしかないのがほとんどだった。

 いっそのこと自分が1番やべえ奴になってしまえば手を出してくることもなくなるかもしれないが、自分だけで終わる問題ではなくなってしまうから困っているのだ。

 例えば相手をぼこぼこにするとか、窓ガラスを割るとかそういうことをやるのは簡単で。

 でも、支払うのは親だ、残念ながら自分で稼いでいないから甘えるしかない。

 なら話し合いで解決すればいいという話ではあるが、残念ながら聞いてなんかもらえない。

 多分、ノイズぐらいにしか考えてない、人として扱われていないということになる。

 だから大抵は不登校になるか、転校するか、自死するのかの三択になるのが世の中だろう。


「親が買ってくれた物に手を出されたら多分ぶっ飛ばすけどね」

「どうせできねえだろ、口先だけではなんとでも言えるんだよ」


 いや、譲れないことは僕にだってある。

 ま、そうならないのが1番だ、両親を悲しませたいわけではないから。

 が、そういうマイナスなイメージだけは簡単にできてしまうのが複雑だった。




「黒田――」

「分かった」


 お昼休みになれば必ず来るのだからわざわざみなまで言う必要はない。

 今日もお弁当袋を持って教室外へ、そういう風に協力しておけばいざというときに力になってくれるかもしれないからという期待もあった。


「あ、こんにちは」

「こんにちは」


 丹羽くんのお姉さんと遭遇。

 僕の後ろを見たり、自分の後ろを見たりと大変忙しない感じ。

 姉弟仲は微妙なのだろうか、最近は我慢しているって言っていたが。


「あなたひとりですか?」

「はい、いまから適当な場所でお弁当を食べようかなと」


 長く喋っても仕方がないから挨拶をして場所を探し始める。

 外まで行くのは面倒くさいから、やっぱり選ばれるのは空き教室だ。


「冷たっ……」


 幸い、いまのところは特に目をつけられているわけではない。

 隣の席の子からは依然として何故だか嫌がられているが大丈夫だ。

 あとはあの子が変わらずに利用してくれるということ。

 嫌われている人間の席に座って大丈夫なのかって少し不安にねるけどね。


「見つけたぞっ」

「ご飯は食べたの?」

「おう、これから姉ちゃんのところに行ってくるっ」

「遠慮しているんじゃなかったの?」


 この様子だと絶対に遠慮できていないと思う。

 実の弟から美人だなんだって言われても困るよなあ。

 普通は常に一緒にいることで色々なことを知って評価が下がりそうなものなのに、家と外での態度が違いすぎて微妙な気持ちになったりしそうなのになあと内で呟く。


「やっぱり……会いに行くのも邪魔になるのかな」

「ただいるだけなら問題ないだろうけど、この前みたいに言ったりしたら駄目だよ」

「だよな……」


 相手が身内でなかったら大胆に動けていていいのにね。

 他の男子だって真似するかもしれない、あれぐらい大胆にいかないとって。


「偉そうに言ったけど、結局は丹羽君とお姉さん次第だから」


 適度な距離を保って嫌われることを避けた方が僕的にはいいと思う。

 嫌われると関係修復すらできずに終わることもある。

 ただまあ、彼の場合は理由がはっきりしているからまだマシと言えるかもしれない。

 僕の場合は……顔とか雰囲気とかなにが影響しているのか分からないから。


「……我慢する、邪魔したいわけじゃないんだ」

「そっか、ちゃんと伝わるといいね」


 頻度を抑えたらお姉さんの方からアクションを起こす……かもしれない。

 これまで毎日毎日美人だなんだって口にしてきた弟が急に大人しくなったんだからね。

 上手くいく可能性は低い、彼がそもそも我慢できなくなったら終わりだし。

 それでも相手のことをなにも考えず現状維持をしようとするよりはいいのではないだろうか。


「黒田は嫌なら嫌って言えよ、いままでずっと教室で食ってきただろ」

「席ぐらい譲ってもいいかなって」

「そうやって許すとどんどんエスカレートするぞ」


 拒み続ける方が後で面倒くさいことになると思うのだ。

 あの子は結構見た目が整っているから気になっている男子がいるはずで。

 そんな中で僕が何度も何度も拒み続け、文句なんか言ったら終わりだ。

 異性のために動けるのなら他者を落とすことなんてどうでもいいぐらいの態度でいる。

 もちろん、全員がそうだと言うつもりはないが、そういう人間が多いことはこれまで生きてきた中でよく分かっているから。


「君こそ席を取られたままでいいの?」

「俺は逃げてきているわけじゃない」

「別に逃げているなんて言うつもりはないよ」


 普段は沢山の異性や同性と関わっているぐらいなんだから同類なんて言うつもりもないし。


「ただ、たまに息苦しいときがあるんだ」

「そうなんだ? 教室では楽しそうにしていたけど」

「全部が全部、心の底から楽しめているわけじゃない」


 彼は人の悪口を言っているところを聞きたくないと言った。

 じゃああの教室では居づらそうだ、ここによく悪く言われる人間がいますから。


「だって怖いだろ? こうして他の場所にいるときに自分を悪口を言っているかもしれないって考えたらさ」

「僕としては陰口の方がありがたいかなあ、あからさまに拒絶されたりすると傷つくよ」


 あほ、ばか、くそ、そういう言葉は聞き飽きたからというのも大きい。

 どうせならいい気分で教室にはいたかった。

 そういうのが聞こえてこないのであれば友達がいないままでも十分だと言える。

 多くは望まないから無視をしてほしい、良くも悪くも興味を抱いてほしくない。


「あ、だから教室にずっといたのか」

「んー、正しいようで間違いかな、逃げたら負けだって考えていたんだよ」


 教室外で過ごすのはめちゃくちゃ簡単で、誰も行動を縛ってきたりもしないわけで。

 でも、逃げているつもりもないのに逃げていると言われることが嫌で、それならって意地でも教室に残るようにしていた習慣がまだ残っているというだけ。


「僕は負けないよ、だから丹羽君は自分のことに集中してほしい」

「自分のこと……か」


 動けないことが逆に辛いならぶつけてしまうのもありだ。

 もっとも、相手のことを考えればしない方がいいことだから難しいんだけどね。




「黒田、ちょっといい?」


 席を譲ろうとしてできなかった。

 だっていまは買い物の帰りだからだ。


「亮? 話しかけてきてくれているわよ?」

「あ、ごめん、荷物を持っているから今日はなしでいいかな?」

「それなら付いていく」


 ということになった。

 少なくとも1対1であれば変に遠慮する必要はない。

 先約はこちらだったのだから最後まで守るべきだろうし。

 家に着いたらそこからは任せて、家の前であの子と話すことにする。


「どうしたの?」

「この後って暇?」


 約束は済ませたわけだし21時までに終わるならと説明。

 先程の買い物だって学校帰りに直接合流して荷物持ちをした形になる。

 だから後はご飯を食べて入浴を済ませて寝るだけだから特にないわけだ。


「ファミレスでラーメンでも食べながら話さない?」

「あ、じゃあお母さんに言ってくるよ」

「うん、待ってる」


 ファミレスでラーメンってまた珍しいな。

 ラーメン屋さんの方が寧ろ近いぐらいなのに。

 つまりあれか、話す方がメインで、今日はラーメンって気分だったということか。

 とにかく母からは許可が下りたのでお金を持って外へ出る。


「あ、これ貸すよ、手が冷えるでしょ?」

「ありがと」


 自分もちゃんと手袋を装着して夜道を歩いていく。

 なんだろうなあ、学校へ来るなとかそういうことを言うなら学校で十分だしなあ。

 お店に着いたら彼女の真似をして敢えてラーメンを食べてみることにした。

 それで運ばれてきた物を食べていたんだけど……。


「お、美味しい……」

「だね、みんなあんまり頼まないけど安くて美味しいんだよ」


 今度ひとりで来たときは別の味を頼んでみることにしよう。

 食べ終えたらジュースを飲みながら本題に。


「それで?」

叶子かなこがさ、黒田のこと怖いって言うんだよね」


 名前を急に言われても困るけど分かる、隣の子のことだろう。


「でも、席替えをしたいとかなら根岸先生に言ってもらうしか……僕は別になにもしていない、見ることだってしないよ」


 でも、ここでちゃんと要求を呑んでおかないと明日とかに言いふらされていて自由に言われるんだろうなあ。

 周囲は盛り上がれればそれでいいのだ、そうした先で誰かが傷つくことになろうが関係ない、自分はなんにも痛まないから自由にできてしまう。


「友達だから心配になる気持ちは分かるけどさ、どうしようもないことだよそれは」


 だって自分から話しかけたことなんてこの前の悲鳴を上げたときの1回だけなんだから。


「別にいいよ、嫌いのままでも」

「せめて叶子と場所を変わってあげられたらいいんだけどね」


 そうしたらあの子は僕の席に座ることが不可能だから教室にいられるか。

 馬鹿みたいに期待を抱いたって仕方がない、席を譲ったところでなんにも発展しない。

 だったら教室に留まるべきだ、学費を払ってもらっているのだから権利がある。


「分かった、無理だと思うけど根岸先生に頼んでみるよ」

「……別にそういうことが言いたいわけじゃ」

「どうせその子のためになにかをやめてくれとか言いたかっただけなんでしょ? そうじゃなければ一緒に行動することなんてリスクばかりでメリットないしね」


 どうせ来たならとジュースをいっぱい飲んでおくことにした。

 本来はご飯のためにお金を使うなんてしないから余計に。


「黒田は叶子になにもしていないんでしょ?」

「してないよ」

「じゃあどうして……」


 僕が聞きたいぐらいだよそれは。

 勝手に嫌われるって流石の僕でもむかつくんだ。

 誰かがなんらかの噂を流していたとして、それを鵜呑みにしているなら馬鹿としか言いようがない。

 ま、あくまでそれは憶測だが、気になるならなんでも聞けばいい。

 なのにそれをしないで勝手にびくびくして、それを誰かに目撃されれば悪いのは僕ということになるのだから質が悪いとしか言えない。


「黒田は中学校……」

「僕は北中だったよ」

「じゃ、中学時代に会っているというわけでもないし……」


 塾とかにも行っていなかったから関わりようがない。

 もし街中で出会った存在のひとりだとしたら逆にとんでもない強運だ。

 だってたまたま僕が悪いことをしているところに遭遇したということでしょ? ありえない。

 もちろん、そんなことをしているつもりもない、誰だって完璧に誰にも迷惑をかけていないなんて言えないからこういう言い方になってしまうのも仕方がないだろう。


「叶子は男性恐怖症というわけでもないんだ、だから……分からないね」

「じゃあ顔とか雰囲気とかが嫌なのかもね、どうしようもないけど」

「そういうところで判断する子じゃないんだけどね」

「気を悪くしないでほしいんだけど、例え君が親友でも言えないことってあるんじゃないかな」

「確かにそうかもしれない、教えてくれないことも多いから」


 細かくなんでも話すと喧嘩した際にばらされるリスクが高くなる。

 相手がどれだけ昔から一緒にいる人間だろうと関係ない、終わるときはあっという間なんだ。

 ある程度のところで長居しても申し訳ないからということでお会計を済ませて帰ることに。


「でも良かったよ、学校に来るなとか言われなくて、言われても言うことは聞けないけど」

「言うわけないじゃん、学費やその他諸々の費用を払っているのであれば権利はあるんだし」

「うん、そういう風に理解してくれている人がいるのはありがたいよ」


 未だに名前も知らない子だけど恐らく悪い子ではないということは分かった。

 そうじゃなければほとんど関わったことのない人間と飲食店に行ったりはしない。


「あと、いちご牛乳をくれてありがとう、美味しかった」

「安くて美味しいからお気に入りなんだよ」

「気に入る理由が分かる気がするよ」


 こうなったらみんなで美味しい物を飲んだり食べたりすれば解決するのではないだろうか。

 案外馬鹿にならないパワーだと思うんだよね、いらいらも吹き飛ぶんだからさ。


「というか、普通に喋れるんだね」

「うん、喋る相手がいないだけでね」


 逆にコミュニケーション能力というのは高い気がする。

 意外とどもったりすることはない、丹羽君のお姉さんにも普通に対応できたし。


「じゃ、今日は付き合ってくれてありがと」

「うん、気をつけてね」

「あ、これ」

「うん」


 別れたら走ってすぐに帰った。

 寒いのが苦手なのは自分もそう、早くこたつに入りたかった。

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