第3話 急いで話をするとかえって長くなる ゆっくり話をするともっと長くなる
昨夜は寝れなかった。
家に帰ってあのノートのことばかり考えていた。だが、あれ以上続きを読む勇気もなくただただ持ち主は誰なのか。
そして、その持ち主にどうやってこのノートを返すのかばかり考えていたら当然、睡魔さんたちも怖がってどこかへいってしまったようだ。
はい、そうです。寝不足です。
睡魔さんすみません。
怖がらせたりした僕が悪かったです。
いや、怖がらせたのは俺ではない。そうーー
このノートの持ち主である。
睡魔を敵にし寝不足を味方にしながら迎えた朝を好ましく思うはずもなく、気だるそうに朝食をとる。
「お兄ちゃんなにその顔。きもっ」
最近、思春期を迎えたからか生意気になりつつある妹のせいで、さらに気だるくなる。
「俺はお前と違って忙しいーんだよ」
そう言うと、すぐにムカッとした表情へ切り替わり
「はぁ?友達も居ないくせに部屋で一人で何が忙しいのよ。私の方が忙しいに決まってるでしょ!」と、根拠のない決めつけをされたが自分も根拠のない決めつけを先にしていたため反論の言葉を飲み込む。
「はいはい、悪かったよ。夏海の方が忙しいな」
朝から体力を使うわけにもいかず穏便に終息させる。
「うっさい!ばか!」
そう言って、ごちそうさまをしてすぐに登校する妹の夏海であった。
一方、朝から妹に暴言を浴びせられ気だるさが増す一方の俺もごちそうさまを済ませて登校する。
日差しが強くまだ春なのに日焼けしそうなくらいに照っているが、風の冷たさはしっかりとしていて今が春だと認識させるためには充分な気候であった。
昨日に引き続き重い足取りで学校へと向かう。
「おっはよー!」
「おっす!」
「昨日のテレビ見たー?」
道中に様々な挨拶が繰り広げられるなか、俺は独り歩きを繰り広げる。
学校へ着くと、呆れるくらいに綺麗な桜が飽きもせずに俺たちを出迎えてくれた。
一応、ここで言っておくが俺は別に学校へ行きたくないわけではない。
ただ、行きたいわけでもなくどちらでもいい。どちらかと言われれば行きたくはない程度だ。
でも、今日はどうかというとーー
はいっ。行きたくありません。すみません。
寝不足で頭が働かず体が重いのと同時に昨日のノートの事があり、もしこのノートを拾った事がすでにバレているとか考えたらそれだけで身震いしてしまう。
なぜ、あのノートを持って帰ってしまったのだろう。と、後悔の念が消えない。
とりあえず、教室に入って一時間目が始まれば勝ちである。
いつも始業チャイムのギリギリで教室に入る時間で家を出ている。そのため実質、教室に入り着席したところが勝負だ。
廊下を歩き、勝負までのカウントダウンが刻々と近づいてくる。
一組前ーー昨日よりかは騒がしい。だいぶ打ち解けてきたのか?それにしては早いな。まぁいい。これくらい騒がしいと悪目立ちはするまい。
二組前ーーこちらも騒がしい。どうやら昨日の自己紹介を経て、違うグループと違うグループが交流を始めてるんだな。と、緊張を解くために興味のない他人の人間関係をあえて考察してみせる。
三組前ーーとうとう来てしまった。そこで気がつく。かなり自分の鼓動が早くなっていた。
緊張というものを生まれて初めて体感した時に覚えたあの得体の知れない恐怖が急に懐かしく思えた。
(殺されるわけではないんだ。いくぞ)
と、覚悟を決めて扉の前に立った瞬間ーー
「あぁー!!ノートがないー!!」
と女の子の叫び声が聞こえた。
全身に鳥肌がたち上手く息が吸えず、一気に冷や汗でシャツが体に張りついた。
「えっ?なになに?」
「どうしたの?」
ヤバいヤバいヤバい。これは大事(おおごと)にされるパターンだ。一番まずい展開である。
これでバレずに返すのがより困難となってしまった。もしバレずに返せても大多数を巻き込んでいるため誰が返したのか探す事になるだろう。
そうなると、クラスで既に信用のない俺が犯人にされる可能性は極めて高い。
これは、もはや俺が実際にノートを持っていなくてもバッドエンドのパターンかもしれない。
ていうか、そもそも何で俺がこんなに焦らなくてはならないのだ。別に悪いことをした訳じゃないじゃないか。ノートも拾ってあげただけじゃないか。
そう考えるとむしろ、ムカムカとしてきた。
と、同時にどうせ何してもバッドエンドだ。
という気持ちが出てきて半ばやけくそになり意を決して自分のクラスの教室の扉を開けた。
その瞬間ーー
「あっ、ごめーん。今日、新しいノート買うつもりだったから持ってきてなかったんだった」
「なんだよもうー」
「じゃ、急いで購買行く?」
「うん」
そう言って彼女達はすれ違うようにして教室を後にしていった。
ノートといっても、あのノートの事ではなかったらしい。
正直、拍子抜けだった。安心したのはもちろん大きいが気を張っていたのもあって、力が抜け落ちるほどに安堵したのだ。
瞬く間に冷や汗が引いていく感覚を背に自分の席へ向かい着席した。
ひとまず、第一関門突破!!
おめでとう!自分!
心の中で小さな拍手を自分に贈る
そしてすぐさま第二関門の心構えをし、最強の味方が助けてくれるまでの間待つ。
「天道さん今日一緒に帰ろー?」
「すみません。今日は用事があって......」
「あっ、そうなんだ!いいよいいよ!」
今日も隣の席は人だかりが出来ている。
正直、席替えまでの間この人だかりが間近で騒ぐとなると苦痛以外の何物でもない。
学校へ行きたくない比重が高まりつつある。
そんなことを考えてる間に時間は過ぎた。
気の抜けた拍子にそのまま眠りに落ちてしまうほど安堵した。
(キンコーンカンコーン)
「それでは解散っ!」
「さようならーー!!」
ふと、気がつき意識が朦朧(もうろう)とし辺りを見渡す。するとなんだか皆が俺を見て笑っているような気がした。それはいつものことか。
と冗談半分で流していた。
(あれ?皆、鞄を持って教室を出ている。さっき来たばっかりなのに。なぜ?)
「一緒に帰ろうぜ!」
「おう!」
「先生さよならー!」
「気をつけろよー!」
お別れの挨拶をして次々と教室から人が居なくなっている。
(なんだ?これは。夢か?)
そういやとても眠たかったのが今はそんなに眠くないな。それじゃ、早いこと起きなくては。
そうして、体を起こしてほっぺたをつねってみせる。
「痛たたたっ!」
隣の女子がクスッと笑ったのだけが聞こえた後、すごい剣幕で真正面の女性が俺のことを優しい声で呼んでいる。
状況を一気に悟った。これはダメなやつだ。
実際に始業チャイムで寝てしまい、今起きたのが周りの状況を見て判断する限り、終業チャイムだ。
どうやら、俺は寝不足のせいで朝に着席してから今の今まで寝ていたみたいだ。
誰も起こしてくれなかったのだろうか。
重い腰を上げて少しよたよたしながら先生の前まで行く。
そして、目の前の女性がこの顔で優しい声となるとバッドエンド確定である。
「後で、職員室に来なさい」
声はとても優しい女性の声ですんなりと耳に届く。が、眉はひきつり顔からは優しさを微塵も感じさせない。このギャップが一番怖いのだ。昨日の二番目の最強の味方は今日の一番の敵となってしまった。
せっかく朝はバッドエンドを回避出来たのだが結局のところ最後にバッドエンドになる運命の高山であった。
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