七章・撃発(3)


 何?


「あんたはきっと思い込む。自分と同じ間違いを犯すって、そう思い込むはずだって俺達に言ったんだ」

【間違い?】

 いったい、何を指している? 心当たりが無い。疑似空間で逃走を許したこと? たしかにあれはミスだったが、結局その後も全ては自分の思惑通り運んで──


 待て。


 そもそも、そんな直近の話をしているのか? そうとは限らない。もっと別の間違いを指しているのでは?

 だいいち、おかしいじゃないか。あの賢い子が、どうしてこんなにあっさり捕まった?

 そして、どうしてそれを不自然に思わなかった?


【あ……】


 経験があったからだ。遥かな昔、ドロシーと同化した直後、自分は大きなミスを犯した。手に入れたばかりの力に振り回され、危うく夫と月華に負けるところだった。

 旧時代、こんなことを言った人間がいる。


『刃物を持った人間は怖くない。刃物を使うこと以外、何も考えなくなる』


 武器を手にすると、人は自ら選択肢を狭める。振り回しているつもりで、その実は振り回されてしまう。伊東 旭が怒りに任せ、東京の半分を消し飛ばしたように。

 アサヒ、ライオ、伊東 陽の抜け殻。朱璃の手中には三つの強大な武器が転がり込んだ。だから思い込んだ。同じミスをしていると。あの“杖”の強大な力に溺れ、本来の持ち味を失い、単純な力押しに走ったのだと。

 けれど考えれば考えるほど不自然。正面からの突撃。無尽蔵の魔素に頼ったゴリ押しの集中砲火。そして捕らえられてからの沈黙。


【まさ、か……!】

「チェックメイト」


 ──朱璃はそこにいた。すでに、その場所にいた。拘束されていた方の彼女が維持限界を迎えて拡散する。参考にさせてもらった。ドロシーが偽の自分を作り出したように彼女も陽の杖の力で偽りの自分を作り出した。

 後は簡単だ。模倣体じぶんと仲間達に派手に暴れさせ注意を逸らせばいい。勤勉な彼女はカトリーヌに教わり隠形ステルスの術も身に着けてあった。姿と音を消して近付く。それだけで簡単に間合いへ入ることができた。

 彼女はいつもの対物ライフルを構える。障壁の上に寝そべり目標に照準を定める。本当の居場所はドロシーの額の目と鼻の先。すでに探査霊術による位置の特定もマーキングも済ませてある。ライオからの目撃情報も役立てた。

 そこに“欠片”が見えている。


【やめっ──】


 マーキングした“欠片”が動いた。当然予測済み。未来位置予測の霊術を行使。朱璃は躊躇わずトリガーを引く。威力重視に再設定した術式が発動し、ライフルの銃身を融かしながらいつもよりさらに加速された“魔弾”が飛び出す。障壁を展開されるより先に額へめりこみ、移動した直後の“欠片”を貫く。

 世界を破壊しうる力なんていらない。どんな敵だろうと、ただ一発、最適なポイントへ最小限の一撃を撃ち込めばいい。


【アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?】


 初めて余裕を失って発せられる絶叫。ドロシーの巨体が崩れていく。今度こそ、本当に止まらない崩壊が始まる。

 いつか必ず、この手で父の仇を討つと誓った。

 朱璃は、ついにそれを果たしたのだ。




「や、やった……?」

 怪物の群れの足止めを行っていた兵士達が絶叫を聞き、空を見上げて崩れ行くドロシーの姿を目撃する。


「流石だな……朱璃」

 巨神の一体を、どうにかこうにか仕留めた梅花ばいかも荒い息を吐き出し、拡散していくその巨体の上に立って笑った。


「やった……勝った……」

桜花おうか姉様……菊花きっか……みんな……私達、やりましたよ」

 生き残った術士達も喜び、抱き合い、歓声を上げる。仲間達の支援を受け、刃状障壁で別の一体を倒すことに成功した斬花きりかも涙ぐんで空を見上げた。

 しかし、そこに月華の声が響き渡る。


「まだよ、おわってない!」


「あっ!?」

 振り返る斬花。すると、その視線の先で最後の巨神も烈花による決死の攻撃を受けようとしていた。




「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 仲間の援護を受けつつ何度も突撃を繰り返していた少女は、ついに賭けに出る。全身に炎と霊力障壁を纏い、ある一点に体当たりを仕掛けた。

「これならどうだっ!」

 彼女がそこにぶつかった瞬間、従来の炎霊術を遥かに上回る規模の爆発が起こり、さらには甲冑の隙間を炎が伝って全身で連鎖爆発を発生させる。


 ──しばらく前、烈花は相談を持ちかけた。相手は朱璃。自分の霊術は熱量こそ高いが、破壊力が足りない。爆発を起こすこともできるけれど、その威力はせいぜいダイナマイト数本分。竜の大半はその程度の攻撃になら耐えられる耐久力を有している。

 だから一撃の威力をもっと高めたい。霊術に疑似魔法学を組み合わせることで、それが可能にならないかと問いかけた。


 その答えがこれ。朱璃は旧時代に存在したプラスチック爆薬というものの存在と性質について詳しく教えてくれた。変形させ、くっつけて、爆破できると。

 もちろん、それそのものを再現しろと言ったわけではない。魔素による物質再現は高度な技術である。知識も相応に深くなければならない。短期間でそこまで至ることは不可能だと諭された。そもそもプラスチック爆薬の威力はさほど高くない。

 幸い魔素は、曖昧なイメージですら、ある程度再現できてしまう。アサヒが全力で攻撃する際、圧縮した魔素に破壊のイメージを読み込ませ爆発を起こすのと同じように、強力な燃焼性を持ち、敵に貼りつけることができて、連鎖爆発により通常の霊術ではダメージを与えられないような相手にもダメージを通すことのできる、そういう何かは作れるはずだと、そう教えられた。

 そしてひたすらイメージを練り、再現させる修練を重ねた彼女は、ついに作り上げたのである。魔素による“プラスチック爆薬”もどきを。

 だが爆発力の向上はデメリットも生み出した。


(や、やばっ!?)


 やっぱりだ。爆風の中、彼女を包む障壁に亀裂が走る。継ぎ目をピンポイントで壊され、敵の甲冑の一部が脱落したのは見えた。その向こうで銀色の輝きが姿を現す。あの位置に敵の核となっている結晶がある。それを破壊したら勝てる。

 なのに爆風に煽られて他の術士達も足を止めてしまっていた。一番至近距離にいた烈花の障壁はついに割れ、自らの術が生み出した熱で皮膚を焼き焦がされる。同時に、一瞬の衝撃から立ち直った敵がまた巨大なハンマーを振り被った。今の自分達には回避する余裕が無い。


(やられる!)


 悔しさで涙が滲む。未完成の術に賭けた結果がこれか。むしろ仲間達の足を引っ張ってしまった。

 でも、そんな涙が凍り付いた。熱気が冷気に遮られ、吹き飛ばされた彼女の体を大きな腕が受け止める。誰かが疑似魔法で助けてくれた。

「え?」

『頑張ったな』

 男は彼女の頭を撫でると、空中に展開した障壁を蹴って走り出す。

『もう少しだ』

 その手に持っていたMW二一〇──霊力を有する兵士専用の魔弾発射装置を彼女の手に託すと、振り下ろされるハンマーに自ら立ち向かって行った。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 無口な大男の咆哮が響く。DA一〇七の全ての噴射機から魔素を吐き出し、己の肉体の強度を唯一覚えた霊術で鋼のように硬くして、自身を弾丸に変えて強引にハンマーの軌道を逸らす。巨神の一撃は少女達の足下を通り過ぎた。

 同時に彼は砕け散ってしまう。再現される前のただの魔素に戻っていく。

 でも、その大きな背中は彼女の心に焼き付いた。


巌倉ウォールさん!」

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