五章・奸計(1)

「なんだ!?」

「鳥だ! 鳥の大群だぞ!」

 護衛隊の隊士達が、木々の合間から空を見上げて叫ぶ。その言葉通り凄まじい数の鳥達が空へ舞い上がり黒雲と化していた。

 やがてそれは狙いを定め、一行に襲いかかって来た。ものすごい数の羽ばたきが轟音を響かせて彼等に迫る。

「防御態勢!」

 こんな時のため隊列を崩さず進行していた彼等は、朱璃あかりとアサヒを中心に据えた囲みを急いで縮め、数人分の魔素障壁シールドを組み合わせてドームを作った。隙間無く形成されたその光の壁に全員が保護され、直後に鳥の群れが激突する。

 バチバチと音を立て、血飛沫と肉片が宙を舞う。

「くうっ!?」

「な、なんなんだいきなり!」

 次々に障壁に激突し、爆ぜる鳥達。まったく減速せずに突っ込んで来たせいで一方向に大量の死体が積み上がった。そして一旦通り過ぎた生き残りは、空中で反転するなり再びこちらに向かって急降下してくる。

 明らかな異常行動。ドロシーに操られているらしい。

「もう一回来るぞ!」

「耐えろ!」

 これだけ大きな障壁を展開していると、体内の魔素はどんどん削られていく。現代人にとって魔素の枯渇とは死と同義だ。苦痛に顔を歪め、それでも第二波の襲来に備える護衛隊士達。

 その中心で、アサヒが両腕を掲げながら叫ぶ。

「解除してください! 俺が防ぐ!」

「言う通りに!」

「はい!」

 朱璃に指示された大谷ら隊士は一斉に障壁を消す。するとその外側にさらに巨大な壁が、たった一人の力で形成された。

「こ、これが」

「アサヒ様の御力!!」


 巨大な障壁は鳥達の攻撃を防いだ。直後、その障壁を内から切り裂き、二つの影が外へ躍り出る。


「よくやったアサヒ! 後は我々に任せろ!」

「姉様、燃やしていいッスか! アイツら焼いちまってもいいッスか!」

 乙女らしからぬざんばら髪。その一部だけを赤く染めた三白眼の少女。彼女は前を行くカトリーヌに許可を求めた。風花と同じ南の術士で、名を烈花れっかという。青森の地下都市に潜伏していたそうだが、福島に滞在した夜、追いついて来た。

「やれ! ただし林を燃やさないよう注意しろ!」

「わかってます!」

 狂喜して両手の指を鉤爪状に曲げる彼女。すると手の平から赤い炎が溢れ出し、瞬く間に全身を包み込む。

 なのに焼けない。術者自身にはなんら影響を及ぼさず、炎はさらに膨れ上がる。

「私も焼くなよ!」

「焼けないでしょう、姉様だもの!」

 霊力障壁を展開したカトリーヌを追い越し、猛火に包まれたまま天高く駆け上がる烈花。飛翔術を巧みに操り、鳥の群れの中へ突っ込んで吠える。


「燃えろよぉ!!」


 炎が爆裂して群れを内から切り裂いた。火だるまになった鳥は空中で蒸発し、地上には灰すら落ちて来ない。見上げていた北日本の面々は予想外の光景に目を丸くする。

「なんなんだ、あの嬢ちゃん!?」

「爆発した……だ、大丈夫なのか?」

「問題ありません。あの子は烈花。その名は、炎を操る術で右に出る者がいない証」

 その言葉通り、爆炎の中から飛び出した烈花は無傷だった。引き続き空中を飛び回って、残った鳥達に追撃をかける。かつて“人斬り燕”が見せたのと同じ飛翔術。凄まじい火力と機動力を併せ持っているわけだ。

 その人斬り燕役を務めたカトリーヌもまた、妹の炎を掻い潜ってきた鳥達を霊力障壁と長刀を使って蹴散らしていく。さらに今しがた兵士達の質問に答えた別の少女も、刀を鞘から引き抜いた。

「螺旋の人、障壁は消さないでくださいね。私には障害にならないので」

「え?」

 言葉の意味が分からず眉をひそめたアサヒの前で、馬から降りた少女は日本刀を正眼に構える。若くして白くなっている髪がふわりと浮かび上がった。

 彼女達術士は服装も独特。艶めかしい光沢を放つ白絹。そして赤い袴。旧時代の巫女に似た服装で精神を研ぎ澄ますと、何を思ったかアサヒの展開した障壁の中で白刃を振るう。当然、その一刀が届く範囲に敵はいない。

 なのに──


 サンと軽い音を立て、接近しつつあった鳥が数羽まとめて切り裂かれた。魔素障壁には亀裂一つ生じていない。


「ええっ!?」

「改めて名乗らせていただきます。私は天王寺てんのうじ 斬花きりか梅花ばいか姉様や烈花のように空を飛ぶことはできませんが、ある程度の距離と障害物を無視して標的を切断できます」

 言葉通り、障壁外の敵を安全地帯から次々に切り裂く斬花。彼女の前ではあらゆる防御が意味を為さない。その事実に気付いた北日本の面々は固唾を飲む。ここでは味方だからいいが、今後もし敵に回ったらと考えると、素直にその恐るべき能力を称えられなかった。

 三人の術士の活躍により、鳥の群れは瞬く間に数を減らしていく。そして最後の一羽が斬花のワープ斬撃に切り裂かれた時、間髪入れず地上から新たな敵が襲って来た。

「ウガアッ!!」

「犬!?」

 以前、福島までの旅路で襲って来たのと同様、野犬の群れが四方八方から現れアサヒの障壁に体当たりを仕掛ける。突破できるはずもないのに。

「このへんの変異種を全部操ってぶつける気か!?」

「でも、まだ夜じゃないのにっ」

 無謀な突撃を繰り返す獣の群れに困惑する一行。

 そこへ、朱璃がさらに不可解な命令を下す。

「アサヒ、障壁を解除! 全員で敵を迎撃しつつ前進!」

「えっ? な、なんで!?」

「説明は後! 急いでここから離れるわよ!」

 推測通りなら留まることは危険。彼女はそう判断した。

 不可解ではあるが、朱璃には何か見えているはず。察した仲間達は指示通り馬を走らせ始めた。アサヒも障壁を消して進路を開く。

「こっちへ!」

「どうも!」

 走りながら手を伸ばし、斬花を拾い上げる小波こなみ。拾われた少女は大谷が確保しておいてくれた自分の馬へ素早く移乗する。

「ガウッ!!」

「くっ!」

 横合いから飛びかかって来た犬を射殺する隊士。木々が邪魔で走り辛く、敵の接近にも気付きにくい。対する犬達は小回りと鼻が利く分、この場所では馬より素早かった。次々に追いすがって来る。

 だが、そこは流石に北日本が誇る精鋭。銃とナイフを使い、冷静に敵を仕留め、順調に数を減らしていく。危機的状況では焦った者から死んでしまう。今の世界に生きる彼等は、そのことを骨の髄まで悟っていた。

 そこへ、鳥の群れを全滅させたカトリーヌ達も空を飛びつつ追いついて来る。

「どういうことだ朱璃、何故移動した!?」

「これは罠!」

 朱璃はいつものライフルからマーカスの突撃銃に持ち替え、馬を操る彼の代わりに味方を援護しつつ答える。アサヒの魔素障壁がある以上、変異種をいくらけしかけたところでこちらに痛手は与えられない。敵もそんなことはわかっている。

「本当の狙いは、波状攻撃によって足止めしながら大量の血液、つまり魔素を地面に撒き散らすこと!」

「なんだと!? なんの意味が──」


 その瞬間、後方で轟音が響いた。


「なっ……?」

 空中に制止して振り返るカトリーヌ。同様に動きを止めた烈花も目を見開いて音のした方向を指差す。

「姉様、あれ……」

 普段は勝ち気な彼女も、その光景には流石に声が震える。

「なるほど、そういうことか」

 カトリーヌもようやく理解した。朱璃と違って原理までは把握していないが、目の前の現実は即座に受け入れるしかない。でなければ死ぬ。

 視線の先には“津波”が現れていた。




 ──朱璃が道祖神を見て気付いたのは、ここが大陸プレート同士の接触する境界線の上だという事実。そういった土地には昔から霊的な力の通り道があると信じられ、道祖神は時に、その力が荒ぶることのないよう設置されることもあった。

 そして特異災害調査官となり、地上で現場検証を繰り返すうちに気が付いた。実際に境界線上では特異災害が頻発していると。


 そして考えた。因果関係はあるのか?


 あくまで仮説だが、彼女はこう考える。大陸プレート同士が擦れ合う時、地下で巨大な電力が発生しているのではないか? たとえば石英や水晶といった鉱物は圧力がかかると圧電効果により電気を発生させる。あるいは、もっと単純に摩擦により生じた静電気なのかもしれない。

 なんにせよ、地中に記憶災害発生のトリガーとなる“電力”が存在する可能性は十分に考えられる。旧時代、地震の際に観測される“地震光”という現象も、この地中の電力が原因ではないかと唱えられていたようだ。

 敵はおそらく、それを利用した。地下水脈か何かがあって、元々魔素の濃度が高い土地なのだろう。そこに地中の電力を接触させたら、どうなる? 

「ああなるわけね!」

 マーカスと背中合わせのまま、馬上から観察する朱璃。木々を薙ぎ倒しながら、濁流が凄まじい勢いで迫って来る。崩界の日やそれ以降、この辺りでは繰り返し津波が発生してきた。あれはその記憶の再現。実際、右手に見える海は穏やかなままだ。海面の変動とは無関係に陸上で発生した現象だからである。

 変異種達は足止めとしてだけでなく、あれを地上に引きずり出す呼び水に利用されたのだと思う。地中に染み込んだ彼等の血液を通じ、本来なら地下で発生するはずの記憶災害を地上まで誘導した。彼女がその可能性に気付かなければ、今頃は全員波に飲まれて押し流されていただろう。

 とはいえ、これからそうなるかもしれない。魔素によって再現された津波は、走る一行を背後から追いかけて来た。その進行速度は馬の全力疾走より速い。

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