幕間・衝撃

 後日、特異災害対策局本部の会議室に星海ほしみ班メンバーが全員招集された。アサヒと王室護衛隊代表の大谷おおたに 大河たいが。さらには見知らぬ少女の姿まである。

「み、南日本に行く!?」

「班長とアサヒだけでなく、オレらもですか!?」

 全員が集まったことを確認し、朱璃あかりが次の任務の内容と目的地について説明したところ、小波こなみが驚いて立ち上がり、友之ともゆきは驚きすぎて椅子ごと後ろへひっくり返った。二人揃ってリアクションのオーバーなコンビだ。

 朱璃はジト目で両者を見つめる。

「何? アタシの護衛じゃ不満?」

「い、いえ……」

「元々そのための班ですし、滅相も無いッス」

 椅子を起こして座り直す二人。スカウトされた後で知ったのだが、この班はそも女王の意向で朱璃を守るべく結成されたものらしい。だから局内でも指折りの精鋭ばかりが集められた。他の班に比べて女性の数が多いのも班長の彼女に配慮してのことだという。

 いきなり南日本へ行くと言われて驚いたが、よく考えれば班長が朱璃な上、今はアサヒまでいる。天才少女マッド記憶災害ドラゴン。この夫婦が揃っているなら、普通でないのが普通のこと。立て続けに大事件を経験した彼等は、そんな悲しい結論に達する。


「班長とアサヒだもんな……」

「班長とアサヒだしね……」


「コラ、アタシらを疫病神みたいに言うな。厄介事を呼ぶのはコイツだけよ」

「何も言い返せない……」

 しょげるアサヒ。彼は魔素によって変異した生物や生物型記憶災害を引き寄せてしまう体質である。

「いや、班長だって自分から危険に首突っ込むじゃないスか」

「当たり前でしょ。それが調査官の仕事だってえの」

「だとしても限度ってものが……」

「ねえ、嫌ならいつでも辞めていいのよ? 他の職への推薦状も書いて欲しい?」

「すいません、文句言わずに働きますので、それだけは」

「転職は勘弁ッス」

(へえ……)

 三人のやりとりを聞き、驚くアサヒ。北日本では才能によって職が決められる。友之と小波もそれで調査官をしているのだと思っていた。でも今の会話を聞く限り、それぞれにこの仕事を続けたい動機があるらしい。加えて、辞めた場合にも多少の選択肢なら残っているようだ。

(まあ、才能があったって、どうしてもやりたくない仕事はあるだろうしな。そんな人のための受け皿もちゃんと用意されてるんだ)

 国も色々考えてるんだなと感心した。


 ──ちなみに、他の選択肢というやつは大抵の人間が嫌がる類の仕事だ。彼はまだそのことを知らない。


 直後、これまで黙って耳を傾けていた門司もんじ 三幸みゆきが手を挙げた。

「班長、話が進まないし新米いじりはそこまでにしとくれ。とりあえず南日本が困ってて助けに行くってのはわかった。元は同じ日本人なわけだし心情的にも異論は無い。坊やが行くってんだから、班長が行くのもわかる。でもさ──」

 ジッと謎の少女を見つめる彼女。さっきからその見覚えの無い顔が気になっているのに、未だ紹介が無いとはどういうことだ?


 少女は朱璃と同程度の年齢で、長めの黒髪を分けて束ね、左右に一房ずつ垂らしている。瞳が大きく色が明るい。いかにも人懐っこそうな顔立ちなのだが、今は何人もの大人を前に一歩も退かんぞと気負っているようにも見えた。年頃の少女にしては珍しく、服も標準的なスキンスーツのみ。

 そういう、ちょっと変わったところを除けば外見上は普通の子供。とはいえ、この場にいるからにはただもののはずがない。


「自分のことが気になるんですね?」

 門司の質問を受け一歩前に出る少女。フンスと鼻息を吹き、朱璃の方へ顔を向け律義に「いいですか?」と問いかける。

 彼女が頷き返すと、またフンフンと鼻息荒く名乗りを上げた。

「遅ればせながら自己紹介を! 自分は日本国みなみから工作員として送り込まれ、一年間盛岡で潜入活動を行って参りました風花ふうかと申します! 元の任を離れ、皆さんの道中の護衛をするよう言われています! なので、どうかよろしくお願いいたします!」


 その声は、想像以上の爆音で会議室中に反響した。

 朱璃ですら耳に手を当てて顔をしかめる。


「防音施工の部屋で良かったわ……」

 盗聴を警戒してのチョイスだったが、まさかここまで声が大きいとは。こんなにスパイに向いてない人材がどうして? ひょっとすると南では術士隊も人材不足に陥っているのかもしれない。

 音響兵器に近い大声でダメージを受けた門司達は、しばし悶えた後に改めて驚く。

「南の……工作員スパイ……?」

「何故、こんなところに……」

「先程申し上げた通り、皆さんの護衛のためです! 姉様共々、全身全霊で努めます!」

「姉様?」

 友之が眉をひそめると、そこから二列前の席に座っていたカトリーヌが急に立ち上がり、歩き出した。そして部屋の前方で立ち止まり、風花と名乗った少女の隣に並ぶ。

 何故か風花は、そんな彼女を憧れの眼差しで見上げた。

「はあああ~……姉様がこんな近くに!」

「さて」

 振り返った彼女は、いつものたおやかな笑みではなく、凛とした表情と怜悧な眼差しを仲間達に向け、口を開く。

天王寺てんのうじ 梅花ばいか。それが私の本当の名だ。六年前、この子より先に工作員として北へ渡り、潜伏を続けていた。三年前、朱璃とマーカスに正体を見抜かれてしまい、それ以来対策局の一員として働いている。局長や女王はこの事実を知っているが、他に知る人間は少ない。だから口外はしないでくれ。少なくとも南へ出立するまでは」

「……はい?」

 目を点にする友之。小波も呆気に取られ門司は眉を跳ね上げた。朱璃とマーカス、風花とアサヒ、そして実は大谷も。正体を知っていた五人以外のメンバーの中で、いつも通りなのはウォールだけ。

「なんだ、反応が淡白だな。もしかして知っていたのか巌倉いわくら?」

「……そんな気がしたから、以前、局長に訊ねた」

「なるほど」

 そういえばと納得する梅花。思い返せばある時期から、ウォールは自分に絡んで来なくなった気がする。彼の場合、元々無口だから顕著な変化があったわけではないが。

「こちらの立場に配慮してくれていたなら、礼を言う」

「気にするな」

「そうだな」

 互いに仕事でやっていたことだ。この口数の少ない男は、どうやらそう言いたいらしい。同意して頷き返す。

 そこへ、やっと動揺から立ち直った小波が質問を投げかける。

「え、えっと……カトリーヌって名前は?」

「偽名だ。知ってるだろう」

「あ、そっか。元々偽名だって言ってた……」

 納得する小波。その点に限り、梅花は嘘を言っていなかったわけだ。

「はい」

 門司が再び手を挙げる。朱璃は「いちいち挙手しなくてもいい」とツッコんだ。

「その言葉遣い、それが素のあんたかい?」

「ああ。普段のあれは周囲の信頼を得るため向こうで叩き込まれた。ようは一種の処世術だな。上手く演じていただろう?」

「たしかに、関西人が関西弁で喋るなんて、怪しすぎて逆に怪しまれないだろうね」

「そうです! 梅花姉様は凄いんです! あ、ところで自分は関西人なのに関西弁が下手すぎるって言われて、徹底的に標準語を仕込まれました! この言葉遣いどうでしょうか北日本の皆さん。怪しくありませんかっ!!」

 またしても大声を上げる風花。すぐ横にいたカトリーヌは大ダメージを受けた。彼女は左耳を押さえつつ注意する。

「風花、言葉遣い以前に、もう少し声量を落とせ」

「あ、すいません姉様! 憧れの姉様に会えて興奮しました!」

 本当に少しだけボリュームが落ちた。この調子でよく潜伏していられたものだ。

 小波が急にハッとする。

「そういえば、盛岡の牧場にやたら声の大きい子がいるって従兄が……」

「多分それ自分ですね! 牛さんのお世話、楽しかったです! このまま盛岡に骨を埋めたいって思ったくらい!」

「そうなんだ……」

 それでいいのか工作員? 一同は、だんだんとこの幼いスパイの行く末が心配になってきた。もしかすると、これも彼女なりの心理テクニックなのかもしれない。

(あ、でもスパイが潜入先の生活に馴染んで元の自分に戻りたくなくなるって展開は映画でよく見たかも)

 映画好きの母と色々な作品を鑑賞した記憶のあるアサヒは、そんな、割とどうでもいいお約束を思い出す。

 一方、カトリーヌこと天王寺 梅花は、苦笑しつつ妹分の頭に手を置いた。

「まあ、そんなわけでな、これまで騙していたことは悪かったが、大阪まで護衛と道案内を務めることで償わせてくれ。ここにいる風花も手伝う。ついでに、後からもう二人合流する予定だ」

「二人?」

烈花れっか姉様と斬花きりか姉様です。山形と青森に潜伏していました!」

「おいおい、いったい何人こっちにいるんだい?」

「流石に教えられん。それにお互い様だ」

 門司のぼやきには皮肉で返す。

 北も南も考えることは同じ。どちらもスパイを送り込んで情報収集させている。昔からそうだった。

「まあ、少なくとも私達四人は、二度とこちらへ戻って来られないさ。なにせ顔が割れてしまったからな」

「そうなんですか……」

 彼女がスパイだとわかった後でも、残念そうに顔を曇らせる小波。その視線は隣の友之へ向けられ、心配そうに幼馴染を見つめた。

 彼はいまだに固まっている。心臓が止まったのではないだろうか?

 朱璃は気にせず梅花を睨む。

「そんなもん、工作員としてでなく別の立場で来たらいいのよ。どうせこの先、北と南は連携を組むことになるもの」

「ああ、そうだな」

 彼女の言う通り、堂々と戻って来られる可能性もある。ただ、それも故郷が目前の脅威から救われたらの話。カトリーヌはアサヒを見つめた。


 自然、他の面々の視線も一点に集まる。


「……ううっ」

 気の小さい英雄は、重圧を感じて両手で腹を押さえた。

 記憶災害になっても、胃はキュウッと締まるらしい。

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