仮免サンタ

古月むじな

 信じられない話だけど、オレ達が生まれる前はサンタクロースって奴がいたらしい。

 絶対ウソじゃん?

 知ったかマンのケンジが言ってたけど、ありえないじゃん。なんで知らねえオッサンが子供にプレゼント配ってんだよ。ヘンタイか? 『親』以外のオトナから物を貰うなってジョーシキは、十年前はまだなかったのかよ。

 だから、ここにいるオッサンも絶対正真正銘超絶に変質者に決まっていた。

「……何してんだよ、オッサン」

 オレん家の前に、知らねえオッサンがいた。白と赤の、この時期ケンタッキーのオッサンがよく着てるようなあの服を着たオッサンがうんこ座りしてた。

「あー、やっと帰ってきた。遅えよ。最近の小学生ってこんな時間まで勉強させられてんのか?」

 なんだこのオッサン。

 無視して家に入ろうと思ったけど、オッサンがデケえ体でガードしてるから扉を開けられない。なんなんだ? オヤジの知り合い……には見えないし、借金取りがこんなバカみたいな服着ないよな? つうか、「遅えよ」って……オレを待ってたふうに言ってる?

「どけよオッサン。防犯ブザー鳴らすぞ」

「あー出た出た。最近のガキはいつもそう。まあ待てって、おれは怪しいお兄さんじゃねえ。聞いて驚くなよ、煙山けむりやま希恵瑠ノエル君?」

 ひとん家の前に座り込んでるヤツが怪しくないわけないだろ。……え、オレの名前、なんで?

「おれはサンタクロースなんだよ。君にプレゼントを届けに来た」

 ……間違いない。絶対正真正銘超絶、変質者だ。



 クリスマスの時期になると、オヤジは決まって機嫌が悪くなる。

 多分、オレが家にいるとそれだけでイライラするんだと思う。

 成績が悪い、態度が悪い、顔つきが気に食わない、メシを食うのが遅い、掃除ができてない、皿を洗うのが遅い、寝るのが遅い、起きるのが早い、親より長く寝るんじゃない、仕事が上手くいかない、上司にいびられた、部下にナメられた、パチンコで負けた、競馬で負けた、タバコを切らした、酒が不味い、親の言うことを聞かない、親の顔色をうかがってるのが気持ち悪い、ガキのくせに愛想が悪い、ヘラヘラ笑っててうっとうしい、たまたま目の前にいた、親から隠れた、センセイにチクった……普段の半分のことで、普段の倍以上キレる。しかも機嫌の悪いときは体じゃなくて顔のほうを殴るから面倒くさい。昨日はそのせいで、上の前歯が一本折れてしまった。

「ガキの歯はすぐに生え変わるだろうよ」

 折れた部分が痛くて泣いたら、オヤジにそんなふうに笑われた。だけど、この歯は去年もう生え変わったやつだったんだ。大人の歯になったらもう生え変わらないんじゃなかったっけ? 今日はマスクをしてて隠せたけど、この先どうやってごまかしたらいいだろう。歯が折れてるってバレたら、またセンセイが家にやってきて面倒なことになるんだ。センセイが来た日は、決まってオヤジの殴る回数が三倍に増えるから。

 だけど、一番まずいのは……今日が学校の終業式で、明日から冬休みだってことだ。

 冬休みの間はオヤジも仕事に行かないから、学校が始まるまで毎日毎日一日中、オヤジと二人っきりで過ごさなきゃいけない。去年なんか大変だった。生え変わる前の歯が二本くらいなくなったし、お腹をひどく蹴られたりして三日くらいご飯が食べられなかった。明日は、もしかしたらそれ以上にひどい目に遭うかもしれない。

 でも、今日はチャンスだ。オヤジは『ヤキン』だから夕方に出かけたら朝まで帰ってこない。今日家出すれば、明日の朝まではバレない。オヤジに気づかれる前に、できるだけ遠くに行けば、きっと……!

「なんだよその顔。さては信じてないな?」

 だから、今は変なオッサンの相手をしてる時間はないんだけど。

「だってウソじゃん。サンタなんていねーじゃん」

 オッサンはオッサンだけど、どう見たってサンタには見えない。サンタって確か、白いもじゃもじゃヒゲ生やしたジジーだろ? ヒゲ生えてないし、ジジーって年にも見えない。

「ヒゲなあ。確かに、“本物”のサンタは生やしてるな。お兄さんはまだ“見習い”だから生やせねえんだよ」

「見習い?」

「仮免からの本試験中……つってもわかんねえか。今、本物のサンタになるためのテスト中なんだ。合格したら、晴れてお兄さんも白いヒゲ生やしたサンタさんになれるってわけよ」

「………………」

「いや、マジにホントだって! 証拠見せてやろうか? ソリ第二種免許に、プレゼント取扱者乙種もあるぜ?」

 急がなきゃいけないのに、なんで変なオッサンのモーソー聞かされてんだろう、オレ。

「なんでもいいけど、早くどいてくれよ。家に入れねえだろ」

 防犯ブザーに手をかけながら言うと、オッサンははっとしたように言った。

「おっと、その前におれの用事を済まさせてくれよ。サンタの仕事くらいは知ってるだろ?」

 サンタの仕事って……子供達にプレゼントを配るっていう?

「でもオレ、プレゼントなんて頼んでないけど」

「それなんだよ」

「は?」

 オッサンはムカつく顔でウインクした。

「サンタクロースは子供にプレゼントを配るのが仕事だ。だけど、君みたいにプレゼントを願っていない子供がいたりする。だからってその子だけプレゼントなしってのも可哀想だ。そこで、おれ達サンタ見習いがその子の欲しいものを聞いてきて、それをプレゼントする。その働きぶりが評価されれば、おれも見習いから本物のサンタになれるのさ」

 なんだか全然ワケわかんねー話だけど、つまり。

「自分がテストに合格したいから、オレに欲しいプレゼントを言えって?」

「そんな目で見んなよ。別に君が損するわけじゃねえだろ……」

 こんなしょっぱいサンタから何ももらいたくないな……。

「と、とにかく、なんか欲しい物くらいあるだろ? 言ってくれればこの場でパパッと出して、おれもササッと帰るから、な?」

「欲しい物って言われても……」

「キメツのおもちゃか? フォートナイトか? エーペックスもポケモンもなんでもあるぜ?」

 オッサンが白い袋をごそごそ漁りながら言う。欲しい物なんて……ない。今までクリスマスにサンタなんて来たことないし、プレゼントだってもらったことない。大体、うちじゃあクリスマスなんてやらないんだ。だって、この時期は……。

「……欲しいものなんてないけど、叶えてほしいことはある」

「お、なんだ? 『世界征服したい』とかじゃないなら聞くぜ?」

 オレの言葉に、オッサンはなぜだか真顔になった。

「ノエル君。こんなこと聞いたら嫌かもしれねえけど、君のお母さんって、確か……」

「知ってるんだ。そうだよ、オレの母さんは死んでる。オレが生まれたときに死んだから、どんな顔なのかも知らない」

 クリスマスは母さんの『命日』ってやつらしくて。オヤジは子供のオレよりも、死んだ母さんのほうが好きなんだと思う。

 「お前さえ生まれて来なければ」……オレを殴ったり蹴ったりしたあと、オヤジは決まってそんなふうに言う。オレが生まれさえしなければ、母さんは死なずに済んだのかもしれない。だから……オヤジは本当はオレを殺したくてたまらないんだろう。

 人を殺したら犯罪だっていうのは子供のオレでも知ってる。オヤジも本当にオレを殺すつもりはないと思う。だけど……じゃあ、こんなのがいつまで続くんだろう? オレはあと何本歯を折られるんだろう。あと何回殴られなきゃいけないんだろう。

 家出しても、行くアテなんてないってわかってる。そのうちオトナに見つかって、すぐにオヤジの元に戻される。結局逃げ場なんてないし、センセイ達も助けてくれない。いつまでも、いつまでも、オヤジに死なない程度に殴られ続けて……。


 ――だったら、そんなの死んだほうが良いじゃないか。


「サンタのソリは空を飛ぶんだろ?だったら、それで天国まで連れてってくれよ。サンタがいるんなら、天国だってあるはずだろ」

 天国に母さんがいるのか知らないけど。……子供って死ぬとサイノカワラってところに行くんだっけ? じゃあ、結局会えないか。どっちだって、オヤジから離れられるんなら良いけどさ。

「サンタは子供の願いを叶えてくれるんだろ。欲しいものをくれるんだろ。だったら……だったら今すぐ殺してくれよ! もう嫌なんだよ! 殴られたり、蹴られたり、折れた歯を隠したり、アザを見られないように絆創膏を貼ったり! おもちゃもゲームもいらない、どうせすぐにオヤジに壊されるんだ! ずっとこんな風に生きていかなきゃいけないんなら、もう死にたいんだよ!」

 叶えてくれるなんて思っちゃいなかった。オトナはいつもその場しのぎに笑って誤魔化しておしまいだ。このオッサンだってきっとそうに違いないって思った。

 だけど。

「――馬鹿野郎っ!」

 突然オッサンがオレの肩を掴んだ。急に怒鳴るから、思わずビビってしまった。

「な……なんだよっ!」

「君が辛い思いしてるのはわかった。気持ちがわかるなんてことは言えねえが、『死にたい』なんて言うのは相当だ。でも……でもなあ! それは違うだろ!? 死ねばそりゃ、辛いことは全部なくなるかもしれねえけど――」


「何も悪くない君が、なんで死ななきゃいけないんだよ!」


 オッサンのデカい声で耳がキンキンして、そのせいか前があんまり見えなくなった。鼻水がぼたぼた出てきて、ただでさえ歯抜けで喋りにくいのに、まともに喋ることができない。

「だっ、だったら……どうすりゃいいんだよ。なんとかしろよ、サンタなんだったら……!」

「………………」

 オッサンは急に黙って、オレの顔を見つめた。

「確かに……サンタの力じゃ君を助けることはできないかもしれない。君の欲しいものはあげられない。でも、おれが君にあげたいものならあげられるな。君がこれから生きていくのに、少しだけ楽になるものを」

「…………?」

「ノエル君、なんでサンタクロースが大人にはプレゼントをあげないかわかるか?」

 と、オッサンは急にそんなことを訊いてきた。

「なんでって……知らねえよ」

「大人になったら、自分で好きな物を得られるようになるからさ。親や先生は守ってくれなくなるけど、自分で自分のことを守れるようになる。欲しいものは好きなだけ買えるし、夜になるまで外で遊んでもいい。誰かに殴られても殴り返せるようになるし、殴るのが嫌なら遠くに逃げることもできる。もちろん、大人になってから辛くなることはあるけど……でも、なんてことはない。絶対にないんだ」

「………………」

「だから、その日にはプレゼントもケーキももらえるんだ。自分の意志で、自分の人生を生きる。それ以上に素晴らしいことなんてないんだから。無事に今まで生きてきて、これから幸せになることができる。君が今まで言われたことがないのなら、今おれが言ってやる。君はこれから、沢山幸せになれるんだからな」

 そう言って――オッサンはオレを抱きしめた。

「誕生日おめでとう、ノエル君」



 変な目覚ましの音がした。プルルルル、なんてそんな音は鳴らないはずだ――そう思って起き上がり、今の今まで寝てたことに気がついた。

「夢じゃん」

 目覚まし時計の画面には、十二月二十六日の六時と表示されていた。アラームがなるにはまだ早い時間だ。あれ、いつ寝たんだっけ、オレ……変なオッサンの夢を見たのは覚えてるけど、いつから夢を見てたんだろう。結局家出もできてないし、あと三時間もしたらオヤジが帰ってくる。

「………………」

 ユーウツすぎて、だから変な夢みたのかな……? とりあえず、早くご飯食べて掃除しないと、帰ってきたオヤジに殴られる。のろのろ布団から這い出て、ずっとプルルルルと鳴ってる音が電話の音であることにやっと気がつく。

「なんなんだよ、こんな時間に……」

 知らない番号が表示されてる。そういう電話には絶対出るな、ってオヤジに言われてたけど、寝ぼけてたせいでうっかり電話を取ってしまった。

「もしもし」

「もしもし、こちら樅ノ木病院です。煙山さんのお宅で間違いありませんか?」

 聞こえてきたのは、もちろん知らない女の人の声。……病院? なんで病院から電話がかかってくるんだ?

「えっと……オレ、煙山希恵瑠です。どういった……ゴヨウケン、ですか」

 喋っていて、なんだか口の中にイワカンがあった。なんだろう……なんか変だな。口が、なんかスースーしないっていうか……いつもより、喋りやすい?

「……ボク、お父さんの名前は煙山行雄さんで間違いないかな? 落ち着いて聞いてね、実は君のお父さんは……」

「……治ってる」

 ベロの先っちょが前歯に当たった。一昨日オヤジに殴られて折れたはずの前歯が、しっかり生えていた。



「よう、メリークリスマス」

 あのオッサンともう一度会ったのは、それからちょうど一年後のことだった。

「オッサン、また来たのかよ。何の用だよ」

「何の用とは失礼だな。子供の成長を見守るのもサンタの仕事だぞ」

「まだ白いヒゲ生やしてねえじゃん。見習いなんじゃん」

「………………」

 あのときの病院からの電話は、オヤジが救急車で運ばれたって話だった。

 シンキンコーソク……だったっけ。ヤキン中にぶっ倒れたらしくて、治すために入院になったって聞いた。で、子供のオレはその間一人で暮らせないから、親が面倒見られない子供が暮らす施設に入ることになった。ジソーってところに通報があったとか、その時に色々言われたけど、バタバタしてたからちゃんと覚えてない。

「シンキンコーソク……はオッサンのせいじゃあないんだよな?」

「馬鹿言え、サンタが人を病気にしてたまるかい。……酒飲んでタバコ吸って、おまけに夜勤してたんだろ? そういう大人はそういう病気になりやすいんだ。こういう寒い季節は特にな」

「そういうもんなの?」

「ああ。……自分の健康に気を遣うのも大人の義務ってもんよ」

 それより、とサンタはオレの顔を見る。

「親父さん、とっくに退院してるだろ。君は……これからどうするのかって決まったのか?」

「ん、よくわかんねえけど……施設のセンセイが、オヤジとケンカしたみたいでさ。病気もあるし、とか色々理由つけて、もうしばらくここにいていいようにしてくれたって」

「……そっか。良かったな」

 施設も色々あって、変な奴がいたりするし、『集団生活』しなきゃいけないのはダルいけど……でも、オヤジと一緒の時よりは、ずっと楽しい。殴られるのは、誰かとケンカしたときだけだ。

「じゃあ、今年のプレゼントはどうする? 去年はあんなになっちまって、お陰でテストは不合格になったけど、今年こそはちゃんとプレゼントさせてもらうからな」

「えー……また自分本位かよ……」

「難しい言葉覚えたな!? ちゃんと勉強してるじゃねえか!」

 プレゼントって言われても、やっぱり欲しいものないんだよな。ゲームとかおもちゃとか、他の奴に貸してもらえるし。

 ……あ、そうだ。

「サンタになる方法を教えてくれよ。オッサンがなれるくらいなら、オレもなれるだろ?」

 そう言うと、オッサンは目を丸くして、それからすぐに笑った。

「だったら、まずは大人にならなきゃな」

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仮免サンタ 古月むじな @riku_ten

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