怪人の俺が、ヒーローをぶっ倒すヒーローになる話 仮
白丸 さく
1
『速報です、ーー市内へ現れた超大型怪人ですが、ヒーローが無事討伐に成功しました!!市民の皆さんは、感激の声を上げています!」
またどこかで、誰かが死んでいく。
喜ぶ人間達の姿を、俺は虚ろに見つめていた。
怪人が人間を襲い始めたのは、もう2年も前のことだ。長年守られてきたピラミッドの頂点が破られたのは一瞬だった。
「撃破したのは、なんとっ!ーー今年高校入学をーーというーーーー』
「うわぁ!凄い!あーんなおっきい怪物さんを、お兄ちゃんぐらいの人がやっつけちゃったんだってさ~!かっこいいね!お兄ちゃん!!」
「ああ?‥あんなの、ただの自意識過剰野郎共だよ‥それより、てめえ、用意はできてんだろうな?」
政府は慌てふためき、軍隊はことごとく破壊され、各地を襲う怪人達に、ただ人は泣き叫ぶ事のみを強いられる。人々が絶望を覚悟した時だ。
「うん!ばっちり!」
「よし‥良い子だ」
立ち上がったのは、各国の名だたる研究者達だった。研究者は、特殊なスーツを製作。選ばれし才能達にその身を包ませ、
怪人に対抗できる唯一の超人達を生み出したーー
スーツに身を包んだ彼らは各地域を訪れ、世間の期待通り次々と怪人達を討伐していった。人々に救いの手を、希望を見出したのだ。そんな彼らを人は
ヒーローと呼んだ。
「よし。なら、出発するぞ‥チッ、時間がねえな‥」
『また速報ですーーー大量虐殺事件の容疑者である怪人、【人喰いキャット】が、現在も逃走中の模様。市民の皆さんは最善の注意を払い、外はできるだけ出歩かないようにと政府からーーー』
「おい‥フード被れ。出るぞ‥」
「ゔ~、お耳くすぐったいからやだ~‥、」
「我慢しろ‥行くぞ、未来ーー」
「っ、‥ん、わかった、我慢するよ‥九郎(くろう)お兄ちゃんーー」
ここは今や怪人の支配できる世界ではない。
生き残ってしまった怪人が、明日を夢見て
逃げ惑う世界だーーー
◇
廃墟のビルを実の妹である未来(みく)と共に飛び出して、フードを被り、人目を避けながら暗い路地裏へと足を進める。刹那、コツコツと遠くから人の足音がして、先程までいた廃墟ビルを振り返った。
カラフルな衣服を纏う人間と、白衣の男達が数名が、廃ビルに入っていく。
スーツが2人‥あとは研究員かサポート班か‥嗅ぎつけるのが早えんだよくそが‥。
俺はフードを深く被り、未来の手を引いて、【約束の場所】へと再度歩き出す。
「チッ、行くぞ未来。ぜってえフード外すんじゃねえぞ」
「うん」
人混みにわざと紛れ込んで、追っ手に見つからないよう慎重に行動する。向かうは約束の場所へ‥。
そうすれば今日も生き延びられるーー
あと、少しーー
あと、少しでーー
目的の場所に近づくたび、手汗が滲む。息が苦しい。未来が不思議そうに俺を見つめてくる。頭に浮かぶのは、数年前の記憶の数々。家族と暮らして、学校にも通ってた。バカみたいな話で笑って、喧嘩して、それでも人並みには幸せなんだって思えていたあの頃。あと少しなんだ。あと少しでこの生活から解放されるんだぜ未来。俺達はあの頃のように、普通の、普通の暮らしが俺達を‥待って
「わ!なにあの兄妹可愛くない?お揃いの猫耳フード?仲良い!!」
「ほんとだー!写メ撮ってSNSにあげようよ!!はい、うわ!ちょー盛れた!これ見てよ!」
ズキリと痛む心臓。耳が痛くなるような甲高い声。小綺麗な女達が、俺達を指差し笑う。やめろーーー。
「ちょ、それ盗撮笑」
「いいじゃん!許可取ればさ!ほら!ねえーお兄さん!!」
まず、い。声を掛けてくる女共。横を通る奴らの視線が、俺達に集まっていく。
「ねえ、お兄さんってばーー」
「それ以上喋ったら、ぶっ殺すぞクソ女ーーー」
絞り出した声は低く悍しくて。
「ひっ、」
「あ、な、なんか‥やばいよこの人」
次第に真っ青になる人間達。その場で足を止めて、立ちすくむ。人混みが俺達を避けるように空間を作って、ジロジロと目線が突き刺す。すぐに逃げだすと思っていたのに想定外だ。怖がらせた。あんな声っ、いつから人との距離が、分からなくなってしまったんだろう。叫んだら‥殺すか‥?いや、駄目だ。ここだと目立つ。だが、顔を見られた。どうする?どうすればいい?
思考を巡らせる。上手く切り抜けないと。目立ってはいけないのに。未来を守らなければ。冷や汗が頬を伝って、どうにかなってしまいそうだ。
「‥っ!あ!おにいちゃん!糸さんだ!あ、れ‥糸さん‥変、だよ‥?ねえ、おにいちゃんっ」
「糸‥?」
未来の言葉に、ハッとして女共から視線を外す。
糸(いと)‥俺達の仲間。いつも俺達を助けてくれる兄貴分。【約束の場所】糸との合言葉で、俺達の待ち合わせ場所って意味だ。俺は胸を撫で下ろす。助かった。任務完了、だよな?糸。俺は安心して未来の指差す方へと顔を向ける。
ふと、人混みの中心で、道が開けたかのように、糸が見えた。グレーの頭がダラリと垂れ下がっていて、俺は目を見開く。い、と‥?
「す、まん‥に、げッぐはッッーー」
「は、」
それはスローモーションのようで
「きゃああああああっ!!?」
響き渡る悲鳴と
糸の腹を突き刺す大剣。
飛び散った糸の血が、その苦しそうな顔が、頭にこびりつく。
「い、いやっい、糸、おにい、ちゃんっ‥血、がっ、どうしようっ、死んじゃうよッ!!誰か!助けてあげてよおお!!」
小さな口から告げられる絶望の言葉。
俺は動くことができずに、ただ虚ろな目をした糸を見つめていた。
「【血だるまの蛾】討伐完了だ。‥は、これがSランクだと?‥この程度で‥笑わせないでほしいな」
糸を突き刺すダークスーツ。
ヒーロー‥っ、
動かなくなった糸で遊ぶように、その身体を剣で突き刺しながら、ブラブラと揺らす。
い、と
「やめ、ろ‥」
いとっ
どうしてこんな‥
俺達は‥今日から普通の生活ができるって‥お前が言ったんだろ。それなのに。
それなのに、どうしてッ
兄貴っーーー
「やめッーー」
「‥そう‥なら、笑えないようにその口塞いであげる」
糸の方へと、走り出そうとしたその時だ。
「なっ!?お前、まだ生きっんぐ!?」
糸の身体中から溢れ出す〝糸。繭のようにダークスーツの男を包み込み、拘束する。そして、
「」
俺を捉えた糸の口がゆっくりと動いた。
ーー九郎‥
逃げろーー
「っ、走れ未来ッ!!」
どくんと一気に血液が身体中を駆け抜けて、俺は小さな腕を引っ張り走った。
もしかしたら、糸ならッ。そうだ、糸なら強いから大丈夫。
糸ならーーー
ふと、
糸が、背後で笑ったような気がした。
ああ、こういう時は、いつも悲しい風が吹くんだ。
「うぐあああああっ!!!」
それは、真っ暗で冷たくて
胸を突き刺す刃のような。
「ぎぃいッあああッ!?!」
糸の断末魔が、辺りにこだまする。
絶望と悲しみと、この小さな体を連れて逃げる事しか出来ない自分が、どうしようもなくて。情けなくて、耳を塞ぎたくなった。
「や、やだ、やだやだやだ!!ふえ、うああああんッ!!!」
未来が泣き叫ぶ。握った手が強くなって、吐き出しそうな苦しみに俺は声を殺して走り続けた。
「っ、」
ああ‥糸ーーーごめん
ごめんな
兄貴ーーー
それは、自由になれると思った。そんな門出の日だった。
俺はまた1人、
家族を失ったのだ。
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