怪人の俺が、ヒーローをぶっ倒すヒーローになる話 仮

白丸 さく

1



『速報です、ーー市内へ現れた超大型怪人ですが、ヒーローが無事討伐に成功しました!!市民の皆さんは、感激の声を上げています!」



またどこかで、誰かが死んでいく。

喜ぶ人間達の姿を、俺は虚ろに見つめていた。

怪人が人間を襲い始めたのは、もう2年も前のことだ。長年守られてきたピラミッドの頂点が破られたのは一瞬だった。


「撃破したのは、なんとっ!ーー今年高校入学をーーというーーーー』


「うわぁ!凄い!あーんなおっきい怪物さんを、お兄ちゃんぐらいの人がやっつけちゃったんだってさ~!かっこいいね!お兄ちゃん!!」


「ああ?‥あんなの、ただの自意識過剰野郎共だよ‥それより、てめえ、用意はできてんだろうな?」


政府は慌てふためき、軍隊はことごとく破壊され、各地を襲う怪人達に、ただ人は泣き叫ぶ事のみを強いられる。人々が絶望を覚悟した時だ。


「うん!ばっちり!」


「よし‥良い子だ」


立ち上がったのは、各国の名だたる研究者達だった。研究者は、特殊なスーツを製作。選ばれし才能達にその身を包ませ、

怪人に対抗できる唯一の超人達を生み出したーー


スーツに身を包んだ彼らは各地域を訪れ、世間の期待通り次々と怪人達を討伐していった。人々に救いの手を、希望を見出したのだ。そんな彼らを人は


ヒーローと呼んだ。


「よし。なら、出発するぞ‥チッ、時間がねえな‥」


『また速報ですーーー大量虐殺事件の容疑者である怪人、【人喰いキャット】が、現在も逃走中の模様。市民の皆さんは最善の注意を払い、外はできるだけ出歩かないようにと政府からーーー』


「おい‥フード被れ。出るぞ‥」


「ゔ~、お耳くすぐったいからやだ~‥、」


「我慢しろ‥行くぞ、未来ーー」


「っ、‥ん、わかった、我慢するよ‥九郎(くろう)お兄ちゃんーー」


ここは今や怪人の支配できる世界ではない。

生き残ってしまった怪人が、明日を夢見て


逃げ惑う世界だーーー







廃墟のビルを実の妹である未来(みく)と共に飛び出して、フードを被り、人目を避けながら暗い路地裏へと足を進める。刹那、コツコツと遠くから人の足音がして、先程までいた廃墟ビルを振り返った。

カラフルな衣服を纏う人間と、白衣の男達が数名が、廃ビルに入っていく。


スーツが2人‥あとは研究員かサポート班か‥嗅ぎつけるのが早えんだよくそが‥。

俺はフードを深く被り、未来の手を引いて、【約束の場所】へと再度歩き出す。


「チッ、行くぞ未来。ぜってえフード外すんじゃねえぞ」


「うん」


人混みにわざと紛れ込んで、追っ手に見つからないよう慎重に行動する。向かうは約束の場所へ‥。

そうすれば今日も生き延びられるーー


あと、少しーー


あと、少しでーー


目的の場所に近づくたび、手汗が滲む。息が苦しい。未来が不思議そうに俺を見つめてくる。頭に浮かぶのは、数年前の記憶の数々。家族と暮らして、学校にも通ってた。バカみたいな話で笑って、喧嘩して、それでも人並みには幸せなんだって思えていたあの頃。あと少しなんだ。あと少しでこの生活から解放されるんだぜ未来。俺達はあの頃のように、普通の、普通の暮らしが俺達を‥待って


「わ!なにあの兄妹可愛くない?お揃いの猫耳フード?仲良い!!」


「ほんとだー!写メ撮ってSNSにあげようよ!!はい、うわ!ちょー盛れた!これ見てよ!」


ズキリと痛む心臓。耳が痛くなるような甲高い声。小綺麗な女達が、俺達を指差し笑う。やめろーーー。


「ちょ、それ盗撮笑」


「いいじゃん!許可取ればさ!ほら!ねえーお兄さん!!」


まず、い。声を掛けてくる女共。横を通る奴らの視線が、俺達に集まっていく。


「ねえ、お兄さんってばーー」


「それ以上喋ったら、ぶっ殺すぞクソ女ーーー」


絞り出した声は低く悍しくて。


「ひっ、」


「あ、な、なんか‥やばいよこの人」


次第に真っ青になる人間達。その場で足を止めて、立ちすくむ。人混みが俺達を避けるように空間を作って、ジロジロと目線が突き刺す。すぐに逃げだすと思っていたのに想定外だ。怖がらせた。あんな声っ、いつから人との距離が、分からなくなってしまったんだろう。叫んだら‥殺すか‥?いや、駄目だ。ここだと目立つ。だが、顔を見られた。どうする?どうすればいい?


思考を巡らせる。上手く切り抜けないと。目立ってはいけないのに。未来を守らなければ。冷や汗が頬を伝って、どうにかなってしまいそうだ。


「‥っ!あ!おにいちゃん!糸さんだ!あ、れ‥糸さん‥変、だよ‥?ねえ、おにいちゃんっ」


「糸‥?」


未来の言葉に、ハッとして女共から視線を外す。

糸(いと)‥俺達の仲間。いつも俺達を助けてくれる兄貴分。【約束の場所】糸との合言葉で、俺達の待ち合わせ場所って意味だ。俺は胸を撫で下ろす。助かった。任務完了、だよな?糸。俺は安心して未来の指差す方へと顔を向ける。


ふと、人混みの中心で、道が開けたかのように、糸が見えた。グレーの頭がダラリと垂れ下がっていて、俺は目を見開く。い、と‥?


「す、まん‥に、げッぐはッッーー」


「は、」



それはスローモーションのようで


「きゃああああああっ!!?」


響き渡る悲鳴と


糸の腹を突き刺す大剣。

飛び散った糸の血が、その苦しそうな顔が、頭にこびりつく。


「い、いやっい、糸、おにい、ちゃんっ‥血、がっ、どうしようっ、死んじゃうよッ!!誰か!助けてあげてよおお!!」


小さな口から告げられる絶望の言葉。

俺は動くことができずに、ただ虚ろな目をした糸を見つめていた。


「【血だるまの蛾】討伐完了だ。‥は、これがSランクだと?‥この程度で‥笑わせないでほしいな」


糸を突き刺すダークスーツ。

ヒーロー‥っ、

動かなくなった糸で遊ぶように、その身体を剣で突き刺しながら、ブラブラと揺らす。


い、と


「やめ、ろ‥」


いとっ


どうしてこんな‥

俺達は‥今日から普通の生活ができるって‥お前が言ったんだろ。それなのに。


それなのに、どうしてッ


兄貴っーーー


「やめッーー」


「‥そう‥なら、笑えないようにその口塞いであげる」


糸の方へと、走り出そうとしたその時だ。


「なっ!?お前、まだ生きっんぐ!?」


糸の身体中から溢れ出す〝糸。繭のようにダークスーツの男を包み込み、拘束する。そして、


「」


俺を捉えた糸の口がゆっくりと動いた。


ーー九郎‥



逃げろーー



「っ、走れ未来ッ!!」


どくんと一気に血液が身体中を駆け抜けて、俺は小さな腕を引っ張り走った。

もしかしたら、糸ならッ。そうだ、糸なら強いから大丈夫。

糸ならーーー


ふと、

糸が、背後で笑ったような気がした。


ああ、こういう時は、いつも悲しい風が吹くんだ。


「うぐあああああっ!!!」


それは、真っ暗で冷たくて



胸を突き刺す刃のような。


「ぎぃいッあああッ!?!」


糸の断末魔が、辺りにこだまする。


絶望と悲しみと、この小さな体を連れて逃げる事しか出来ない自分が、どうしようもなくて。情けなくて、耳を塞ぎたくなった。


「や、やだ、やだやだやだ!!ふえ、うああああんッ!!!」


未来が泣き叫ぶ。握った手が強くなって、吐き出しそうな苦しみに俺は声を殺して走り続けた。


「っ、」


ああ‥糸ーーーごめん



ごめんな


兄貴ーーー


それは、自由になれると思った。そんな門出の日だった。

俺はまた1人、



家族を失ったのだ。

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