第30話 そっくりじゃねえか
『——別に隠してたわけじゃねえさ』と
しかしそんな来栖くんに、僕は
『訊かれなければ教えてくれないことを隠し事って言わないなら、世の中に嘘は必要なくなるよ』
『ははっ、言えてるな』
焼きそばパンをひと口かじり、
『……じゃあ、本当にエリは彼女の妹なんだね』
『ああ、正真正銘のな』
『
『いや、〝
『そう……』
よくある話だった。優秀すぎる親族と比較されることを嫌った子が、名前を隠して活動するなんてことはどの分野でも
だから、そのこと自体に思うところはない。
僕の心に影を撃ったのは、別の事実。エリックや
その事実が、また僕を
知らなかったのは、また僕だけ。僕だけがまた、知らされなかった。
『どうして……』
悲しみを吐き出すように漏れた言葉は、
『そう
『……頼まれたって、エリに?』
来栖くんは頷くと、
『お前が知ったら、自分を見るたびにアンリのことを思い出させてしまう。いつまでも辛い気持ちにさせてしまうかもしれない。でも何より、自分のことを風戸アンリの妹としてではなく、ひとりの人間としてお前に見てほしいってな』
『どうして、そんなことを……』
『さあな。好きだからじゃねえのか、お前のことが』
『……知ってたんだ』
『ま、お前よりはな』
不思議ではなかった。来栖くんは風戸アンリと幼馴染だった。ゆえに妹である杉屋町エリとも、僕なんかよりもずっと付き合いがある。積み重ねた時間を埋められるほど、僕は彼女のことを知らなかった。知ろうとしていなかったのかもしれない。
『……わからないよ。どうして僕なんかを好きになるんだろう』
呟いた僕に、来栖くんは星を見るような目をして言った。
『——いるのか、理由が?』
『え?』
『人が人を好きになるのに、理由なんて必要か?』
僕は答えた。
『……必要だよ。少なくとも、僕にとっては』
しかし来栖くんはなにも答えない。口に入れた焼きそばパンを
訪れた静けさの中で歌が聞こえていた。聞いたことのある歌だった。彼女が好きだった歌だ。世界の矛盾を
沈黙に耐えきれなくて、僕は来栖くんの隣に腰を下ろしながら言った。
『この前、彼女に訊かれたよ。風戸アンリみたいになれるかって』
『へー』来栖くんは焼きそばパンの最後のカケラを口に入れて言った。『それで? お前はどう答えたんだ?』
『無理だって言ったよ。風戸アンリは天才だからって』
『ははっ、怒っただろ、エリのやつ』
『怒ってたよ。悲しそうにね』
『だろうな』
食べ終えた焼きそばパンの
『アイツにとって、アンリはただの姉貴だったんだ。おっと、誤解すんなよ? ただの姉貴ってのは取るに足らない存在って意味じゃねえ。魔法使いってことや、天才的な才能の持ち主だってことに関係なく、アイツにとってアンリはただの姉貴だったんだ。俺の言ってる意味、わかるか?』
『……わかる気がするよ』
僕には兄弟がいないから本当のところはわからないけれど、でもやっぱり兄弟というのは特別な存在なんだって思う。
だからこそ、
『妹、か……』
僕は立ち上がり、窓から校庭を見下ろしながら言った。
『……あまり似てないね』
『そうか?』と来栖くんは薄く笑った。『——そっくりじゃねえか』
チャイムが鳴り、僕は教室へと戻った。
五時限めは
そういえば、彼女と初めて話したのも文化祭が
どうにもならない感情の逃げ場を探し、僕は窓から空を見た。もうすぐ秋が終わろうとしている空は、けれどいつまでも秋が続いていくのを望んでいるかのように曇り続けている。依然として雨は僕の心を示すように空を黒く染めていた。
いつか雲が晴れる日が来るのだろうか。わからない。少なくとも、〝
——そっくりじゃねえか
確かにそうかもしれない、と僕は思った。
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