偏執病

金光蛍

第1話 夕焼け

叩いたら壊れそうな、錆びて真っ赤になった手すりを握ろうとしてやめた。

そのまま階段に足をかければ、ギシギシと鈍い音が響いた。

きっとまだみんな寝ている。

起こしてはいけないとおもい、静かに階段を上る。

ボロボロの外階段を登り切ってすぐ、一番手前の部屋の扉を開ける。

ムッと流れ出る部屋の空気は、油絵具独特の香りで満たされている。

大好きだったこの香りも、今では嫌悪感しかない。

床に転がった絵筆を見て、吐き気がした。

ため息をついて、冷蔵庫を開ける。

取り出した缶ビールに、嘲笑がこぼれる。

ビールの空き缶でいっぱいになったゴミ袋の下敷きになったスケッチブックを横目に、手にした缶のプルタブを引く。

ふと部屋の隅に置かれたキャンバスが目に入る。

大学の卒業制作で描いた油絵。

夕焼け空をかいたそれは、学内評価1位を取ったものだった。

それでいい気になった俺は、決まっていたデザイン会社の内定を蹴って画家になることにした。

この絵さえなければ。

沸々と形容しがたい気持ちが沸き上がってくる。

次の瞬間には、俺は、手にしたビールをその絵に浴びせいていた。

どうでもいい。

もう、何もかも。

残ったビールを飲みほそうと手元を傾ける。

口に入ってきたのは数滴で、あまりの苦さに顔をしかめた。




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